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38:パワープレイ+α

 『地獄門』を発動させて殴っても、結界の壁は多少揺れる程度で、ひびの一つも入らなかった。

「発火能力か……小僧、面白い特技を持っているな」

 悠々と構えている後藤の側で、しゃがみ込み、膝をつく紫雨の息は浅く、早いものになっていた。顔色は血の気をなくし、砂利道の地面に今にも倒れ込みそうだ。

「くそ、早くしないと……!」

 だが、どう殴っても変化はない。決して分厚い壁というわけではない。声が通り、叩けば揺れる。巳影は急く自分へと言い聞かせた。

(焦るな。集中しろ、考えろ、推察しろ)

 改めて壁に触れてみる。そこには鉄のような硬さはない。強く殴れば揺れを起こす。それが返って衝撃を吸収しているようにも思える。おそらく、重くはないのだろう。

 四方を囲む結界の壁の高さは五メートルほどで、均一な長さと高さで出来た立方体だ。

(角を潰すか……いや、あまり変わらないし意味もない)

 だらだらと吹き出す汗が額から吹き出し、顎の先で雫となって砂利道を濡らす。結界の中の紫雨は喉を押さえ、苦しそうに両目を閉じている。両膝は完全に折れ、砂利道の上に膝小僧を落としていた。砂利道に尖った石でもあったのか、紫雨の膝には砂埃と若干の傷が張り付いていた。

(く、くそ……! もうかなり酸素は薄くなってる……! これじゃあ『地獄門』の力で穴を開けられたといても、急激に上がる酸素濃度に引火して「バックドラフト現象」が起こってしまう!)

 そうなれば、中にいる紫雨は火炎の大爆発に巻き込まれて、無事ではすまない。

「どうした小僧。あと二分もないぞ」

 淡々とした声で後藤が言う。巳影は舌打ちして後藤を睨みつけた。

「自分の弟子を苦しめて、どうしようってんですか!」

「未熟なまま高橋京極らに挑めば、もっと最悪な終わり方になっているだろう。なら……」

 もう地面に伏してしまった紫雨の首根っこを掴み上げ、後藤は温度を感じさせない声でいった。

「そうなる前に楽に終わらせてやるのも、師匠としての優しさだろう」

 ぐったりとして動かない紫雨の体を、足元に落とした。砂利が音を立て、意識を呆然とさせている紫雨を受け止める。その音は、あまりにも軽いものだった。

「……あ、あなたは……!」

 倒れた紫雨を見て、カッとなる勢いが腹の中でから吹き出しそうになった。

 その時。

「……」

 ビタリ、と結界の壁に手のひらを貼り付け、内部を覗くように額も貼り付けた。そして、倒れた紫雨の体をよく見つめる。

 紫雨の小さな身体は何度も砂利にこすられ、膝や肘などに軽い擦り傷を作っていた。

「……おかしい」

 つぶやいた後、おかしいのは自分であることが理解出来た。おかしいと思ったのは、()()()()()()()()()()()

「紫雨! しっかりしろ紫雨!」

 壁を叩き、紫雨へと呼びかける。その声が届いたのか、わずかに動いた紫雨の手が、砂利を掴み、腕を支えになんとかといった様子で身を起こす。

「できるだけ俺の前から離れるんだ!」

 紫雨は朦朧とした意識の中で、巳影の声を聞いているのか。返事をすることなく、体をひきずって体を結界の端へと移動させていく。

「よし……」

 火に満ちた両手に呼びかける。更に熱く、更に強く。膨れ上がるマグマを連想し、腕に流れるすべての血管を沸騰させ、出力を底上げする。

『どうする気だ、飛八巳影』

 地響きが頭の中で鳴り、獣が首を面倒くさそうにもたげた。

『私の力を第二門まで開放しても、あの結界は破れない』

「結界を撃つんじゃないよ、ベタニア」

 体から腕にかけて吹き出し、暴れようとする力を、なんとか精神力だけでねじ伏せていく。

「使うのは『黒点砲』じゃない。第二門の単純火力で……()()を穿つ」

 頭の中の獣は、巳影が見据える視線の先を見た。その後つまらなそうに鼻息を鳴らし、獣は力だけを残して気配を消した。

「どうした小僧。力をためて、強行突破でもしようと?」

 後藤は白けた顔で言う。

「強行突破といえば、そうかもしれませんね」

 暴れまわる力の流れが、腕の中で循環し始めた。その熱の循環が、腕に宿る炎の質を高めた。温度は上がり、吹き上がる火柱は高く、揺れる防風林の高さにまで届きそうになっていた。

 巳影は数歩下がると右拳を固く握りしめた。見据える先は後藤、ではなくその後ろに下がった紫雨、でもなく。

 もっと手前。結界の壁が張られた砂利道だった。

「地蓮流杯手刀(はいしゅとう)『糸跳ね落とし』!」

 地面に踏み込んだ巳影は、右手で作った手刀を、張られた結界の手前の砂利道へと、滑り込ませた。熱を帯びた手刀は、砂利程度の石粒を溶かし、切り裂いて、小さな「くぼみ」を掘った。

 わずかに。視界の端に写っていた後藤がほくそ笑んだように見えた。だが、巳影にはそれを確認する暇はない。まだ熱気で蒸気を上げるくぼみの前にしゃがみ込むと、両足を踏ん張り、奥歯を噛み締めた。

 力を入れる。砂利道を穿ったくぼみの上には、結界の壁が縁を見せていた。

 巳影は力の限り、四方を囲む結界の壁を、下から上へと持ち上げた。

「この……ぉぉぉ!」

 ず……と、重い音を立てて、壁が浮かぶ。巳影の踏ん張る声は、砂利道を踏みしめる足腰に力を引き出し、腕に宿る火柱は腕力を生む熱になり、吐き出した裂帛の声は、とうとう結界を押し上げた。

 結界はひっくり返り、壁が取り払われた砂利道へと、空気が暴風のように入り込んだ。

「はぁ! はぁ!」

 肺は破裂寸前だった。腕からはすでに炎は消え、膝が笑って立っていられなくなった。巳影は尻もちを着き、そのまま砂利道の上に背中から倒れ込んだ。

「結界をまさか、下から()()()()()ひっくり返すとはな」

 言う後藤の声には、さして驚いている様子もなかった。巳影はぜーはーと息を荒くしながら、

「……立方体だと、勝手に勘違いしていた」

 正確に言うのであれば、「六面体」だと巳影は思い込んでいた。

「真四角の箱にでも囲まれてるんだと……でも」

 息は整えられない。言葉を詰まらせながら、巳影はなんとか上半身だけを起こした。

「それで地面に触れて、汚れたり擦りむいてたりってのは……おかしい」

 後藤はニタニタと露骨に笑い始めた。

「だから底辺部分のない、いわゆる「コの字型」なんじゃ、って思った。上から被せるようにして、結界を張っているんだと。じゃないと、ひっくり返えせるだなんて、思わない」

 視界が掠れ、薄れていく。その中で、紫雨の華奢な体が立ち上がる様子が見えた。肩で息をしているが、どうやら命に別状はないようだ。

「はは、正解だ。わずかな時間でよく気づいたもんだな」

 後藤はぞんざいな拍手を送り、心底楽しそうな顔をしていた。

「……あなた、性悪って言われるでしょ……」

 そうつぶやいて、巳影は眠りに落ちるように、背中を砂利道に投げ出す。力を使い果たした体は、意識を深いところへとしまい込んだ。

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