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48:とある師弟の形

 倒れている高橋に動く様子はない。息も絶え絶えになっている巳影と紫雨は、動かないままでいる高橋を警戒しつつ、自分の調子を落ち着けていく。

「やれましたかね」

 地べたに腰を落としたままでいる紫雨は、手のひらで額の汗を拭う。

「いや、以前も直撃したのに、ダメージすら残っていなかった……けど、すぐには動けないはずだ」

 体中がひどくだるく、重い。巳影は自分自身を引っ張り上げ、なんとか立ち上がる。

「逃げるなら今のうちだけど、出口とかは一体……」

 四方を見渡していた巳影の耳に、床の軋む音が届いた。高橋へと振り返るが、まだ倒れたままだった。その間にも軋む音は近づき、それは足音となって暗闇の幕から現れた。

「大健闘だったな。見事だった」

 赤銅色の髪の少年が、気の抜けた拍手を送る。

「あ……天宮一式!」

「これはお前たちの戦利品だ、持って帰るがいい」

 巳影の殺気立った声などお構いなしに、天宮一式は腕に抱えていたものを巳影たちの手前へと投げてよこした。重い音を立てて転がったのは、随分とダメージを受けている祠だった。しかし、戸を開けられた様子はなく、屋根や壁の部分だけが摩耗している。

「何のつもりだ、これはお前たちもなんとかしたかったんじゃないのか」

「そうなんだが……結局どうにもならんかったのでな」

 巳影は紫雨の前に立ち、拳を固める。

 天宮は巳影の凄む声を涼風のように受け流し、笑う。

「それに、これ以上この『回廊』で暴れられては困る。お前たちにはとっとと出ていってもらうぞ」

 天宮が指を鳴らした。同時に、巳影たちの周囲の地面がふつりと消える。底の見えない深淵に、巳影と紫雨、そして祠は落ちていった。

「やれやれ、朝も早くからドタバタと……」

 天宮はあくびを噛み殺しながら、倒れて動かない高橋の元へと歩いていった。

「高橋、生きているか」

「……ええ。持ち札を全部防御へ回したので」

 上体を起こした高橋には、全くダメージの痕跡は見られなかった。

「さて。移動するぞ。この『回廊』の場所が割れてしまったんでな」

「都合の良い秘密基地でもあればいいんですけどね」

 何事もなかったかのように高橋は起き上がり、歩いていく天宮の後ろについていった。


□□□


「こんのド阿呆ども!」

 病室に大きな怒声が響き渡った。

ししろのゲンコツが、巳影と紫雨の頭に炸裂する。二人は頭を抱え込んでうずくまった。

 二人は資料館の前で倒れているところを、様子を見に来た切子に発見され、『萩ノ院診療所』へと運ばれた。

 紫雨の傷はほとんどが直っており、折れていたはずの右肘もしばらく通院で様子を見る程度で収まっていた。

「なんで二人だけで特攻していったんや! 連絡いれえ!」

「す、すみません……」

 巳影は肩を落として頭を下げた。

「祠は奪還できたとはいえ……無茶ばっかしおって」

 はぁ、とししろは大きなため息をついた。

 一方紫雨は涙目になりながらも、口をとがらせ明後日の方向へと顔を向けている。

「しかし、連中の根城がまさか上空にあったとはね」

 空いているベッドの上で、ノートパソコンを広げている帆夏は画面から顔を上げた。

「多分もう入口は封鎖されて、別の場所に移ってるかな」

 帆夏は巳影と紫雨の報告をまとめながら、難しい顔をして包帯の巻かれた目の上を、指先でとんとんとつつく。

「多分君らが入った空間は、結界術で作られたものじゃないよ。『異界』への入口かもね」

「……いかい?」

「そ。『帰らず小道』みたない、現世とは軸のずれた場所にある空間さ。それをお手軽に扱えるとなると……敵の総力はちょっと考えたくないなあ」

 いまいちわからない解説だったが、ただ事ではないのだろう。巳影は黙って頷くだけに終わった。

「それで、紫雨ちゃん。後藤さんは……」

 病室の壁を背にして立っていた切子が、おずおずと紫雨へ声を掛ける。紫雨は視線だけを切子に向け、尖らせていた口をほどいた。

「消滅しましたよ。まあ元々死んでた人なんですから、これ以上居られても、困ります」

 紫雨の憎まれ口に、切子は苦笑する。紫雨はベッドの側においていた祠を持ち上げると、戸を開いて手を乱暴な動作で突っ込んだ。

「な、何しとんや紫雨!」

「何って。結界の強化ですよ。さっさとすませましょう」

 紫雨がボソリ、と何かを呟いた。その刹那、祠は内部から発した光を溢れ出させ、まばゆく輝いた。

「終わりましたよ」

 突っ込んでいた手を無造作に抜くと、紫雨はさらりと言った。帆夏以外は皆、目を点にしている。

「もう師匠の妨害(トラップ)はありませんからね。あとは結界を再構築して、補強。加えてちょっとしたトラップも増設しました」

「そんなさらっと……」

 いいかけた巳影は、ふと右目だけに映る残像に気付いた。

 紫雨の小柄な体には、屈強な肉体を持つ男の影が重なって見える。だがそれも一瞬で掻き消えてしまった。

「まあ、今だけです。しばらくすれば、スペックは「もとの僕」に戻ります」

「……?」

 ししろは首を傾げている。

「だから他の『独立執行印』を守っている結界の強化を、さっさとすませてしまいましょう」

 事も無げに言う紫雨の様は、どこか不遜な態度で、強く印象に残る男のようだった。

 その態度には、ここに住む者たちのどの記憶にも引っかかったのか、ししろも切子も、帆夏も、特に紫雨を気遣うことはなかった。

(そうか……あれは、回復術なんかじゃない。自分自身の力を……)

 高橋も知らない術の正体が、なんとなくではあるが、わかった気がする。

「では、僕らの準備が整い次第、結界の強化に移りましょう。それで……なんですか、飛八さん。人の顔を見てニヤニヤと」

「それは失礼。つい頬が緩んだだけだから、気にしないで」

 巳影の答えに納得のいかない様子で、口をとがらせ、憮然としている。

「うーん。なんていうか」

 機嫌を損ねた紫雨に苦笑し、巳影は右目を閉じて言った。

「いいお師匠さんだったね」

「アレが、ですか?」

 苦虫を噛み潰した顔で宙を仰いだ紫雨であったが、

「まあ……嫌いじゃないですけどね」

 そう呟いた横顔からは、若干の照れと、晴れた笑顔を見ることができた。


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