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63:空回る因縁

 巳影と紫雨が清十郎の元……中央町の高架下へとたどり着いた時、そこでは清十郎は怪訝な表情で煙草をくわえて佇んでいた。

 町のターミナル駅を囲む商店街より少し離れた、住宅街と線引くような形で、線路が小さな高架下の上を通っている。そこは影になっているからか、どこか薄暗い。

「よう、来たか」

 走ってきた巳影と、後ろでぜいぜいと息を上げている紫雨を見つけ、清十郎は煙草を携帯灰皿の上でねじり、火種を消す。

「あの、コアは……」

 高架下周辺を見渡す。高架下には一車線の道路が通り、周りに人気はなかった。奥へと進めば、商店街へと着く道である。高さはおよそ三メートルほどだろうか、鉄骨で組まれた枠組みが、暗がりを作る程度には続いている。

 清十郎は高架下の天井でもある、鉄骨部分を見据えていた。清十郎の視線をたどると、巳影ははっと息を呑んだ。

 むき出しの鉄骨で組まれた天井に、やはり蜘蛛の糸のような白い糸で貼り付けられた、赤い石のようなものが見える。大きさは、先程巳影が発見したものと変わりはない。

「聞こえるか、樹坂。アレがコアってやつで間違いないんだろうな」

 スマートフォンを取り出し、病院にて待機している帆夏へと清十郎が語りかける。

『うん、撮って送ってもらった写真からみても、特徴は同じだよ』

「……だがよ……周りには誰もいねえんだがな」

 巳影は四方を見てみるが、どこかに誰かが潜んでいたり、隠れていたりする気配は感じ取れなかった。そもそも、隠れるような場所がない。

 そこで、足を引きずるようにたどり着いた紫雨がへたり込んだ。肩で息をして、必死に呼吸を整えている。

「はぁ、はぁ……ま、周り、には……だーれもいなかったよ」

 紫雨が人差し指を伸ばして言う。その指には霊気で編んだ糸が垂れ、高架下の天井にまで登っていた。それを聞いて、巳影と清十郎は互いに顔を合わせて訝しむ。

「ひとまずは、壊しておくか……これがウワサ話の元になるらしいからな」

 顕現、と短く息を発する清十郎の手に、蒼く光る太刀が現れた。清十郎はそれを無造作に、天井に張り付いたコアめがけて投げつける。

 太刀の先端はやすやすとコアの表面を突き抜け、足元には砕けて粉になったコアの残骸が降り積もった。コアに巻きついていた蜘蛛の巣のような糸も、空気の中に溶けていくよう消えていく。

「……周囲に変化なし」

 まだ息が乱れている紫雨が力なく呟いた後、眉を寄せて顔を上げた。

 コツン、と足元に軽い音を立てて、何かが落ちてきた。巳影はしゃがみ込み、落ちてきたものを指でつまみ上げた。

「つめたっ……羽根?」

 それは、おそらく小鳥か小型の鳥のものであろう、羽根であった。だが、羽根自体がひどく冷え、薄い氷に包まれている。

「そういや、相澤たちはどうした。あいつらもこっちに向かってんのか」

「いえ、ししろさんたちには確認してもらいたものがあって、今は別行動をお願いしてます」

「確認?」

「はい。さっき出発前に話したことで……」

 巳影の言葉を、スマートフォンの呼び出し音が遮った。画面には「来間」と表示されている。

「もしもし、来間さ……」

『ごめん、のんびり話してる場合じゃなくなった! 今すぐ『天静院』まで来てくれ!』

 切羽詰まった来間の声は、側にいた清十郎や紫雨にまで聞こえてきた。

「え、『天静院』って……どうしてです?」

『お、「鬼」が現れたんだよ! 『暗鬼』だ、そいつが今『天静院』で大暴れしてるんだ!』

 来間の声はすぐにノイズにまみれ、途切れてしまった。悲鳴じみた声を耳にしていた清十郎はすぐに自分のスマートフォンを握りしめる。

「おい、聞こえてたか樹坂! コアの近くにいるんじゃなかったのかよ! あの『天静院(廃寺)』までは、ここからどう急いでも一時間以上はかかる距離だぞ!」

『ちょ、ちょい待ち! 私もびっくりしてるよ! 今色々確認してるから……!』

 通話を共有していた巳影たちのスマートフォンからも、帆夏の慌てた様子の声が響く。

「くそ、どうなってんだ……!」

 吐き捨てると、清十郎は走り出した。巳影は一瞬逡巡した後、清十郎を追って走る。

「ちょ……ここからあの寺まで走っていくの!? バカなの!?」

 後ろから紫雨の悲鳴めいた声が上がる。

「いや、紫雨はししろさんたちと後から合流してくれ! とりあえず俺は行ってみる!」

 バカだー! という声を背に、巳影は前を走る清十郎に追いつこうと、ピッチを上げていった。


 □□□


 夕日が眩しく降り注ぐ頃。空は奥底に広がっている夜の気配を見せながら、山道に濃い影を作っていく。舗装もろくにされていない山道を駆けて登る巳影は、前を行く清十郎を見失わないようについていくのがやっとだった。

 次第に木々が覆い茂り、視界を悪くする。膝上を超える雑草が増えて、足元を取られそうにもなった。

 長く伸びた階段が視界に入った時、その階段の上から響く轟音がビリビリと肌を叩く。清十郎はすでに階段を登りきっており、姿は見えない。

 巳影はガタガタになっている膝に喝を入れながら、体力を振り絞り階段を駆け上がる。

「っぷはぁ! つ、着いた……」

 登った先で乱れた息を整えようとした時、その口元から入ってきた異臭に、垂れそうになっていた顔を上げる。

 鬱蒼とした森林の奥で、腹の底にも響く音……いや、まるで怪獣が吠えたような「声」が鳴り響く。少なくとも、人間が発せられるようなものではない。

「帆夏、一体何が起こってるのか……」

 胸元のスマートフォンを引っ張り出すものの、画面には「圏外」という文字が浮かんでいる。巳影は舌打ちして、震える足で奥地を目指した。

 走る地面の上、進むにつれて地面には蜘蛛の糸に似た白い糸が張り付きだしていた。コアを囲んでいたあの糸のようなものと同じように見える。それは空を覆う木々や倒壊しかけの壁の後などにも絡みついている。

 それらの向こう、廃寺と聞いていたシルエットが見えた。いくつも陥没箇所を持つ屋根や、崩れている壁面などにも、同じ糸が張り付いていた。

 廃寺『天静院』は崩落寸前であることが見て取れた。それが、またしても響いた「声」によりビリビリと震えだす。声の主は「鬼」……なのだろうか。

「大場さんの話していたイメージとは、随分違うな……!」

 不明瞭なことが多すぎる中にもかかわらず、巳影はためらうことなく廃寺へと飛び込んだ。


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