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57:断首人

 大人たちが話し、伝承してこられた昔話という戒め……。それが本当ならば、この少女は少なくとも百年以上は生きている、ということになる。

 だが、少年だった清十郎はそこに、恐怖を覚えることはなかった。がむしゃらに檻を斬り、太い鎖も重りも、枷も破壊する。

 無知ゆえ……自分が全く事態を理解していないだけだとしても。

「……なん、で?」

 拘束を解かれた少女は、怯えた目でこちらを見ている。肌はくすみ、よく見ると傷だらけであった。それらの傷は、人為的につけられたものだとすぐに勘づいた。

 怒りがこみ上げる。本当にこの少女が「鬼」だとしても、必要以上に傷つけていいわけがない。

 少女は小さく震えていた。その視線の先には、清十郎が持つ太刀がある。

 鋭利で、太く、頑強な一振り。その太刀が持つ役目は、幼い頃より刷り込まれるほど聞かされていた。

 だが、清十郎は太刀を手放す。地面に落ちる前に、刀身は姿を影に変え、輪郭ごと消えていった。

 役目など、クソくらえだ。



 □□□


「首切り……?」

 飛八、という少年が小首をかしげていた。

「お前たちは『疫鬼』と対峙したらしいが」

 新山は一口煙を吸い込むと、副流煙をなんの配慮もなしに吐き出した。

「消滅させた程度ではなんの解決にもなっていない。()()()は、然るべき場所で然るべき手段で首を落とし、そこで初めて再度封印が可能となる」

 煙草の煙でむせていた飛八は、まだ言葉の意味を飲み込めていない様子だった。

「ここでの「鬼」とは、いわば概念だ。災害のようなものだ。末端を消滅させたとしても、根源は残る。現に、町には流行り病が広がりつつある」

 新山はまだ半分以上残っている煙草を灰皿に押し付け、火種を消すと、また新しい煙草を一本取り出して口に咥えた。

「俺は報告でしか知らないけど……君たちが戦った『疫鬼』とは、今風に言うと「アバター」のようなものだよ」

 新山の隣で、来間が柔らかい物腰で補足する。

「かつてこの町……というか、村にはびこった疫病という事実そのものを消滅させる事はできない。『概念』だからね。実際に現れた「鬼」はその力を源とする、現世での現れ方なんだ」

 来間はホワイトボードに図解を記し、解説していく。

「止めるなら、そのアバターの首を取る必要がある。それを起点として、もう一度『独立執行印』で封じるんだ。それしか、被害を抑える術はない」

「じゃ、じゃあ……その「表面上の鬼」を倒したとしても、意味はないんですか」

 飛八が険しい顔で言う。それに来間は目を閉じ、静かに頷く。

「直接的な被害は抑えられるかもしれないけど、正確には「倒す」ことも不可能なんだ。蓋をして抑えるしか、今のところ手立てはないんだ」

 だけど、と暗くなりかけた室内の空気を払拭するようにか、来間は明るい口調で続けた。

「今なら再度封印をかけることができる。いやぁ、君がたまたま町を訪れてくれたこと、これを偶然だなんて言葉で片付けたくないね」

 そう言って、来間は邪気のない笑みを、それまで押し黙っていた清十郎へと向けた。

「大場家の先代当主は亡くなられてしまったけれども、君がいるなら問題ないね。「鬼」の首を落とすという大役は、君にしかできないから」

 清十郎は返事を返すこともなく、ポケットにねじ込んだままの煙草のパッケージを取り出し、自前のライターで火をつけた。

 煙草の先端が灰となり、それを手持ちの携帯灰皿に落とし、煙とともに深く息を吐きだした。

「俺、やるって言ったっけ」

「……。え?」

 来間は笑顔のまま疑問符を浮かべた。

「随分と都合の良い話だな。なぁ、爺さまよ」

 揺れる紫煙の奥で、新山の相貌は鋭いものになっていく。

「人を散々()()()おいて、いざって時にだけは「役目」をこなせと押し付けてくる……随分と勝手に仕切ってくれるじゃねえか」

 新山は火の着いた煙草を咥えたまま、眉間のシワを深くする。

「やれ、と言っているんだ。儂が、やれと言った……わかるな、大場清十郎」

「それが人様にモノ頼む態度かよ」

 新山が着いていた長机は、轟音とともに、いともあっさりと二つに折れて、崩れ落ちた。机……だったものに落とした拳を引くと、咥えていた煙草を火種ごと握りつぶした。

「貴様に拒否権はない。命令だ。次は「鬼」の首をもってこい」

 そう言うと、新山は席を立ってメインホールを後にした。それを追って、複数の黒服たちが慌てて移動していく。

 それらを横目で見ながら、清十郎は煙を吐き出しつつ口角を吊り上げた。

「いやだねえ、いい年こいた男のヒステリーってよ」

 肩をすくめ、煙草を携帯灰皿の中に押し込んだ。一方、来間は深いため息をついて肩を大きく落とした。

「ヒヤヒヤさせないでよ……あの人の殺気、俺にまで届いてたんだから」

「そりゃさーせんした」

 清十郎の謝る気のない返事に、来間は呆れて頬を引きつらせていた。

「でも、僕としては少しスッキリしましたよ。久しぶりの再会ですね、大場さん」

 神木紫雨は、底意地の悪そうな笑みを浮かべている。清十郎は小さく笑って頷いた。

「思わぬ再会になったがな。お前も相変わらずでなによりだ。相澤も、柊も」

 ししろは胃を抑え、かなり疲れた様子でいた。切子はそんなししろの背中をさすりつつ、苦笑を浮かべる。様子を見ていた来間は「はて」と小首を傾げた。

「お知り合いで?」

「この町は狭いんだ、ガキが遊ぶ相手つったらもう決まったメンツしか集まらねえよ。ただ、今日は新顔がいるな」

 清十郎は立ち上がり、まだ困惑している飛八巳影の前へと出た。

「さっきは助かった、ありがとな」

「い、いえ……助けられたのは、俺もですし」

 巳影はぎこちない動きで頭を下げる。

「あと、色々と説明が着きました。想像も入るんですけど……あの時に持っていた刀のようなものって、あれは……」

 この少年は察しがついているらしい。

「そうだ。俺は代々続く、断首人の家系だ。有事の際は、俺の家が「鬼」の首を切る役割を担う」

 すらりと言って、清十郎は再び煙草を咥えた。

「……が。今回は俺の知ったこっちゃねえ。俺は明日には隣町の大学に戻る」

 背を向けた清十郎に、来間は苦い顔を作った。

「本気かい? 故郷のピンチじゃないか。それに君には力があるんだし……」

「……。明日は単位ヤバい講義あるんで」

 そう言って、静けさが落ちたメインホールから、清十郎は一度も振り返ることなく出ていった。

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