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51:不釣り合いな怪異

「どうぞよろしく。飛八巳影くん」

 自然に差し出された右手を、巳影は圧倒されたままで握り返してしまった。握手に青年来間はにこりと笑った。

「来間。何をしにきた」

 丸太のような太い腕を組み、不機嫌さを丸出しにして新山は唸る。

「もちろん、彼らにご挨拶を」

「必要ない。貴様は務めだけを全うしていればいい」

()()なんですが、新山さん」

 来間は巳影の側に立つと、巳影の肩にぽんと手をおいた。

「彼らにも手伝ってもらいましょう」

「何……?」

 空気が急激に重たくなる。全ては、この新山堅郷という巨漢から放たれる、殺気だった威圧感がそうさせていた。だが来間はそれを柳のようにゆらりと交わし、巳影と新山の間に立った。

「現に我々が後手に回っていることは確かですし、『茨の会』による二度の襲撃に迎撃体制が整わなかったことも確か。我々大人たちが動けないでいた最中、戦ってくれていたのは彼ら子どもたちです」

 つらつらと言葉を紡ぐ来間に、新山は何も返さない。

「ならば、恥を忍んでも協力を仰ぐべきでは。我々が守るのはこの土萩町の平和であり……『土萩町管理組合』のメンツではありません」

 しばしの沈黙のあと、新山は苛立ちをむき出しにしつつも「一理ある」と呟いた。

「そこまで言うのなら、最前線は貴様に任せてもいいわけだな」

「もちろん。そのための雇われ()ですから」

 新山は重いため息をつき、無言のまま退室していった。戸が締まり、新山の姿が消えた瞬間、体中を押さえつけていた圧力が消え、巳影は思わず尻もちを着いてしまった。

「雇い主にいう言葉じゃないけど、おっかない人だよねえ」

 涼しい顔でいう来間は、倒れてしまった巳影に手を貸す。巳影はなんとか立ち上がると、あとから来た震えにぞっとするものを感じた。

「ふたりとも、歩ける? 移動しながら話したいことがあるんだ」

「どこかへ行くんですか」

 巳影が来間を見上げいう。来間は笑顔でこう言った。

「妖怪退治」


□□□


「実は……第五の『独立執行印』が不安定な状態にあるんだ」

 町の中央から離れ、寂れた町外れへを訪れた来間は、道すがら巳影とししろに今この土萩町で起こっている「怪異」を告げた。

「君らは『飛頭蛮(ひとうばん)』って、聞いたことはあるかな」

「ひとうばん……?」

 巳影は小首を傾げた。

「うん。古くは中国を発祥とする、首なしの妖怪だよ。今、そいつらの目撃例がこの町で増えているんだ」

 徒歩で一時間あまり。三人はひとけのない公園に着いた。遊具の類はなく、草木も生え放題となっている。

「この公園に潜んでいるって話なんだけど」

「その前に」

 公園へと入ろうとした来間の背中に、ししろが声をかけた。

「第五の『独立執行印』が不安定って……なんでそんなことに?」

 来間はししろの質問に足を止め、眉を寄せた。

「今調査中なんだ。まだ詳しいことはあまりわかっていない。ただ……不安定になり始めたと同時に、『飛頭蛮』が姿を見せるようになった。関連性はあると思うよ」

 それを聞いて、ししろも足を止めて考え込み始めた。

「あ、あの……素人質問であれなんですけど、第五の『独立執行印』って、どんなものを封じ込めた封印なんですか」

 巳影も足を止めて、来間に問いかけてみる。

「簡単に言えば……『うわさ話』かな」

「うわさ……?」

「かつての『土萩村』で流言飛語を広めたとされる「鬼」が封じられている。悪質なデマや情報で村を混乱……村中を疑心暗鬼にさせ、大きな不安と恐怖を与えたものとしてね」

 そこまで聞いて、巳影は首をひねった。

「それが……『飛頭蛮』なんて妖怪を、呼んだ……?」

 うわさ話が原因で、首のない化け物が現れる。なんとも繋がらない話だった。

「昔の都市伝説に「人面犬」なんてものがあったのを知ってる? 第五の『独立執行印』の怖さはね……根も葉もないうわさ話を、実体化させる力を持っていることなんだ」

 不意に、鼻を突く腐臭のようなものが漂い始めた。巳影とししろは口元を手で覆いながら、臭いの発生源……寂れた公園の奥へと目をやった。

「何だ、この臭い……」

「おしゃべりしてる間に、出てきたみたいだね」

 来間も口元をハンカチで覆いながら、もう片方の手で無造作に腰の刀を抜いた。

 公園からは、草木を踏み分け、確かな足音を立てながら近づいてくる気配が現れた。その異形を見て、巳影は思わず一歩さがってしまった。

 一言で言えば、蜘蛛に近い形をしていた。四方に伸びた足は鉤爪のように尖り、地面に突き刺さっている。それら脚を結ぶ胴体は、犬のようなしなやかさを見せる体躯を持っており、しかしそこから伸びているはずの首はなく、パックリと空いた(うろ)がまるで、巨大な口にさえ見えた。

 その首なしの蜘蛛……『飛頭蛮』は、昆虫を思わせる脚の動きでじりじりと、刀を抜いた来間へと近づいていた。

 来間が刀を下げ、踏み込もうとした刹那に、『飛頭蛮』は素早い動きで高く飛び上がった。

 『飛頭蛮』は軽々と来間を飛び越え、背後に着地すると、鋭く尖った前足を振り向きざまに滑空させる。下から払うように放たれた爪は、来間の後頭部へと吸い込まれ、

「ッシュ」

 力強い呼吸を吐き、来間の体は深く沈むと同時に半回転。下からの薙ぎ払いに対し、更にその下からえぐるような軌道で刀を閃かせた。『飛頭蛮』の前脚に刃が吸い込まれる。刀は撫でるようにして弧を描き、『飛頭蛮』の前脚は空高く斬り飛ばされた。

 耳を塞ぎたくなるような、いびつな音が『飛頭蛮』の虚から発せられる。まるで赤ん坊の泣き声のようなそれは、見ているだけだった巳影とししろにも、生理的な嫌悪感を抱かせた。

「静かにしようね」

 来間は地面に両足で立ち、もがく『飛頭蛮』へと刀をまっすぐ上から振り落とした。刀は『飛頭蛮』の胴体の中へと沈んでいき、地面すれすれのところで刃が停止した。

 真っ二つに別れた『飛頭蛮』は、ゆっくりと崩れ落ち、地面に届く前に細切れに分解されていった。まるで灰になったかのように、散り散りになって消えていく。

「見ての通り、こんな感じだ」

 刀を鞘に収めると、来間は大きく一つ息をついた。

「今、こんなのが町中でも見られている。ひとまずこれらを迎撃しながら、封印が不安定になった理由を探ろうと思っている」

 まだ『飛頭蛮』の悲鳴が余韻を残し、空気を震わせている中で、来間堂助は微笑を浮かべる。

「どうかな。手伝ってくれるかい?」

 その時見えた来間の瞳は、『飛頭蛮』の虚よりも黒く暗く、深かった。


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