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50:物静かな波乱

 時間は少し遡る。


□□□


「すまん、巳影」

 オカルト研の部室に顔を出すなり、ししろが平謝りで出迎えた。

「な、なんですかししろさん……」

「ややこしいコトになった」

 申し訳無さそうに上がった顔には、引きつった笑みが張り付いている。

「この町には『土萩町管理組合』っちゅーのがある。そこの責任者……つまりは、この町で一番のお偉いさんに、会ってほしいんや」

「は、はぁ……」

 説明を受けたものの、今ひとつ事態が飲み込めていない。

「市長さん、みたいな感じですか?」

「……」

 疑問を持ちかけてみるものの、ししろの苦い顔は変わらなかった。

「市長っちゅーか……わかりやすくいえば『裏側』の責任者や、といえば想像つくか?」

「裏……」

 つまりは、表立って言えないようなことを管理する人たち、ということだろうか。そして今、この町の現状で表立っては言えないことといえば、一つしかない。

「……敵、なんですか」

「い、いや……どちらかと言うと、味方のはず、なんやけど……」

 ししろにしては、珍しく歯切れが悪い。視線もこちらに合わせず、泳いでばかりだ。

「とにかく今から、「顔合わせ」だけでもしてほしいんや」

「しかし、結界の強化をして回る予定では……」

「それも……これからの「顔合わせ」次第で、できんくなるようになるかもしれへん……」

 ししろは肩を落として俯いた。どうにも、ここで問答しても意味はないことのようだ。

「わかりました、会えばいいんですね。その責任者さんに」

 巳影の言葉にししろは顔を上げ、また申し訳無さそうな表情を作った。

「その上で……巳影、自分に頼みがある」

「まだなにか厄介事が……?」

 ししろは力なく呟くように言った。

「絶対、カッとならんでほしい。……それが難しくなる状況になるさかい、もう一つ勘弁してほしい」

 謎が謎を呼んでしまった。

 カッとなる……怒るな、ということか? 巳影は首を傾けた。意味も意図も不明だった。

「行きのバスの中で、話せることは話すから、ひとまず出よか……」

 ししろはすでに疲れているような顔色であった。



 

 土萩町の中央。大きな敷地を持つ寺院の本堂にて、その男はししろと巳影の到着を待っていた。

「貴様か。部外者でありながら、こちらの内情に関わっている小僧というのは」

 巨大な仁王像を背にして、鷹の目のような鋭さを持つ視線を、無遠慮にぶつけてくる。

 新山(にいやま)堅郷(けんごう)。齢はもう九十を超えていると、ししろから移動中に聞いた。

(……すごい威圧感だ……)

 見えない手で押さえつけられているような圧力を感じた。それを可能にするのは、老人だとは思えない筋骨隆々の肉体だった。分厚い胸板に、鍛え抜かれた拳。袴を着ているものの、歩いて移動する動作に一切無駄がない。

「名前を聞いてやる。答えろ」

 言うも、新山は鬱陶しそうに顔をしかめているだけで、こちらに関心があるとはとても思えなかった。

「ひ、飛八巳影です」

 正座したまま、できる限り無礼のないよう頭も下げる。だが、新山はそれをつまらなそうに睥睨し、鼻で笑う。

「細く貧弱な体躯だな。それでよく高橋京極と渡り合えたものだ」

 高橋京極の名前が出て、巳影はとっさに顔を上げた。

「貴様らの動き、おおよそ把握している。『茨の会』なる者共とぶつかっているようだが」

「……!?」

 さらりと出てきた言葉、『茨の会』に反応しかけた巳影を、隣で座っていたししろが手で制する。出るな、と。

「あ、あの……それなんですが、新山さん。ウチら……」

 巳影の隣に、やはり正座で座っていたししろが、珍しく弱気な口調で割って入る。だが、それも新山のひと睨みで押し殺されてしまった。

「もう手を引け。ガキに出番はない。ここからは『土萩町管理組合』が取り仕切る」

 有無を言わさぬ圧力で、ししろはまたしても押し黙ってしまった。

「……それに、協力という形で関わることは可能ですか」

 俯いてしまったししろを見て、巳影は静かに一息で言った。横では、ししろが息を飲む様子を見せた。

 巳影の言葉に、新山は太い眉の形を変えた。

「手を引け、つったのが聞こえなかったか」

「引けません。自分には、自分なりに『茨の会』を追う理由があります」

 凄みの聞いた低い声に、巳影は真正面から言い返した。それを新山は、またしても鼻で笑う。

「貴様らのようなガキに、何ができると言うんだ」

「ではあなた達は一体何ができるんですか。二つも『独立執行印』の危機が迫ってきた時、貴方がたは何をしていたんですか」

 ししろが止まるよう服の袖を引っ張っていたが、巳影はそれを払って立ち上がった。

「俺たちは常に最前線にいました。それを横から、今まで何もしてなかった人たちに場を明け渡せだなんて、できません」

 視界の端で、ししろが頭を抱えている様子が伺えた。心のなかですみませんとつぶやき、鷲の目を見据える。

「弁が立つな、ガキ」

 新山の顔からは、嘲るような気配は消えていた。それを上塗りするほどの怒気が、眉間に深いシワを刻み込ませていた。

「これはな、儂らの町の問題だ。よそ者がしゃしゃり出ていいもんじゃあない」

「その割に、動きが遅く見えるのは何故ですか。俺から見れば、しゃしゃり出ているのは今になって出てきた、貴方がたの方ですよ」

 一歩、新山が前にでた。ビリ……と、空気が肌を荒く削りそうになるまで張り詰める。巳影は下がろうともしない。むしろ、おもむろに一歩前へと出た。

「そこまでにしましょう、新山さん」

 不意に、仁王像の側から入り込んだ風が、その場の熱量をかっさらってしまった。巳影は弾かれるようにそちら……仁王像の側に立つ人影へと振り向いた。

「彼の言葉はごもっとも。出遅れたことには変わりありませんから」

「……来間(くるま)

 来間(くるま)、と呼ばれた人影は、ゆらりと歩いて巳影と新山の間に立つ。

(この人……いつの間に)

 先程まで、この仁王像の間には他に人はいなかった。現れた人影を、巳影は注意深く見る。

 細身で背が高い、穏やかそうな青年だった。スーツを着ているものの、その腰には随分と似合わないものが下がっていた。

「はじめまして、飛八巳影くん。俺の名前は来間(くるま)堂助(どうすけ)。新山さんに……『土萩町管理組合』に雇われた『エクソシスト』だ」

 人の良さそうな笑顔で、来間という青年は一礼した。その動作は洗練されており、腰に下げている()は鍔鳴り一つもなく、鞘の中に収まっていた。


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