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35:結界術師の帰還

「遅いと思っとったら……なんやあんたら、ケンカしてたんか」

 ししろが呆れた声を出す。

 オカルト研の部室に紫雨を連れて来た巳影は、事情を説明した。その間、隣りに立つ紫雨はツン、とそっぽを向いてつまらなそうに口をとがらせていた。

「さっき神木先生から連絡あったから、来るんは知っとったけど……ケンカっぱやいところは変わらんなぁ、紫雨」

「……どーも」

 紫雨はちらりとししろを見やったあと、またそっぽを向いた。

「顔見知り、なんですか?」

「狭い町やからな。子供ら同士で遊ぶ時は、いつも決まった面々になるんや」

「世間話をするために来たわけじゃありません」

 ごほん、とわざとらしい咳払いでししろの話の腰を折ると、部室を見渡してつぶやく。

「……部室にも簡易的な結界が張られていますね。作ったのは、柊さんですか」

 その柊切子はちゃぶ台の上に突っ伏し、静かな寝息を立てていた。周りには、書き散らした図面や数式がみっしりと並ぶノートや紙切れなどが散乱している。どうやらオーバーヒート後、そのまま寝入ってしまったらしい。

 紫雨は手近に落ちていた紙を拾い上げると、そこに書かれていた図面と数式らを一瞥してから嘆息をついた。

「起きてください、柊さん」

「……んん」

 紫雨の声に、切子はゆっくりと頭を上げた。寝ぼけ眼を擦ると、目の前にいる少年紫雨に気がついた。

「あらぁ紫雨ちゃん、もう着いたんだ」

「ち、ちゃん付けはやめてくださいと、昔から言っているでしょう」

 苦い顔をする紫雨だったが、横からそのやり取りを見ていると、まんざらでもないというような雰囲気を感じた。

「それに、少しは片付けてはどうですか? 人が来るのが分かっていたというのなら、やるべきことがあるでしょう」

「う、それは……ごめん」

「ズボラなところは、おかわりないようですね」

「紫雨ちゃんも辛辣なところ変わってないなあ……」

 苦笑し、切子は立ち上がると、紫雨が手にする紙に目をやった。

「実は今、封印強化を考えてたんだけど……」

「そのようですね。まあ雑で間の抜けた図面ですが、あなたなりに善処した、といのはわかりました。ですが」

 言うと紫雨は上着のポケットからペンを取り出し、赤いインクで紙に何やら書き込んでいく。

「点数をつけるなら、40点ですね」

 真っ赤に染まった紙には、大きなバツ印と正解と思われるであろう図形や数式が、これでもかと言うほど書き込まれていた。それを突っ返された切子は受け取ると「精進します……」と肩を落とす。

「おおよその事情は、僕も兄から聞かされています。『独立執行印』を守る結界を強化しようとするのなら、それに協力するように、と言われて来ましたから。……あの高橋京極が動いているというのならば、早いに越したことはないでしょう」

「え、君がやれるの? 結界の強化ってことは……結界術を?」

 後ろでやり取りを呆然と見ていた巳影は、間の抜けた顔で言う。

「紫雨ちゃんは、結界術のスペシャリストだよ。この町ならトップクラスさ」

 切子は真っ赤な答案用紙(?)から顔を上げ、少し誇らしげに微笑んだ。それにまたしても、わざとらしい咳払いで追いやろうとすると、紫雨は声を整え言う。

「結界の強化でしょう、出れるなら今すぐにでも行きますよ」

 若干、紫雨の頬が赤い。眉を寄せ、迷惑顔を作っているものの、それを見る切子は穏やかな笑みで「そうだね、準備しようか」と応えた。



 なにの文字も書かれていない白紙の御札が百枚近く。そして破魔矢が五十本近く。

「何をちんたら歩いているんですか、夜になりますよ」

「……さっきまで君とドンパチしてたから、体力も気力もないんだよ……」

 それらを一つのリュックに詰めて、背負い歩く巳影を後ろに、紫雨が檄を飛ばす。

「それに結構な重さだし……。あとどれぐらい歩くんだ?」

「学校からそれほど離れてませんよ。十キロぐらいでしょうに、まだ半分も歩いてないのに、情けないですね」

「……実は根に持ってるだろう、君」

 紫雨の隣を歩く切子は、ヨタヨタと歩く巳影を心配そうに見ている。

「やっぱり半分持つよ。体力なら私もあるからさ」

「駄目です柊さん。あなたには着いたら手伝ってもらわなければいけません。道中でつまらない疲れを覚えてもらっては困ります」

「……ならウチが持ってもええやろうに」

 ボソリというのは、切子の隣を歩くししろだった。だがそれにも紫雨は首を横に振る。

「相澤さんにはチェックしてもらう項目もあります。お二人共、目的地まで無駄な消耗をしてほしくありません。結果精度が狂ってしまえば、元も子もない」

 そういう紫雨は、現れた時と同じように大型のキャリーケースを引いている。それを後ろからでも見ていると、これ以上愚痴を吐く気にもなれず、巳影は仕方ないと踏ん張ることにした。消耗しているのは、紫雨も同じはずである。

 空は夕暮れの色を深く濃くしていた。歩く道並は商店街を超え、駅を超え、民家も少ない寂しい歩道へと続いていた。

 時折立っている街頭のいくつかは、電気が切れていた。もう夜が近いからか、歩道は薄暗い。

「それにしても……妙な因縁だな」

 ボソリと巳影がこぼす。

「……『帰らず小道』か」

 追っていた『茨の会』メンバー、高橋京極と初めて戦った場所でもあった。思い出すと同時に、異様で独特の雰囲気を持ったあの場所を思い出す。

 前後の見通しがわからなくなるほど、長く伸びた砂利道。そこはかつて「罪人の処刑」に使われていたものだと言う。まるで京都にある鴨川のようである。

 ふと前を見ると、三人の背中はかなり小さくなっていた。巳影は疲れている体に気合いを入れ、歩幅を広くし力の限り急いで歩いていった。



「おまたせ……ふぅ」

 追いついた頃には、道は袋小路になっており、行き止まりの手前で三人は止まって待っていた。

「というか、着きましたよ」

「……え、ここ?」

 周囲を見回すが、単なる行き止まりであり、左右には申し訳程度の柵と、その奥に広がるのは、手の入っていない雑木林であった。地面は一応コンクリートで舗装されているものの、所々がひび割れており、砂と土の色をにじませている。

「砂利道は……」

「それは『帰らず小道』の「中」ですよ。そこに入らないよう、人除けの結界が張られています。これにね」

 紫雨が自分の背中を顎でさす。巳影はキョトンとしたまま、紫雨の後ろを覗き込んだ。

「……祠?」

 そこには、木箱で作られたミニチュアサイズの神社の本殿に似たものが置かれていた。それもずいぶんとくたびれ、雨風にもさらされ、薄暗い路地の中では目立たないものであった。

「あまりウロウロしないでください。『帰らず小道』に紛れ込んでしまいますよ」

 紫雨はそう言うと、巳影のリュックから御札と破魔矢を鷲掴みにして取り出した。

「それでは、結界強化を始めますか」

 御札の一枚を握り、得意げな笑みを口の端に乗せて、紫雨は祠の前にしゃがみこんだ。

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