03:因縁
「おや、こちらでしたか」
本堂の中央、座禅を組む少年は、ちらりと視線を後方に向けただけで、すぐに前へと向き直り、目を閉じた。
広い本堂に光源はなく、暗闇の帳が降りている。その中を、迷いのない足音が床の上を進んでいく。
「どうかしましたか? どことなく、ナイーヴになっているように感じますが」
「……」
声に背を向け、座禅を組む少年は無言のままだった。
「やはり、昼間見た少年の……彼の動きが、気になっているのですね」
声の主が薄笑みを浮かべていることは、口調でわかった。
「確か……『地蓮流』でしたね、桐谷さん。あなたの流派は」
「うるさいぞ、高橋」
桐谷と呼ばれた少年は座禅を解き、立ち上がる。
「何をしに来た。用があるならさっさと言え」
闇の中でほくそ笑む気配がした。
「招集です。『茨の会』メンバーは、集まるように、と」
「……それだけをさっさと言えばいいものを」
苛立つ声をそのままに、暗闇の中、少年は踵を返し歩いていく。
「失礼失礼。僕、おしゃべりが好きなんですよね」
クスクスと笑う気配が闇の中から薄れていく。少年は忌々しげに目を尖らせ、吐き捨てた。
「苛つくホトトギスだぜ。せいぜい鳴いて、撃たれてしまえばいい」
□□□
「悪徳な霊媒師……?」
「そう。通称『ホトトギス』。おしゃべりで口がうまく、騙されちゃう人が多いんだ」
柊切子は湯呑みをすすりながら、憤慨した様子で言う。
「それは霊感商法みたいなものですか? ツボとか仏像を売りつけたり?」
「それだけやったら、かわいいもんやけどな」
柊切子の隣で同じく湯呑みを片手に持ち、ちゃぶ台に頬杖を突く相澤ししろが、不機嫌さを丸出しにして口をとがらせていた。
「厄介なんは、その『ホトトギス』が本物の実力者、ゆうところや」
実習棟の四階の一番奥にある準備室は、『オカルト研』の部室として扱われていた。通常の教室よりも一回り大きい作りで、中央には畳をしき、ちゃぶ台を起き、招かれた巳影は用意してもらった座布団の上で、他の二人と同じく湯呑みをすすっていた。出されたお茶は昆布茶で、塩味が効いていた。
「霊障による攻撃や呪術、悪霊のコントロール……ついにこの町、土萩町で最後の坊さんまで倒れてもうた。今この町の仏閣は全滅。お祓いができる専門家はゼロ。霊的にかなり不安定になっとる」
「まるでサイバーテロですね……。そんなことをして、一体何を企んでるんです?」
「サイバーテロの言葉を借りるなら、サーバーをすべてダウンさせることそのものが目的じゃないかな、って私達は踏んでるんだ。安全機能を潰したうえで、何か動こうとしている」
巳影の疑問に、柊切子は「憶測含む、だけど」と付け加え答えた。
「ウチらは簡単に言えば、民間の霊媒師のみたいなもんや。切子とウチと、専門分野は違うけど、今この町で心霊を相手にまともに動けるんは、ウチらだけや」
「そうだったんですか……」
さらりと説明されたが、実はかなり切迫した状況なのではないだろうか。
(やっぱりこの土萩町には……何かある)
「まあ、そんなわけで何かの足しにと『オートマタ』を作ってたところなんや。……地蔵で」
「お互いにわか知識しかない状態でやるものじゃなかったね。……地蔵で」
リテラシーが高いのか低いのか。
「それで、君のことを聞いてもいい?」
こちらを見る柊切子、相澤ししろは真剣な面持ちだった。二人の目を見て、巳影は頷く。
「俺は……春からこの町、土萩町に来ました。『茨の会』というものを探しに。ご存じないですか」
相澤ししろが視線を柊切子へとよこす。だが柊切子は小さく首を横に振った。
「それは……どういう組織や集団なのかな」
「まだ俺にも分からないことだらけですが……確実なことは一つ」
言葉を区切り、一拍置いて口を開いた。
「それは……『茨の会』は、俺の仇です」
かすかに、頭の中で獣が身を動かす気配がした。
「お二方は……二年前の『あかね団地事件』をご存知ですか」
巳影の言わんとするところが伝わったのか、二人の少女に緊張の気配が走った。
「俺は……『あかね団地事件』の、生き残りです」