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53:笑う犬たち

「色よい返事をありがとう。お硬い上の方には俺からうまく伝えておくよ。早速なんだけど、明日の放課後にでも集まれないかな。「遊撃部隊」として、色々と共有しておきたくてね」


 昨晩、こんなメッセージがししろを通して巳影の元へと送られてきた。そのメッセージに目を落としながら、通学のバスに揺られていた。正確には、混む車内で話す女子二人組の会話に、耳を傾けていた。

「出たんだって。昨日の夜ね、先輩がコンビニいく途中で……」

「三丁目の方だよね、結構うわさ聞くし……」

 通称『首なし犬』。つまりは昨日見た『飛頭蛮』のことだ。うわさ話自体、少し前から広がっていたらしい。

(第五の『独立執行印』が封じたもの……「うわさ話」を現実のものにしてしまうもの……か)

 うわさ、と言えば軽く聞こえるかもしれないが、つまりは情報という意味だろう。かつての土萩町……土萩村があった頃では、情報とは人づてで聞き、伝聞していくしかないものだった。

 飢饉や疫病などに苦しんだ人たちの間で、情報の伝達、交換とはどのように行われていたのだろうか。今のように携帯電話やSNSがあるわけではない。精密さには欠けるところはあるだろう。話だけが転がっていき、尾ヒレ背ヒレがついていき、全く別のものが話に上がる……。そういった流言飛語の元を封じた、というが。

(もしそうなら……現れる『飛頭蛮』を退治していけたとしても、うわさそのものを消さない限り、きりがない)

 もしくは、第五の『独立執行印』の封印が不安定になった理由と、その対処方法がはっきりするまでは、「うわさ話」という漠然としたものと対峙することとなる。来間堂助の話ではまだ調査中、とのことだが……。

「考え事?」

 いつの間にか、隣には切子が鞄を下げて立っていた。停車していたバスが、ゆっくりと動き始める。

「どうにも、スッキリしないので……今回の話」

 巳影は小さなため息をつきながら、正直に吐露する。

「俺はどうにも、あの新山さんって人たちを信用する気にはなれません。『茨の会』のことも知っていたようですし……それに『飛頭蛮』のことも、もともと『土萩町管理組合』の預かりどころって(ツラ)でしたが……なんで今さら動いたのか」

「そこは私も変に思ってる。でも、ししろたちが曖昧になってるその辺を探ってくれると思うから、今は協力態勢を保っていよう」

 できることは、現状維持。今は様子を見るしかない。結局このモヤモヤとした気持ちは放課後まで晴れることなかった。


 時刻は夕方となり、切子と二人で待ち合わせに指定された場所に向かった。

 そこは町の中央部分になり、商店街や駅前の賑わいで活気があふれていた。バス停はやや離れた位置にあり、町の声を聞きながら歩くことしばらく。駅より少し離れた位置に建つ空きテナントビルの前に、来間堂助は立っていた。

「申し出を受けてくれてありがとう。君が……柊さん?」

 来間は笑顔で右手を差し出した。

「お話は聞いております、来間さん。どうぞよろしくお願いします」

 切子も笑顔で握手に答え、一礼する。

「ひとまず上で話しをしよう。『組合』から空いてる場所を借りれたから」

 そういう来間の腰には、変わらず日本刀が下げられている。変に注目を浴びても面倒でしかない、とのことでテナントビルの空き部屋に案内された。

 元はなにかのオフィスだったのだろうか、それなりに広いスペースだった。しかし中は長い間使われていないらしく、空気は乾燥していて埃っぽい。

「さて早速だけど、本題に入ろう。今日の日中、この周辺で『飛頭蛮』の()()()()があったんだ。今回はそれを探し出したい。人的被害が出る前にね」

「この辺って……町中で、ですか」

 巳影は窓から見渡せる町並みを見下ろした。商店街を離れれば、民家が軒を連ねている。

「うん。『飛頭蛮』の性質上、騒がしい場所には出ないって聞いてたんだけど……思った以上に「うわさ話」が広がっているようなんだ」

 窓から見える町並みは、密集して広がっている。もし町中を今もうろついているとしたら、いつ住人らと鉢合わせしてもおかしくない。

「素人質問で恐縮なのですが、来間さん」

 焦りを感じ始めた巳影の隣で、切子が淡々と切り出した。

「『飛頭蛮』の出どころである「うわさ」を封じる方法は、ありますか」

 切子の言葉に、来間は腕を組んでしばらくの間、押し黙ったあとで口を開いた。

「たとえ箝口令をしいたとしても、『独立執行印』そのものが不安定である限りは……無理な話なんだ。憶測は不安を呼び、不安は具体化することで恐怖の対象となり、実像になる。未知の存在を「確定」させることで、安心を得ようとする……こういう民衆の意識があるかぎりね」

 来間はそう言って、アジテーターの正体は民衆自身、と付け加えた。

「とにかく今は、俺たち動ける人間が、被害の出る前に狩るしかない。封印がなぜ不安定になったのか、その原因がわかるまでね」

「ちなみにその目処は」

 切子が短く返した。

「一週間以内……で、なんとかしてもらわないと、俺の方も困る」

 来間は苦笑交じりに言い、皮肉げに口角をつり上げた。

「この町のお偉いさん方は、異常事態になったことそのものが恥みたいでね。原因解明に励んでもらっているけど……正直期待できない。ここだけの話ね」

 ほくそ笑む来間は、大きく肩をすくめて息をついた。

「じゃあ、実質手詰まり……なんですか?」

 思った以上に状況は悪いようだ。巳影は途方に暮れそうになる。

「今のままじゃ、ね。ただ……誰かしら予想外の助っ人でも、横から現れれば……状況は変わるかもしれない」

 来間はわざとらしい口ぶりで、「これは独り言だけど」と呟いた後、

「ここにいない君たちの仲間がうまく立ち回ればなぁ……どうだろうなぁ」

 どうにも、来間堂助という人間は相当な曲者のようだった。自然と切子と目が合い、切子はため息をついた。

「向こうのほうが、一枚上手だね」

 こちらの目論見を把握したうえで、共闘の申し入れを行ったとしか思えない。

「質問は以上かな? なら、俺たちも早く動こう。こういうのは、()()()()()が大事だよ」

 ぽんぽん、と手を合わせて、来間は屈託なく笑った。


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