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49:答えはなく、結果もなく

 峠をこえて、下り道。バスの車窓からは、くたびれた田舎町が見えた。

「……面倒くせえな……」

 青年、大場(おおば)清十郎(せいじゅうろう)は無意識にそんなつぶやきをこぼしていた。

 父の三回忌ぐらいは帰ってこいと母親に言われ、都会のアパートからバスに乗り、古巣の故郷である田舎町に戻ってきた。車窓から広がる景色は、どこか薄暗く、濁った雰囲気を漂わせる町並みであり、それだけでもため息が漏れそうであった。

「っつーか、俺が帰ったところで何になるよ……」

 高校を卒業した清十郎は、両親の反対を押し切り、隣町である都会の大学へ進学した。

 根拠のない自信と、漠然としたことに対する期待。自分がくすぶっているのは、このくだらない田舎町にいるからだと決めつけ、一念発起のつもりで都会へと出た。

 だが、張り切ることができたのは、最初の数ヶ月だけだった。

 大学の講義をサボるようになり、居心地の良い友人らとダラダラすごす。煙草と酒の味を覚え、飲み歩く日々。

 そんな時間を過ごすうちに、「最初の気持ち」というものは簡単にどこかへ行ってしまった。堕落にだらけ、惰性に身を任せ、生産性のない日々を暇つぶしで過ごしていく。

「はぁ……」

 そんなこんなでもう二十一になり、その結果得られたのは、「何者もなれない自分」であった。子供の頃に持っていた希望にも夢にも根拠はなく、ただ年齢を重ねただけになる。

 くすぶった自分を変えられなかった理由はすぐにわかった。最初から、自分は特別ななにかになれる器ではなかった、というだけだった。

「とっとと用事すませて帰ろう……」

 バスは峠を降り、土萩町へと入っていった。


□□□


 夕方から始まった法事は滞りなく進み、御経を読み上げた僧侶はすぐさま帰っていった。会場である町中の集会場の片付けが始まり、清十郎も座布団やらパイプ椅子やらの撤収を手伝わされた。

「清十郎」

 しゃがれた声に振り返ると、記憶よりもかなり老け込んだ母が立っていた。

「何」

 そっけない、と自分で思いつつも、明るい口調を作る気にはなれない。清十郎は片付けの手を止めないまま、顔だけを母に向けた。

「新山さんがいらっしゃったわ。挨拶していきなさい」

「……。へいへい」

 一瞬無視するかとも思ったが、諦めて生返事を返した。手に持った荷物を片付けると、清十郎は客室へと向かった。

 部屋の前に立ち、ノックしようとすると、戸がするりと空いた。戸の奥から現れたのは、目つきの悪い黒服を着た男だった。

「大場のせがれか」

 その男の更に奥……部屋から、不機嫌さをむき出しにした男の声があがった。黒服の男は何も言わず一歩下がり、清十郎に入るよう無言で促した。

「う、うっす……お久しぶりです……」

 靴を脱いで部屋に入ると、清十郎はおずおずと頭を下げた。

「まあ座れ」

 伏せた顔のまま、清十郎は苦い顔を作りつつ、部屋の中央に座していた老人の前で正座した。

 座布団の上、同じく正座で座る老人は、清十郎の知る限り今年で九十を超える、この町の権力者だ。しかし。

(……相変わらずおっかねえなこの爺さんは……)

 清十郎は両肩両足に重りでもつけられたかのような、ずっしりと体を鎮める威圧感を覚えていた。

 鷲のような鋭い眼光に見据えられれば、体は自然とすくんでしまう。そして着流しに包まれたその体は、とても老人のものとは思えないほど、鍛え上げられた筋肉の鎧で出来ている。

 背丈こそ高くないにしろ、鍛え抜かれた拳や太い首、丸太のような足などで、只者ではないと知れる。

「大学生活は、どうだ」

 顔をうつむかせたまま、清十郎はその一言だけで、身動きがとれなくなった。

「所詮、大場のせがれか。くだらん人間になりおって」

 馬鹿者が、と続ける。

「その様子では()()()も磨いておらんな」

「……す、すみません」

 もうまともに顔を上げることができなくなった。すっかりと縮こまった清十郎に、老人新山は怒気をはらんだ声で続けた。

「このところ町全体が浮ついた空気だ。貴様もその空気を感じただろう」

 新山は懐から煙草を取り出した。すぐさま、側に控えていた黒服が火と灰皿を用意する。

「良からぬことを企てておる輩がいる……貴様はそんな連中に目をつけられる前に、とっとと都会へ帰れ、腑抜けめ」

 一喝のあと、紫煙を吹き付けられた清十郎は激しくむせながらも「わ、わかりました」となんとか声を押し出した。

 その後逃げるように退室した清十郎は、足早に集会場の外へと出て大きく肩を落とす。

「ったく、当たり散らすために人を呼びつけるんじゃねえよ、クソジジイ」

 ぼやくと清十郎は自分の煙草を取り出し、火をつけた。

「俺がどう鈍ろうと腐ろうと……俺の勝手じゃねえか」

 吸い込んだ煙はどこか刺々しく、のどと肺には尖った感触が残った。

 もうこのまま都会へと戻ろうか、とも考えたが、峠を超えるバスがない。実家で一泊する予定ではあったが、このまま帰っても気分はむしゃくしゃしたままだ。酒でも買って気分を収めようか。

 腕時計で時刻を見る。まだ夜の八時だというのに、周囲は真っ暗だった。街灯の少ない田舎ならではの暗転に、もう一つため息をついた。

 集会場にはまだ明かりは着いていたが、残るのは新山の腰巾着たちだけだろう。それは自分の母も含まれている。生きていれば、父もその一人だ。

「町で最も古い家柄だかなんだか知らねえけど、いつまでも武家気取りでいやがって」

 そんな捨て台詞を残して、清十郎は集会場をあとにした。


 最寄りのバス停までの道のりを、お気に入りの音楽とともに歩いていったが、胸に残った苛立ちはなかなか収まらなかった。バス停に着いたとしても、次のバスまであと三十分以上あることを知り、やるせなさは限界を超えそうになっていた。

「厄日だな、今日は……」

 ぼやいて、本日何度目かの煙草に火を付けようとした手が、ひたりと止まった。

 周囲の様子を目だけで伺う。

(……何だ)

 道路と歩道があるだけの、明かりが少ない道の真ん中。遠くに街明かりが見えるだけで、周りは暗闇の中で静まり返っていた。

 その静けさが、赤い風によって焼き払われる。

「うお!?」

 バス停の側で、火柱が上がった。舗装されていたはずのアスファルトの地面は熱で溶け、深くえぐれている。

「な、なんだぁ!?」

 たじろいだその視界の端で、何かが通り過ぎた。清十郎が慌てて振り返った時、暗闇の奥には、大きな影が地面に這いつくばるような形でうずくまっていた。

「危ないです、下がってください!」

 後ろ……火柱が立ち上った方から、少年らしき声が飛ぶ。駆けつけてきたのは、学生服を着た小柄な少年だった。だが、その両腕には轟々と燃え上がる火柱が巻き付くように立ち上っていた。

 清十郎の前に出た少年は、前方でうずくまる影に、空手のような構えを取った。

「な……何がどうなってる!? てかお前、腕が燃えて……」

「すみません、説明はあとで! まず「アイツ」を……!」

 言葉の途中で少年は、影に飛びかかった。真っ赤に光る拳が影を突き破ると、影はまるで断末魔を上げるかのように身を震わせ、黒い夜の中に消滅していった。

「……」

 火が着いたままの煙草が、塞がらない口からこぼれ落ちる。

「お騒がせしてすみません、えっと……」

 硬直したまま動かない清十郎へ、小柄な少年は困り顔でひとまず頭を下げた。

「と、とにかく早めにお帰りください。この頃妙なのが……」

 少年の手からはもう、炎は消えていた。

「あ……いや……。お、お前はナニモンだ?」

「えーと、話すと長くなるんですが……俺達は今さっきの化け物を……」

「い、いやいや。普通の人間が「アレ」を……『飛頭蛮(ひとうばん)』を片付けられるわけがねえ……ナニモンだよ、お前」

「え……なんでそれを知って……」

 互いに言葉をなくし、疑問符を頭の上に浮かべたまま、ただただ混乱していく。

 それが、飛八巳影との出会いだった。

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