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44:窮地からの撤退戦

 紫雨は後藤に肩をかり、ダメージの残る体を、引っ張り上げるように立ち上げた。痛みは体中でずきずきと熱を生んでいる。しかし、敵を……高橋を見る目には活力が戻っていた。

「本来なら、これでピンチ……逆転された、というところですが」

 薄笑みを取り戻した高橋は、手にしていた刀を側に控えている亡霊へと戻した。その代わりに、懐から二枚の札を取り出す。

「貴方がたは守りが主体の結界術師。片方は手負いで未熟、片方は残留思念体。さて、冷静に考えましょうか。どちらが不利か」

 札に吐息を吹きかけ、札は青白い火を放って燃え上がる。二枚の札は灰となり、それは結びつくように床の上に積もり始めた。

 灰の中から、白骨化した手が生えるようにして現れる。やがて手は肘を、肩をと地面から全身を這いずりだした。

 全身にして、二メートルはあろう巨躯を持った髑髏の武者が現れる。手にはやはり、鋭利な刀を抜き身で携えていた。

「またか、くそ……」

 悪態をつく紫雨の声は、まだ弱々しい。だらりと下がった右腕は、まともに動きそうにもなかった。膝にも力は入り切らず、気を抜けばすぐにでも崩れ落ちそうだった。

 それでも、右手の指の動作を確認するように、紫雨は握って、開いてを繰り返していた。

「観念しなさい、神木紫雨。あなたの首を跳ねるのに、そう苦労はいらないのですよ」

「……ふん。跳ねなかったじゃないか……油断していたから」

 高橋の言葉を、紫雨は鼻で笑い飛ばした。まだ痛みで引きつる顔を、不敵な表情へと変えている。

「今度は遊びませんよ。強情がすぎるなら、結界の破壊を考えるまで。貴方がたを籠絡する方が無駄に疲れそうです」

 高橋の言葉が終わると同時に、巨躯を持つ髑髏の武者がその身を揺らす。その足音は、床を通して振動となり、紫雨たちの足にまで響いてきた。

「紫雨、下がれ。その場しのぎなら俺でも……」

 紫雨の前に出ようとした後藤は、表情を変えない……まだ諦めていない相貌を見て、その根拠に気付いた。

「どうしました、逃げる相談はもうお済みで?」

 巨躯の武者が、大きく刀を振りかぶった。それを見上げる紫雨は、

「使い手が使い手なら、使いっ走りも同じパターンで油断するんだな」

 折れているはずの右腕の指先を、強く握りしめた。

 闇がほどかれる。赤い熱波が一瞬にして、視界を塗りつぶす黒を巻き上げた。

 周囲の空気を吸い込む火炎は、巨躯の髑髏を一瞬にして包み込み、爆ぜる。

「遅いじゃないですか、飛八さん」

「周りもろくに見えないし、お前の「糸」をたどるしかなかったんだぞ」

 若干息が上がっている。巳影は腕に宿った火柱をそのままに、紫雨の「糸」を握りしめながら、暗がりの中から現れた。

「でも、そんな腕でよく案内してくれたよ」

「飛八巳影、ですか……おやおや」

 消し炭となった巨躯の武者を前に、姿を見せた巳影に肩をすくめる。

「俺の乱入に驚かないんだな」

 紫雨の隣に立ち、巳影は改めて構えを取る。

「まあ、気配は感じ取っていましたので」

 笑みを絶やさない高橋は、裾から札を取り出した。今までのものとは違い、その札の色はくすんだ黄色の生地を持っていた。

「助けに入ってくれたことには礼を言う。だがこれ以上の交戦は避けて脱出したい」

 巳影はぼそりと呟いた後藤に、視線だけを向けた。

「師匠、僕ならまだ戦え……」

「この場の情報が少なすぎる上に、得体のしれない者も控えている。お前が思ってるほど、俺たちは優勢じゃねえ」

 それに、と後藤は膝から崩れ落ちる寸前だった紫雨の体を、倒れる手前で抱えた。

「う……」

「今のお前も、俺も、戦力にはならねえ。逃げるのが先だ」

 紫雨は顔を伏せたまま、何も言い返さなかった。

「逃げるつもりでしょうが、素直に逃がすとでも」

 高橋は黄色地の札を手に持ち、吐息を吹きかける。

「これ以上チョロチョロされては目障りすぎます。この場であなたたちを消しにかかりましょう」

 高橋の側にいた髑髏の死霊の姿がかすみ、体を灰と変えていく。その灰は渦を巻いて、高橋の持つ黄色地の札へと吸い込まれていった。

「ご覧あれ。『演目・二人羽織』」

 高橋は黄色地の札を強く握った。札は破裂したような音を立て、高橋の両腕に吸い込んでいた灰をまとわりつかせた。それは高橋の法衣を上から押さえつけ、密着、凝縮していく。

「この気配……あいつは、自分自身に死霊を憑依させているのか?」

 後藤の目が険しいものになる。

 高橋の両腕に張り付く灰は、まるで磨き抜かれた黒曜石のような表面を作り、手首を覆い、肘をカバーし、肩の部分までを包む、簡易的な「鎧」となった。

「今度は暴走させませんよ。前回は『龍の髭』を解除するための一芝居。完全制御化での『二人羽織』をご披露しましょう」

 高橋が床を蹴ったのと、巳影が構え、両腕を交差させたのは同時だった。いつの間にか高橋の手に握られていた刀は、巳影のガードで阻まれる。しかし。

「……っぐ!?」

 高橋の突進した力までは抑えきれず、巳影の腕は真上へと弾かれた。がら空きになった腹部を拐うように、高橋の手が突き出される。

 巳影は上へと流された力に逆らわず、自らも上へと地面を蹴って飛び上がった。瞬時に腕を更に上に流し、腰を反らせて床へと着地する。飛び上がった足は高橋の伸ばした腕を蹴り、高橋にたたらを踏ませた。体を回転させて離れた巳影は、苦い顔を作って再び構えを取る。

「くそ、パワーが前よりも上がってる……!」

「それはそうです。前回の戦いで、あなた達を殺してしまっては意味がなかったのですからね。手加減は苦手ですから、苦労しましたよ」

 右手に刀を、左手は徒手空拳で、高橋は独自の構えを取った。それはどの武道のセオリーにも当てはまらない、奇妙な格好に見えた。しかし、それ故か。

(どう攻める……まるで相手の行動が読めない)

 不気味さを持つ高橋の構えに、巳影は慎重にならざるを得なかった。

 それを後ろから見ていた後藤は、腕の中でぐったりとして動けない紫雨をしばし見つめたあと、巳影の背を見て口を開いた。

「……飛八といったな。少し時間を稼げるか」

「え……」

「こいつを抱えたまま、これほどの敵から逃げるのは難しい。まずはこいつを……紫雨を『回復』させる」

「で、できるんですか、そんなことが……」

 巳影は目の前の高橋から目は逸らせないままだった。

「まあ走れるぐらいには、なる。そうなったら、急いでここから脱出しろ」

 後藤がそう言うと、後藤の体から薄く白い光が放たれ始めた。まるで純白の羽毛のような光に、紫雨が包まれていく。

「……せっかく敵地まで乗り込んだのに、撤退戦か」

 愚痴ったものの、後藤の言う通り、今は不安定な要素ばかりが揃っている。まともに戦って勝てる、という見込みがあるわけでもない。

 巳影は両手を強く握り、間合いを詰めつつある高橋へと警戒の念を向けた。


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