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06:刃の問

「本題から入ろう。回りくどいのは好きじゃないんだ」

 『オカルト研』の部室に入った矢先、中央のちゃぶ台で湯呑みをすすっていた切子がニコリと笑う。

「君は昨日、復讐と言った。その気持ちには変わりない?」

「……」

 巳影が答えないでいると、切子は笑顔から真顔に表情を変えて言う。

「簡単に言うと、すっごく心配。危なっかしい。ただでさえ今、この町の治安は最悪だから」

「……。望むところですよ。きな臭いものを叩いていけば、そのうち突き当たるかもしれないですし」

 一息おいて、巳影はほくそ笑んで見せる。

「手始めに、昨日伺った「ホトトギス」とか言う悪徳霊媒師でしたっけ……そこから潰して回ってもいい。埃ぐらい出るでしょう」

「それは、君の中にいる「何か」の力、で?」

 切子の瞳に、冷たい光が宿り始める。それは研ぎ澄ました刃物にも似た、視線だけで「斬る」威圧感を与えるものだった。

「何の、ことでしょうか」

「とぼけても意味ないよ。感じるんだから」

 音もなく立ち上がると、切子はミリタリーコートの内側から、ひらりと長細い影を取り出した。巳影がそれを何か視認する前に、切子の手が一瞬、ブレるように動いた。

 ぼとり、と。巳影の足元に落ちたのは、刀身がゴムでできたナイフだった。ただしその刃に当たるゴムの部分は、悪臭を放ちながら溶け落ちていた。

「……すごいね。手をかざしただけで、弾くどころか溶かしちゃうんだ」

 とっさに手を前に出してしまった巳影は、顔をこわばらせる。困惑と緊張が混じり合い、額に汗を浮かばせた。

「君がただ故郷を焼かれたというだけなら、同情でも済む。私も、そっとしておくだけだと思う」

「……」

「でもそれに、私たちの住む町が関わっている……。あんな事件を引き起こすトリガーがこの町にあるんだとしたら、私たちとしても放っておけない情報なんだよ」

 切子はそう言うと、再びコートの中から二本のナイフを取り出した。その二つの刀身は、鈍色にくすんだ光をまとっている。ダミーではない、本物の刃だった。

「……切子さんは、何故そこまで」

「自分の町のことだよ。なんとかしたいと思うし、それに「これ」が私の本来の仕事だから」

 巳影は深く腰を落とす。ナイフを持つ切子の挙動に目を凝らした。

『この女、軍人だ』

 獣は牙を剥いて、警戒の声を出していた。

『軍事的な戦闘訓練を身に着けている』

「軍……人?」

 思わず漏らした巳影の言葉に、切子は相貌を更に研ぎ澄ました。

「よくわかったね。それとも「君の中の力」が教えてくれたのかな」

「あなたは、何者ですか」

 巳影の声はかすれたものになった。喉がひりつき出し、切子の視線に思わず気圧されそうになる。

「端的に言えば『傭兵』かな。私はこの町で、()()()()()を守るよう雇われている、フリーランスだよ。今は学生と兼業だけどね」

「よ……『傭兵』? と、ある……?」

「私には『それ』を守ることと、町を守ることは同義だよ。だから、町を守ることは『それ』を守ることでもある」

 切子は足を肩幅程度に開くと、ナイフを持つ手をぶらりと前に下げた。

「町を守る者の責任として、君を……君の持つ力を、野放しにはできない」

 踵が、こつんとドアに当たる。我知らずと、巳影は後退っていた。

「君の追う『茨の会』とやらがこの町に関連するのなら、私が処分する。君には、ゲストという形で『協力』してほしい」

「刃物をぶら下げて、協力ですか……」

 皮肉を一つ飛ばしてみるも、気分は一向に楽にならない。

『構えろ。戦え』

 獣からは最大限の警戒が飛んできている。それが頭痛を生むほどに強く、巳影の顔を更に険しくさせた。拳を握りしめる。が、力が入り切らない。

「もし協力できないのなら……君を拘束する。そこからの扱いはもう、優しくできない」

「飼い殺しにされるのは……ごめんですね」

 やるしか、ない。

 巳影は足に力を入れ、鋭く息を吐く。切子の腕がヘビのようにしなり、鈍い輝きを吐き出そうとする。

「そこまでや、二人とも」

 ビタリ、と踏み込んだはずの足が止まった。まるで靴底が床に縫い付けられたかのように、動けなかった。それどころか、口すら動かない。

「……邪魔しないで、ししろ」

 腕をひたりと固めたままで、切子は巳影との間に入った相澤ししろに苦悶の声を上げる。

「人が着替えてる間に、何やねん……」

 はぁ、と相澤ししろは手のひらで顔を覆った。そしておもむろに両手をパン、と合わせると、巳影と切子はそろってたたらを踏んだ。よろけた巳影の額に、相澤ししろの指が跳ねてパチンと叩かれる。

「落ち着け、飛八」

「あ……」

 デコピンを喰らい、巳影はすっと熱が落ちていくのを感じた。

「んで、こっちも……」

 まだ腕を下ろせないでいる切子へ、相澤ししろは思いっきり手で頭をはたいた。スコン! と響きのいい音がする。

「痛い!」

「何度やんねんこの件! 反省というものを知らんのか!」

「わ、私だけ扱いが違うくない!?」

 頭をはたかれた切子は涙目になって言う。

「せやからって刃傷沙汰にしてどうすんねん! これやから脳筋は!」

「人を馬鹿みたいに言わないで!」

 お互いの鼻先が触れ合う寸前まで顔を近づけ、二人は同時にため息をついた。

「すまんな飛八。こいつにも事情があるんや」

 振り返り言う相澤ししろの後ろで、切子は拗ねたように口をとがらせている。

「で、聞いたかもしれんけど。ウチもこいつと同じで、この町を任されてる所がある。そんな中で飛八みたいなんがやみくもに暴れられても困る。『力』を持つもんなら、その『力』に責任も持て」

「う……」

 落ち着いて言われた正論に、巳影は思わずうめいた。

「ウチらが揉め合ったって何も進まへん。あんたの復讐も、ウチらの義務も」

 せやから、と相澤ししろはわずかに口の端を釣り上げた。

「この際どうや……互いに互いを利用し合ってみるってのは」

 底意地の悪そうな笑みを浮かべる相澤ししろに、巳影と切子はそろって目を点にした。

「仲良くせえとは言わん。だからドライに考えや。どっかで噛み合う所はあるんやで」

「……え? どういうこと?」

 切子が目を点にしたまま小首をかしげる。

「ウチかて、復讐なんて危ない真似はしてほしない。でも、否定はできん。ウチがもし同じ目にあったら、間違いなく同じ行動を取るやろうしな」

 巳影を見やりながら言う相澤ししろは、腕を組んで「んでもな」と付け加える。

「ウチらの町が何らかの関係がある以上、責任はウチらにもあるんや。真相はまだわからんけど、人ごとやない。あんたに丸投げするわけにもいかん。せやから……」

 と、相澤ししろは切子の手首を握ると、強引に引っ張り、同じく巳影の腕も掴むと強引に引き寄せ、

「飛八、ウチらはあんたがこの町を探るのを見逃す。でも、その後ろからウチら……もとい、誰かが着いてき何しても……あんたも見逃す。それでどないや」

「……」

 手と手を引き合わされた巳影と切子は、互いに呆けた表情を突き合わせ、やがて。

「巳影くん」

 先に真顔に戻ったのは切子だった。

「ししろの言うこと……つまりはどういう意味……?」

 巳影は思った。この人は馬鹿なのかもしれない。

「だぁぁ! せっかく人がくっさいお膳立てしてやっとんのに! わからんかこの石頭! 脳筋! シュワルツ◯ネッガー! この鼻垂れ小僧の面倒みたれやいうとんねん!」

「は、鼻……」

「んで、気に入らんのやったら最後までケツ持ちせえ! んで上前だけ跳ねたらええねん! ほぼほぼ利害一致しとるやろ!」

 肩で息をする相澤ししろの顔は真っ赤だった。その姿に、巳影は思わず吹き出した。

「あ! わろうたな、クソガキ! 誰のためにこんな面倒くさいことしとると思って……」

「わかりました。こっちが、折れます」

 ふうと、肺に詰まっていた緊張感ごと息を吐く。

「俺は復讐のためにこの町に来ました。それは譲れません。だけど、それをここまで考えてくれる人たちがいることも、無視できません」

 巳影はそう言うと、自ら右手を切子たちに差し出した。

「俺といっしょに、真実を追ってくれませんか。この町で起こっているというのなら……あなた達に協力してほしいんです。だから、勝手に動いたりはしません」

 真正面から二人の少女を見据え、巳影は落ち着いた声で言った。頭の中で、獣が嘆息めいた息をついた気配がしたが、それはあえて無視する。

 差し出された手を見て、切子はまだ拗ねた様子だったが、ししろに促され、手を取る。

「最初からそう言えばいいのに。君って頑固だな」

 切子は巳影の手を強く握ると、にやりと笑って見せた。

「んじゃあ、仕方ないから面倒みてあげる。……とことんね」

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