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32:かけがえのない戦利品

天宮(あまみや)一式(いっしき)……」

 市民病院の一室、ベッドに半身を起こした神木は、あの晩現れた少年のことを巳影、切子、ししろへと話した。

「聞き覚えは、なさそうだね」

「一体、何者なんですか」

 巳影の眉間には、深いシワが作られていた。巳影の言葉に、神木は力なく首を横に振る。

「背格好や外見からは、君らとそう変わらない年頃の少年に見えた。まるで陰陽師のような格好をしていたのも、わざとらしすぎる特徴だね」

「つまりは、そいつがこの町でよからんことしとる筆頭ってことやな」

 腕を組み、唸るししろ。

「しかし封印を……『独立執行印』を解こうだなんて、なんだってそんな危険なことを」

 ぼそりとつぶやいた切子の言葉に、神木は「どうだか」とため息をつく。

「でも。愉快犯や無目的に動いているようには見えなかった。彼らの言っていた「計画」という言葉も引っかかる」

 神木の言葉を最後に、誰もが黙り込んでしまった。その間に生まれた沈黙に、廊下から聞こえる声が病室に入り込んできた。


「昨晩から胸が苦しくて……」

「朝急にこの子が高い熱を出したんです。あの、先生はまだ……」

「あ、頭が痛いんだ……頭痛薬を処方してくれ。仕事が……」

「保険証は持ってきています、診察を……」


 廊下には、待合室からあふれ、廊下で椅子に座り、看護師から問診を受けている患者たちが列を作っていた。苦しみを訴える声が折り重なり、喧騒となり、病院全体に重たく息苦しい空気を作っていた。


「……患者さん、妙に多いですね……」

 廊下から聞こえる声に、巳影は苦い顔をする。

「……『竜宮真鏡』が……序列第七位の『独立執行印』が封じていたものは「病」そのもの。それが解き放たれたんだ……。いずれはこんなものじゃなくなるだろうね」

「え、でも……あの「疫鬼」という鬼ならすでに……」

 巳影の言葉に、神木はやはり力なく、首を横に振った。

「君らが消滅させたものは、「土萩村における病の象徴」のようなものだ。アバターとでも言えばいいかな。表立ったものが消えただけで、『独立執行印』で抑えていた概念が消えたわけじゃない」

 お陰で僕もこのざまだ、と神木は苦笑してみせた。

「僕は発熱と栄養失調ですんでるけど……町全体が「病」に弱くなっているんだ。君たちも健康管理を今まで以上に厳しく、徹底してほしい。……できるのはその程度、だろう」

 肩を落として言う神木の顔色は青白い。回復するまで数日はかかるとのことだった。

 神木自身の面会時間が終わり、巳影たちは病室を後にした。帰り際に歩いた廊下には、しゃがみ込む人や簡易ベッドの上でぐったりと横たわる人などが溢れかえっており、さながら野戦病院を彷彿とさせる光景だった。

 病院の敷地を出て、手前のバス停に並ぶまで、三人は自分から口を開こうとはしなかった。

「……空、濁っとるな」

 ししろがぽつりとつぶやく。見上げると、まだ午前中だというにもかかわらず、空は暗く灰色で、曇り空が広がっていた。それも、どこか埃で汚れているような色をしている。

「ウチはこれから帆夏のところ行くつもりやけど……どうする」

「帆夏は……民間の病院でしたね」

 あの戦闘の後、ぐったりとした帆夏を近くの民間病院へ担ぎ込んだ。町外れにある、いわゆる「訳あり」で「話のはやい」病院らしかった。

「俺も行きます。……このまま学校行っても、授業には集中できなさそうなんで」

「私も付き合うよ。理由は……巳影くんと同じ」

 バスは、数分後に来た。普段は気にならない排気ガスの臭いが、やけに尖って喉に刺さったように感じた。



 『萩ノ院診療所』。県境の山の麓にある、古い木造の病院だった。

「やあやあ諸君。お見舞いご苦労。お菓子は?」

 個室をあてがわれた帆夏は、ベッドから身を起こすと手をふって見せた。その両目には、瞼の上から包帯が重ねられている。

「もう痛みとかはないんか」

「大体バッチリだね。目が見えなくなった以外は」

 明るい口調で言い、ベッドの側に立った巳影を見上げた。

「だからって、巳影っちがそんな暗い顔をするのは違うぞよ」

 帆夏の調子は変わらない。出会ってから、変わることはない。

「まあ今までと生活が変わるわけじゃないからさ。前からほとんど見えてなかったのには、変わりないから」

 だから、と付け加えて、帆夏は巳影の額を指の先で弾いた。

「そんな顔すんな。君のことは見えなくても、わかるぞ」

「帆夏……」

 クスクスと笑う帆夏の笑顔に、巳影は喉まで昇ってきた言葉を飲み込むと、力強くうなずいた。

「むしろ、申し訳ないのはこちらの方だから。……君に、『竜宮真鏡』の力を移してしまった」

 帆夏の笑みに陰りがさした。そのまま帆夏は謝罪の言葉を口にしようとするが、

「最善の判断だった。あの場で全員が生き残るには、ああするのが正解だったと、俺は思う」

 はっきりとした声で、帆夏の言葉を遮った。帆夏はあっけにとられる。

「それに、この『竜宮真鏡』という力。これからの戦いで、必ずものにして見せる。きっと必要になってくるはずだ」

 巳影の右目に、薄っすらと雪の結晶のような輝きが浮かび、消えていく。

「だから、帆夏」

 巳影はそっと帆夏の頬に手を添え、むにっとその頬を引っ張った。

「帆夏は笑ってどっしり構えていてくれれば、それでいいんだ。笑ってな」

「ほに! ほにふぁふぃる!」

 ひとしきり帆夏の頬を伸ばしたり、引っ張ったりした後に額を指先で軽く突く。

「敵のメンツが分かったんだ。『茨の会』のな」

 頬をさすりながら、帆夏は小首をかしげた。

「だから、どんな力でも利用する。そうでもしないと、どうなるかもわからない相手みたいだからさ」

 巳影は太く、不敵な笑みを作ってみせた。

「ようやく、尻尾を掴んだんだ。だからこれからも、協力を頼みたい」

 巳影は帆夏を真正面から見つめた。それに帆夏は、頬をさすりながら、ニタリと笑みを浮かべる。

「むしろくっついていくから。今更仲間外れは私が許さないよ? くふふ」

 どちらともなく伸ばした右手で、迷いのない動きで、二人はハイタッチを交わした。


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