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04:赤い記憶

「では、二年前の四号のロストにはあの小僧……飛八巳影なる人間が関わっていると?」

 ぱちり、と篝火の薪が割れて火花が飛んだ。境内の一角、本堂から離れた砂利の敷かれた広場にて、一人の少年がうす笑を浮かべて言う。夜風が凪いで、艶のある赤銅色の長髪がふわりと流れた。

「おそらく」

 そう返したのは、黒い法衣を着た青年だった。手にした扇子を広げ、そこへふぅ、と吐息を吹きかけた。

「昼間の、柊切子が制作した『オートマタ』との一合……私は妙に思いました」

 白い扇子には、ぼんやりとした光が宿り、砕ける地蔵と思しき破片と、砕いたであろう小さな拳が映り込んでいる。

「この一撃。かすかに……『星撃(ほしうち)』の力を感じたような、気がしました」

「ずいぶん曖昧な雑感だな」

 広場の隅。腕を組んで立っている少年がつまらなそうに言った。それに法衣を着た青年はクスクスと笑い、

「おそらく、と頭につけたじゃないですか。だから桐谷さん、あなたの意見がほしいのです」

 扇子を閉じると、光は淡い粒子になってふわりと夜空を舞い、溶けるように消えていく。

「この少年の動き。『オートマタ』の不意打ちのような初撃を交わし、一撃で破壊した威力の拳。これらの動きは……どう見えました?」

「……くだらん」

 そう言って少年、桐谷は踵を返し、篝火の照らす空間から出ようとした時、その背中に声がかかる。

「まあ待て桐谷。たまには高橋の児戯にも付き合ってやれ」

「……」

 赤銅色の髪をした少年の言葉に、桐谷は小さく舌打ちして場に戻った。法衣の青年、高橋は満面の笑みを浮かべていた。

「俺からも聞きたいところだったんだ。『地蓮流(じれんりゅう)』……お前の闘技に似ていると、俺にもそう見えるんでな」

「……。稚拙、未熟。キレもなければ踏み込みも甘く、体重移動もなってない。こんな奴と俺の動きは、そんなに似ているか、天宮」

 そう言って、桐谷は肩幅に足を開き、軽く腕を下ろした。それに「天宮」と呼ばれた赤銅色の少年は「ムキになるな」と肩をすくめ笑う。

「それに……『星撃(ほしうち)』の力? じゃあ何か、この小僧が、当の四号を仕留めたというのか?」

 苛立ちを強い語気に混ぜ、桐谷は高橋へと向き直った。

「そうでもしないと説明がつかない、と僕は思っています。()()()()()()()()()()。そして彼は四号を仕向けた「あかね団地」で、生き残った数少ない人間ですからね」

「……四号のロストは、オーバースペックによる自滅、ではないと?」

「普通ならそう考えるし、報告書もそれで通っている。でも昼間のこの動き……どうにも結びついて仕方ないんですよ。だってこんな偶然、ありますか?」

 いつの間にか、高橋の顔から笑みが消えていた。

「もう少し、この少年を調べてみる必要があると僕は思います」

 扇子を懐にしまい込み、高橋は真顔のまま天宮へと告げた。

「いずれ、『茨の会』にとっても大きな邪魔になるかと」

「勘、か?」

 髪を撫でる天宮は短く返し、それに高橋は無言のまま頷いた。

「なるほど……高橋、お前の勘はよく当たるからな。ならば任せる。そして桐谷、手伝ってやってくれ」

「俺も……か?」

 桐谷の不満に満ちた声を聞いて、天宮は高く笑う。

「心底嫌そうだな」

「性根の腐った奴は嫌いでね」

「そう言うな。これも我らが『()()()』の復興のためだ。それに……()()()()()()()、殺せんからな」


□□□


 火の手が上がり、蔓延していく中、悲鳴が弾けた。

 ひどくいびつな影が、大気を揺らす熱の中を歩いてくる。左手だけが、妙に長い。その腕は、浴びたような鮮血で染まり、濡れていた。

 更に悲鳴が重なり合い、断末魔の声が四方から破裂するように飛び散った。

 誰も事態を把握できていない、混乱の真っ只中で、長い腕による「行為」は続いた。


「二年前の……大量殺人放火事件。通称「あかね団地事件」で、犯人は行方不明とされていますが」

 湯呑みの中に映った自分の顔を見ながら、巳影はつぶやいた。

「ご存知の通り、とっくに警察による捜査は打ち切られました。団地は五棟の内三棟が全焼。確認できた死者は十四名、便宜上の行方不明者二十一名。ほか多数」

 巳影は小さく息を落とした。

「そのことを……その「化け物」のことを、警察には?」

 柊切子の言葉に、巳影は小さく首を横に降っただけだった。

「分からないことだらけですが、あの「化け物」も最後は燃えて、消えました。でもその……人間じゃなくなった腕には、プレートのようなものが打ち付けられていたんです。『茨の会』と記された……まるで製造ナンバーのようなものが」

 気がつけば、かすかに呼吸が乱れていた。喉が異様に乾いている。もうぬるくなったお茶を、ぐいっと喉の奥に押し込む。

「お茶、淹れなおそっか。それよりも、冷たいものがいいかな?」

「……お気遣いすみません。では、お茶を」

 美味しかったので、と告げると、柊切子は小さく笑って頷いた。

「製造ナンバー、か……。他にヒントになるようなもんは、あった?」

 柊切子が別室でお湯を沸かしている間、湯呑みを空にした相澤ししろが尋ねる。

「……初めてできた、友達でした」

 爪が白くなるまで、湯呑みを強く掴んだ。

「その日も、遊ぶ約束をしていて……でも隣町で用事を済ませてから向かう、と夕方に待ち合わせをして、団地の前で待っていました」

 しかし、現れたのは……。

 か細い声で吐き出すように言い、うつむいてしまった巳影の表情を、伺うことはできない。

「……その隣町っていうのが……ここ、土萩町か」

 うつむいたままで、巳影は頷いた。

「真実を知りたいんです。何故ああなったのか、何故あんなことが起こったのか……何故、死ななければならなかったのか」

 牙が剥かれる。飢えて獲物を切り裂きたい、身が焼けるような熱がこもる。

「そして……討てるのならば、仇を取りたい」

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