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36:再会

  祠の中には、幾重にも重ねられた魔法陣のような紋様の中に、位牌に似たものが立っていた。内部は埃だらけで、かび臭く、戸を開いただけで屋根がきしむ音を立てた。

 紫雨はその前にしゃがみ込むと、何枚もの御札に赤い墨や黒い墨で様々な図形を書き、それらを破魔矢に通して火をくべる。

 火は不思議と高く燃えることはなく、木製の祠には届かない。その後御札に図形を書いては破魔矢に、時には数枚重ねて燃やし、を繰り返していた。時折図形を書く御札への確認や意見を切子に尋ねたり、ししろはまた祝詞のようなものを火の前で唱えたりと、素人目には何がどんな意味をなすのかわからない作業が続いていく。

 そんな作業が続いて一時間ほど。御札に筆を走らせようとした紫雨の手が、ピタリと止まった。

「……何だ、これ」

 紫雨はしゃがみ込み、中に顔を突っ込んでみる。

「この円陣……」

 位牌の周りに広がる紋様を指でなぞり、眉間のシワを深くした。

「離れてください、トラップかもしれません」

 紫雨の低い声が、場に緊張感を走らせた。いまいち飲み込めていない巳影を除いて。

「トラップって……何?」

「……誰かが、細工をした後があるんですよ」

 紫雨は祠から顔を引き抜き、簡単に図形を御札へと記す。何枚かの御札をメモ代わりに紋様の解説をしてくれたが、やはり専門的な言葉や形式が多く、巳影には今ひとつ伝わっていなかった。

「で、そのトラップって……何が仕込まれてるんだ?」

「そこまではわかりません。ただ、何者かが……相当な知識と腕を持った誰かが、完成していた結界に手を加えたことは確かです」

 紫雨は唇に手を当て、しばし押し黙ってしまう。その横では切子がしゃがみ込み、祠の中を覗いていたが、苦い顔をするだけに終わった。

「手を加えたって、何が目的で……?」

「それを今考えているんですよ」

 紫雨は振り返らず、若干苛立った口調で続けた。

「結界の強化はある程度の壁を「ほどいて」いかないと、再構成や強化は難しいんです。今は半分ほど元あった結界を解体しましたが……その途中で出てくるなんて、普通はありえない」

 破魔矢を取り出し、祠の床に刻まれた紋様へと先端を向ける。破魔矢には朱の墨が塗られ、その滴が紋様の上に落ちると、途端焦げ臭い悪臭と黒い煙が吹き出した。

「うわ、なんや!?」

 煙はどんどんと大きく膨らみ、祠から飛び出て立ち上っていく。

「か、火事か!?」

「出どころが墨の火災がありますか! トラップが発動したんですよ!」

 立ち上り、広がっていく煙はあっという間に周囲を黒く包んでしまった。巳影は側にいたはずの三人を見失ってしまう。口元をおさえ、反射的にしゃがみ込む。

「ごほっ! き、切子さん、ししろさん!」

 煙の向こうから、何やら声がする。だがそれは明瞭なものではなく、分厚い風にでも阻まれたかのように、ぼやけて遠くに聞こえた。

「く、くそ……とんだ凡ミスを、この僕が」

「その声……紫雨くんか」

「気持ち悪い呼び方しないでください。神木でいいです」

 もはや煙幕と化した壁から這い出るように、しゃがんで歩く紫雨の姿が見えた。

「切子さんとししろさんは……」

 周りを見渡そうとするものの、黒い煙の中は見通すことが出来ない。「右目」を使おうか……と迷っている間に、煙の濃度が徐々に薄れていく。充満していた悪臭も、次第に薄れていき、頭上には夕暮れの空が見えてきた。

「これ、煙で消防署に通報されてたりしない?」

「張られている結界は、人の意識に入らないように作られた結界ですから、注意を引くようなことはないはずですが……」

 やっと隣にいる紫雨の顔が見えるようになってきた。紫雨も目尻に涙を溜め込み、喉を抑えていた。

「とにかく、現状を把握して……」

 じゃり。

 歩き出そうとした紫雨の足元で、小石がこすれ合う音がした。その音に、巳影は背筋に冷たいものを感じ、顔をこわばらせる。

 煙が晴れていった。その先には砂利道が続いている。前も、後ろも、長く長く伸びる砂利道が、深い闇の中に続いている。

「……か……『帰らず小道』!?」

 あまりにも見覚えのある悪寒、怖気が体を固く縛り付けた。空は薄暗く、日暮れの色は遠い。左右に伸びる防風林は高く、その外を伺うことは出来ない。

「どういうこと!? 俺たちはさっきまで……!」

「パニックになりたいのはコッチの方ですよ!」

 混乱する巳影に声を荒らげた紫雨は、周囲を鋭い目で見渡し、舌打ちした。

「紛れもない、本物の『帰らず小道』……何故だ、この道にはどうやっても繋がらないはずなのに……!」

 じゃり……と。遠くの闇から砂利を踏む音が近づいてきた。反射的に巳影は紫雨の前に出て、迎撃の構えを取る。

「俺がつなげた。つながるよう、仕掛けを残していたんだ」

「え……」

 後ろから聞こえた紫雨の声は、完全に意表を突かれた者の声だった。

「う、嘘だ……」

「嘘なものか。何しろこの結界は俺が張ったもの」

 砂利道の奥から近づく影が、次第に見えてくる。

 男だった。背は高く、肩幅も広い、屈強な体を持った一人の黒髪の男が、悠然と歩いてくる。

「それにしても、何だそのビビりようは。そんな情けない弟子を持った覚えはないぞ」

 底意地の悪そうな笑みを口元に浮かべる。年齢は三十過ぎほどの大人であった。

「……し、しょう……」

 かすれた声で、蚊のなくような声で、紫雨が唇を動かす。呼吸が乱れていた。肩越しに振り返ると、紫雨は青白い顔をして、怯えているような表情を作っていた。

「師匠……この人が、君の?」

「あ、ありえるもんか……だって、師匠は……」

 ガチガチと音がなる奥歯を噛みしめると、紫雨は強く手を握りしめた。

「去年の()()()()……僕の目の前で、死んだんだ……」

「……!」

 男が紫雨の声に、不敵な笑みを浮かべて頷いた。

「ああ。お前をかばってなぁ……紫雨」

 足を止め、男は感慨深そうに言った。その視線は、紫雨の前に立ち、拳を構える巳影へと向けられた。

「要するに、お化けってことか……正体がわかれば対処できるな」

 巳影は懐から取り出したバンテージを巻いて、固く握り拳を作った。

「……誰だお前は」

 男は笑みを浮かべたまま言う。

「誰だっていいだろう。今すぐこの子の前から失せろ。殴られたくなければ」

 紫雨を背にして、肩幅に足を開いた。踏ん張る体勢はすでに出来ており、巳影は今にも飛びかかろうとする熱を放っている。背筋に走る悪寒を、巳影は闘志でねじ伏せていた。

「ひ……飛八、さん……」

 いつものように気丈であろうとしたのだろう。だが、震える肩にすくんだ足に、怯えている紫雨を背にして、巳影はただただ腹立たしい気持ちを、目の前の男に覚えていた。

「俺を殴るつもりか? 紫雨を守ろうと?……っはっははは!」

 男は前髪を乱暴にかきあげ、愉快そうな笑い声を上げた。

「いいだろう。その勇敢さに敬意を評して、お前にも少し稽古をつけてやる」

 男の笑みが、不遜なものに変わった。

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