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47:盾と矛の総力戦

 高橋の左手は、すぐに灰で修復される。手のひらの感触を確かめるため、高橋は左手を強く握りしめた。

「回復しましたか……回復途中で後藤さんの残留思念は消滅させたはずですが」

 巳影はすぐさま紫雨の側まで下がり、高橋を視野に入れたままで言った。

「大丈夫なのか?」

 紫雨は右腕の感覚を確かめている。その顔からは気力や活力は戻っていたものの、ダメージとそれによる疲労までが完全に取れている、とは言えなかった。しかし、紫雨は微笑を浮かべてみせた。

「痛みはまだ残っていますが、やれます。……とはいえ」

 高橋を見据え、相貌を尖らせる。

「撤退戦にならざるを得ません。この場はしのげますが……これ以上この場所にとどまるのは、危険すぎると思います」

「……。お前が冷静にそう判断したなら、仕方ないか」

 巳影はいいかけた言葉を一旦飲み込んで、渋々頷く。この場まできて駄々をこねても何の意味もない。

「またしても逃げる相談ですか。それを、今度こそ僕が許すとでも?」

 高橋は黒い霧がまとわりつく左手を掲げてみせる。あの左手は、厄介すぎる性能だ。物理的な防御は何の意味もなさないだろう。あの魔霧は、魂そのものを蝕み、食らうのだ。

(せめて相殺でもできれば……!)

 巳影は自分の腕の状態を確認する。まだ気力は十分であるが、疲労で少し重たくなっていた。集中力も欠けてきている。万全とはいい難い。

「飛八さん、飛び道具を撃てますか」

「さっき割って入るのに一発使ってしまったから……正直厳しい。撃てたとしても、あと一発が限度だ」

「なら、提案が」

 紫雨の横顔には、もう迷いといったものはなかった。目は澄んでいて、敵を真正面から捉えている。そこから視点がそれることもない。

「僕が結界術で、あの霧をなんとか防いで抑え込みます。霧が消えた瞬間に、飛び道具で高橋京極を撃ってもらいたい」

 高橋が再度灰を纏う時間を与えない電撃戦。巳影はしばし押し黙る。

「防御できるのか、あの霧を相手に」

「可能です。ただ、僕自身も疲弊してますから……できたとしても、一度きりです」

 弱気ともとれる発言であったが、視線をこちらによこした紫雨の目は、怯える者の目ではなかった。確信……自信が、紫雨に戻ってきているように感じた。

 巳影は、ふと口元をほころばせた。

「わかった。ただこちらは撃つまでに少し時間がかかる。最低限、それまで踏ん張ってほしい」

 呼吸を鋭いものにし、体内を脈打つ熱気に自らの意識を浸透させる。巳影の腕に宿る火柱が、更に強い火となり燃え上がった。

「いくぞ……『地獄門』第二開放!」

 両腕が暴れ始める。まるで反発しあう磁石同士のように、腕の中で勢いをました熱が強く膨らみ、制御が難しくなる。だがその脈を、呼吸と精神力でねじ伏せ、両手を組んで肘と肘を合わせ、前へと突き出した。

「それを今度も受けて上げる優しさは、僕にはありませんよ。その炎ごと、霧でズタズタにしてさしあげましょう!」

 高橋は左手を握りしめ、右手には黄色地の札を数枚鷲掴みにし、巳影へ好戦的な笑みを向けた。

「そんなセリフは、僕の結界を突破してから言うんだな」

 有利を確信していた高橋の表情が、わずかに引きつった。しかし高橋は巳影の隣で左手を前にかざす紫雨を見ると、鼻で笑い飛ばした。

「健気ですねえ、まだ守ろうと? 後手に回った時点で、あなたたちは「詰み」なのですよ!」

 高橋は左手の拳を繰り出した。拳はどす黒い霧を生み、それは津波のように膨れ上がり、うねり波打ち、轟々と唸りを上げて、巳影たちへと迫った。

「結界術『八卦(はっけ)光衝(ひつい)』!」

 紫雨から放たれた裂帛の気合が、かざされた左手に呼応し、巳影たちを飲み込もうと広がった魔霧は真正面から弾かれ、四散していく。巳影の目の前には、八角形でできた光の壁が広がっていた。八角の壁は押し寄せる魔霧を弾き飛ばし、霧を散り散りにさせていた。

(す、すごい……!)

 正面から迫ってくる魔霧の波を、八角形の結界が完全に遮断していた。

(あの霧が対消滅を起こす霧なら、こちらの壁は……!)

 荒れ狂う霧は八角の壁を喰らおうとする。しかし牙を剥き結界に接触した瞬間、霧は四方八方へと飛び散り、消えてしまう。

「力を分散している……!?」

 紫雨の張った結界の特性をその一瞬で把握したのか、高橋は右手に握っていた札を強引に口で食い破り、その破片を左手へと吹きかけた。左手から放たれる霧は更に濃度を増す。

「ううっ!」

 紫雨がぐっと歯を食いしばった。震える左手を、右手で抑えながら、全身に力をいれる。

 ず……と、寄せては返す魔霧が八卦の壁をわずかに押した。

「紫雨!」

 紫雨の体が押し返されていく。険しい横顔には汗が張り付き、足元は震えていた。すぐにでも押し返されても、不思議ではない。

「諦めて滅しなさい! そんな消耗した体で何ができますか! たとえ回復できていたとしても、それはわずかな間だけ! なにの足しにもなりませんよ!」

 高橋は更に札を食いちぎり、左手の霧へと吹きつけ、霧はまた濃度をました。もはや周囲に落ちる闇よりも暗く、黒いものとなっている。波打ち、押し寄せる様は、何者をも飲み込む深海の水底であった。

「……ぐぅぅ!」

 歯を食いしばる紫雨はそれでも、諦める様子を見せない。押し来る霧の圧力に、伸ばした腕は今にも折れそうになり、膝は踏ん張りをなくし床へと落ちかけていた。

「無駄なのですよ! あなたも、あなたの師も、その生命すべてが! 行為そのものが! この霧の前では何もかも!」

 霧を分散し続けていた八角の壁が、異音を吐き出した。ミシ……ミシと、一度鳴った音につられるかのように、音が次第に連鎖し始める。

「限界のようですね!」

 四方へと散っていた霧が、次第に規模を収束し始める。束となり波となり、八角の壁へ突き進み、軋む音を強く鳴らす。

 紫雨は八角の壁を支える左手を前に出すのがやっとなのか、顔が俯きつつあった。

「紫雨! しっかりしてくれ!」

 巳影は力を溜めながら檄を飛ばす。今撃ったとしても、勢いを更に強めた魔霧の前では簡単に飲み込まれてしまう。

「……力は、使い切りました」

 膝が折れ、立つことすらやっとの紫雨は、そんな言葉を漏らす。同時に、八角の壁は大きな音を立てて、ついに亀裂を走らせた。

「だから……」

 かざす左手に、右手が添えられる。紫雨のか細い腕が伸ばされていくほど、震えは収まっていった。

「……え」

 巳影は一瞬、紫雨の小さな身体に、屈強な男の影を見た。

「だから! ここからは、()()を使います!」

 八角の壁が割れて、弾け飛ぶ。覆いかぶさるように飛び散り広がる魔霧は、粉砕された八角の壁を抜けて、

「『悪性理論・八卦(はっけ)反証録(はんしょうろく)』!」

 紫雨の両手から伸びた霊気の糸が第二の八卦の壁を作り、爆ぜた。まばゆい光は八角に縁取り、広がった魔霧を、真正面から輝きの濃度で弾き返す。

「反射した!?」

 高橋の笑みが凍りついた。

 魔霧は疾風を受けたように後方へと飛ばされ、水底の闇は一瞬で瓦解した。押し返された霧の波は高橋の左腕を弾き、周囲の闇を更に暗くしながら散らばっていく。

「飛八さん!」

「わかってる!」

 紫雨の叫びに、叫び声で返す。

 巳影の腕は紅蓮の弾丸『黒点砲』を撃ち出し、大きな火球は、バランスを崩した高橋の体へ直撃した。

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