62:ブービートラップ
用意のいいことに、帆夏はこちらへ連絡をよこす前にウワサ話をピックアップしていた。
『話題に登りたてのウワサ話は、新しくコアが作り出されたものの可能性が高いよ。今のところ、めぼしいものはこの三つだね』
各自のスマートフォンに地図の画像とテキストファイルが送られてきた。それによると、町と隣町をつなぐ峠道、駅の西側の踏切、中央町の高架下の三箇所にマーキングがされてあった。
峠道には、長い坂道を登っていく幽霊のウワサ話。
踏切には、かつて電車に飛び込み自殺した幽霊が、バラバラに弾け飛んだ体を探しさまよい歩くというウワサ話。
高架下には、条件を満たすと壁から死者の怨念が手を伸ばし、壁の中にまで引きずり込まれる、というウワサ話。
「バラバラやな……ぞろぞろみんなで行っとったら、日が暮れてまう。ここは手分けせんか?」
それぞれがスマートフォンを覗き込みつつ、ししろの提案に頷いた。
「そうだね……どう振り分けようか」
「どこ行ってもいざって時に戦える人がいると楽かも。僕はディフェンス専門なんで」
思案する切子に紫雨が提案した。
「となると……必然的に切子、巳影と、大場さんがそれぞれ分かれなあかんな」
ししろはぐるりと全員を見渡して唸る。そこで清十郎が手を上げた。
「俺なら一人でも構わねえぜ」
「……大丈夫なん?」
ししろは心配そうな目をやる。それに清十郎は軽く笑って見せた。
「できるだけ冷静にやるさ」
話し合いの結果、一つ目のウワサ話を切子とししろが、二ツ目のウワサ話を巳影、紫雨が。そして三つ目のウワサ話には清十郎が一人で当たることになった。
『私はみんなのバックアップに回るよ。スマホの電源は切らないでね』
「便利な世の中になったもんだなぁ……」
一人老けた事を言う清十郎だった。
「じゃあ、行きましょうか」
巳影の言葉でコアの捜査が始まり、それぞれは別行動に移っていった。
□□□
「テケテケ」
駅を超え、件の踏切を目指して線路沿いを歩いていると、隣を歩く紫雨がそんな言葉を呟いた。
「てけてけ?」
「知らないんですか? 結構有名な妖怪というか怪奇現象ですよ」
そこまで聞いても、巳影は首をひねったままだった。
「これもウワサ話っていうか、都市伝説なんですけどね。今から確かめに行くウワサ話みたく、電車に轢かれた女性が切断された下半身を探しさまよう……っていうものですよ」
紫雨は確か北国のどこかが発祥、と付け加えた。
「それだけ聞くと、似てるなぁ……」
「都市伝説って似たりよったりな話があるじゃないですか。モデルなのか途中で背びれ尾びれが着いたのか……今から行くところもそんなところかな、と」
線路沿いに伸びる道は、鬱蒼と茂る雑木林に挟まれていて、どこか薄暗い。
「実際、人身事故はあったんだろうか……」
『正式な記録にはないね』
巳影が呟いた独り言に、胸のポケットに入れていたスマートフォンが返事をする。
『ただ、歩行者が信号無視して電車が遅れた、って事例はいくつかあるみたい。せっかちな人もいるもんだね』
帆夏からの補足に、紫雨は「まー気持ちは分かるけど……タルいしね」と小さく息を落とした。
「ここの電車なんて、何本も来るものじゃないだろう。都会の電車じゃないんだし」
「単線っすからね。でもだからこそ、踏切が鳴ると「なんで自分の時だけ」みたいな理不尽を感じるかもですよ」
「そんなもんかな……」
巳影は周囲を気にしつつ、いまいち納得できない返事を返した。
雑木林は次の駅まで続いている。薄暗く、見通しも悪い。人通りは皆無と言ってよかった。今のところ誰ともすれ違うことなく進んでいる。地図で確認すると、雑木林の向こうは田んぼが長く広がっており、あまりこの道を利用するという人自体が少ないと思われた。
他愛ない雑談をしながら歩くこと十五分ほど。まるで申し合わせたかのように、巳影と紫雨の足がピタリと止まった。
風が、雑木林の枯れた木々を撫でて、乾いた音を立てていく。
「紫雨……」
「こりゃ、ありますね」
喉が急に乾いて来た。空気が乾燥しているからだろうか。二人は互いに無言で頷き、こわばっていた体を前へと動かし、歩き出した。
その時、カンカンカン……と。踏切が鳴らす警告音が聞こえてきた。普段聞くものと変わらないものなのに、やけに不安感を煽る響きに聞こえてくる。
踏切は、程なくして姿を見せた。特徴的な黒と黄色のツートンカラーに、警告音を鳴らして光る信号が点滅している。
「……?」
巳影は違和感を覚えた。記憶にある踏切の形と比べると、何かが足りてない。警告音は近づけば近づくほど耳の中を叩いていく。二つあるランプが交互に点滅を繰り返しており、大して眩しくもないのに、それがやけに目に染みた。
違和感の正体は何なのだろう。鳴り続ける警告音が、次第に心臓の刻む鼓動と同期していく。踏切の前に立ち、何が不自然に感じたのかを確認しようとした、その時。
「何やってんすか!」
体が強く大きく横へと引っ張られる。瞬間、聴覚のすべてを支配していた警告音はすっぽ抜け、次第に体の感覚が戻ってきた。軽く麻痺したようなしびれが、指先に少し残っている。
「ったく、ミイラ取りがミイラになりに行ってどうすんの!」
「え、あ……」
紫雨の怒声で我に返る。気がつけば、踏切の音は鳴り止んでいた。ランプも点滅してない。
「あんたフラフラ~って踏切に近づいてくもんだから、ヒヤッとしましたよ!」
怒る紫雨からは、本気で心配してくれている様子が見て取れた。どうも、「術中」にハマってしまったらしい。
「それに、妙すぎるでしょ……電車も来る時間じゃないのに、踏切がなるだなんて」
「ごめん……警戒が足りなかった」
巳影はパチンと両頬を手でたたき、ぼやけた頭に喝を入れた。今は沈黙している踏切に目をやって、違和感の正体に気がついた。
「……遮断器だ」
呟いて、さっきまで囚われていた感覚の中で見たものを、必死に思い出した。
「踏切が鳴っていたにもかかわらず……遮断器が降りてなかった」
巳影の言葉で、紫雨もはっと息を呑んだ。
「そ、そういえば……」
今遮断器は開いており、しかしそれが降りていた様子はなかった。あの幻覚のような感覚の中で「見た」ものだから勘違いの可能性もある。が。
巳影は上にあがった遮断器をぐいっと力任せにおろした。遮断器は案外あっさりと降り、筒でできている棒状の先端から中を覗いた。
「……これか」
遮断器の中に、薄い光が輝いていた。
輝きは、ルビーにも似た赤い色をしている。それがまるで蜘蛛の巣のような白い糸を吐き出し、遮断器である筒の中に張り付いていた。
巳影は一時的に『地獄門』を開放し、遮断器を焼き切る。そこから取り出したものを見て、ゴクリと喉を鳴らした。紫雨も、巳影の手のひらの中にあるものを見て怪訝に眉を寄せた。
「これが、コア……?」
鈍く、薄く輝く赤い石に見えた。大きさは手のひらの中に収まる程度のものだった。
『間違いないよ、コアだね。記録にあるものと一致する』
スマートフォンのカメラで撮った画像を送り、それを確認した帆夏が確認した。
『近くには……何か気配はない?』
周囲からは、妙な静けさやひりついてくるようなものは感じられなかった。
「……誰かが潜んでる様子はないかな」
『なら、そのコアを破壊するべきだね。持っておいてもろくなことにならないし』
巳影はコアを握った手に力をいれる。するとコアはあっさりとヒビを走らせ、簡単に砕け散った。砕けたかけらは瞬く間に砂状のものへと変わり、手の中から流れ落ちていく。
『今切子ちゃんとしぃから連絡が入ったよ。峠道でも似たコアが見つかったけど、近くには何もなし、だって』
「大場さんからは?」
『まだ連絡ないけど、ここから近いから、合流してあげるといいかも』
清十郎は一人で行動している。もし今のように「誘う」ものならば、危ないかもしれない。
「大場さんのところへ急ごう。紫雨、走れる?」
「え、走るの?」
紫雨は嫌そうに顔を歪めたが、すでに走り出している巳影の背を見てため息を着いた。「最初から走るなら聞かないでよ」とごねながらも、紫雨はその後を追い、走って行った。




