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60:決起

 本堂の仁王像の前で結跏趺坐の形を取り、新山はしずかにまぶたを閉じていた。

 寺院内の浮足立った気配や、軒下を早足で通り過ぎる者などの足音。不規則な呼吸。

 困惑、焦り、恐れ。それらのすべてが音の波長となり、新山の研ぎ澄まされた精神に届いていた。

「入れ」

 ふすまの向こう側にいる数人の気配は、ざわつき、たじろぎ、しかしやがて「し、失礼します」と固い声でふすまを開けた。黒服の男たちが顔面蒼白になり、全員が膝を折って座っていた。

「こ、この度は我々の不手際により……」

「見つかったのか」

 言い訳の口上を用意していたであろう黒服の男は、彼らを見向きもせずに言う新山に、言葉ごと息を喉元に押し返され、過呼吸となってしまった。

 苦しげに喉を押さえて倒れる黒服の一人には、誰一人駆け寄ろうともしない。皆誰もが「射抜かれる」と悟り、目をそらすこともできないでいた。

「いかにアレが恐ろしき「鬼」であると、儂は貴様らに言い聞かせたつもりだ」

 ここでようやく、新山の目が開いた。

「見た目は女児であっても、我ら人間の理解を超えている存在だと、な」

 バタリ、と黒服たちの一人が、気を失って崩れ落ちた。極度の緊張と迫りくる圧迫感で、意識が落ちることを選択したのだ。

「それが……護送中に姿を消した、と」

 新山はちらりと黒服たちに目をやり、短くため息をついた。もう黒服たちの中には、意識を保っている者はいなかった。皆体を痙攣させ、泡を吹き、体を伏していた。

 新山は興味もなさそうに倒れた黒服たちを一瞥すると、「片付けろ」と短く言いすてた。

 すぐさまに周囲で控えていた別の黒服たちが倒れた者たちを引っ張り、程なくして本堂に静けさが落ちてくる。

 だがそれもつかの間。新山は再び閉じていたまぶたを開けると、短く呟いた。

「何者か」

 ふすまがす……と、音もなく開いた。その間から、身を縮こませる程の冷たい風が一陣。

「……「彼の者」の、一味か」

 冷風を背に立っていたのは、一人の少年だった。春先にしては湿度を持たない、刺々しさを持つ風は、徐々に収まっていく。

「トラブルが起こったようだな」

 冷たい目をした少年に、新山は立ち上がり、険しい目つきで少年と対峙した。

「貴様らに手を貸すよう言われた。つまりはテコ入れだと思えばいい」

「……」

「逃亡した件の『暗鬼』は俺が捕らえる」

 感情のこもらない、淡々とした口調に、新山はしばし黙した後で口を開いた。

「生け捕りが条件だ。だが、生きていれば多少の傷がついても構わん」

「わかった」

 踵を返し、歩き出そうとした少年へ、新山は「待て」と低い声で呼び止める。

「小僧、貴様の名は」

「……呼びたいのなら、桐谷とでも覚えておくんだな」

 ふすまが閉じた後でも、まだ空気は冷え切っていた。新山は顔を苛立ちで歪め、手のひらに自分の拳を叩きつける。

「忌々しい『獣』どもが……!」



 □□□



「逃げられている……?」

 放課後改めてオカルト研の部室に集まった一同は、ひとまずの動きを知るべく来間へと連絡を取った。巳影は耳に当てていたスマートフォンをスピーカーへと切り替え、誰にでも来間への声が届くようちゃぶ台の上に置く。

『君たちの読みは大当たりだったよ。間違いなく、新山さんたちは「鬼」を連れ出していたみたいだね。でも今、お屋敷は逃げ出した「鬼」を探すのでフル稼働だ』

「連れ出した理由までは、どうです?」

 若干の沈黙の後、スマートフォンからは来間のスッキリしない声が響いた。

『そこまではわからない。だけど、意味のないことをする人たちじゃあないんだ。『独立執行印』から外へ出したっていうのは、とんでもない一大事だからね。だけど、それを押してでも連れ出す必要があったんだろう』

「でもそれで逃げられてちゃ、目も当てられないですけどね」

 来間のその言葉に、前回同様この学校のジャージを来た紫雨は、ニタニタと笑う。

『笑い事じゃないよ……この様子じゃ、俺も捜索に加わらないといけない。悪いけど、そろそろ切るよ』

 通話を切り上げた来間の様子は、本当にドタバタの最中にいるようだった。

「可能な限り、連中より先回りしたいところだな」

 一番最初に口を開いたのは、大場清十郎だった。首にはまだ関係者であるプレートを下げている。

「先回りって……「鬼」を俺たちで抑えるってことですか」

「信じられんかもしれんが、自分から悪さをするようなヤツじゃないんだ」

 巳影に返した清十郎の言葉で、一同の視線が集まる。

「……」

 皆の視線を受けて、清十郎はゴクリと喉を鳴らした。自然と、膝の上で握った手のひらが熱くなっていく。

「お、俺は……あいつと……その「鬼」とたくさん話した。会話の中身は忘れちまうぐらい、他愛ないことばかりだ。でも、あの子は熱心に聞いてくれた。聞いてくれるようになったんだ」

 だけど、と区切り、清十郎は肩を落としてうなだれた。

「あいつは誰かを傷つけるような真似はしない。自ら封印されたぐらいなんだ。俺に、危害を加えないことを条件にしてな」

 本来ならば、命がある事自体が奇跡的とも言えた。

「だが、そうまでして眠ったあいつを引っ張り出しやがった。なんの理由があろうが知ったこっちゃねえ……もうこの「村」の勝手であいつを振り回したくねえんだ。苦しめたくねえ」

 言葉を吐き出した清十郎は、もう一度強く手を握り、頭を下げた。

「頼む、あいつを助けてくれ。俺なら何でもする。だから……!」

「助けた後は、どうするんです」

 紫雨が冷ややかな目で清十郎を見やる。清十郎は顔を上げて、「そうだな」と呟いた後、

「守れるんなら……駆け落ちでもなんでもしてやらぁ」

 紫雨の視線を真正面から見返し、語気を強めて言った。

「……そこまで覚悟決まっとるんやったら、ウチは何も言わへん」

 清十郎の言葉に、少し口角の端をつり上げながら、ししろはお茶をすする。

「私は自分の目で確かめたいところかな」

 ししろの隣で湯呑みの中を見つめていた切子はそう呟いた後、

「……でも、そこまで思われてる「その子」なら、応援したいかも。個人的にね」

 その隣に座る紫雨は始終鼻を摘んでいたが、特に異論はない様子だった。

「ならば、新山さんたちよりも早く「鬼」を……その子を探しましょう」

 巳影の言葉に、清十郎は俯いて小さく「すまねえ」と呟いた。顔を上げた時には、目の淵に落ちたものを拭い捨てて、ちゃぶ台から立ち上がった。

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