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25:停滞楽園

 空気中の水分が、瞬時に蒸発していく。切子が手にしたナイフの刃には、火花のように弾け、大気を駆けて光る稲光が吸い寄せられるように集まっていた。

「っし!」

 鋭い呼吸とともに、右手のナイフを集合体に向けて投擲する。距離は五メートルほどあったが、切子の手から瞬いたナイフの光は、集合体に吸い込まれるように伸び、貫いた。

 まるでタイヤが破裂したような、鈍く太く、腹の底に響く音を立て、振動を後から呼ぶ。

 集合体が奇声のような悲鳴を上げた。その体躯の中央には、直径一メートルはあろうかという、大穴が空いていた。

 水気を消していく電流をまとったナイフは、集合体のはるか後ろにある木々を貫通して闇に消える。

「……電撃……!?」

 そう表現するしかない。巳影が思わず驚きの声を上げる。

 切子の手だけではなく、腕や肩、足に腰と、バチバチと空気中で弾ける電流が、まるで衣のように走り、光っていた。

「羅刹天……確か、仏教における鬼神たちの王……でしたか」

 高橋は扇子で口元を隠し、鋭い目つきで切子を見据える。切子はもう片方のナイフを右手に構え、再び短く呼吸を肺の奥底から、一息で発射した。

 切子の構えるナイフに、再び電流のほとばしりが宿った。

「なるほど……。体内の、細胞間を走る「活動電位」を放出できるまでに高めたものが、あなたの異常なスピードの正体、ですか」

 切子は何も答えない。ただ、靴底を地面から離さず、ジリジリと高橋との距離を縮めていた。

「それを羅刹天の加護で高め、ここまで昇華させたのですね。驚きの精密な努力です」

 扇子の中から、つり上がる高橋の口角が現れた。

「ですが。それだけで僕の作る集合体を倒せるとは……侮られたものです」

 高橋の扇子が閉じられると同時に、切子は滑るようにして後ろへと下がる。切子の鼻先に、黒く濁る風が、地面を削って吹き荒れた。地面の土を巻き上げる風は、粉へと散る石粒の一つも逃さず包み込み、真っ黒に染めた。

 集合体が再び怨嗟の声を上げる。中央に空いた空洞の内側から、無数の腕が伸び出した。

 それらは互いに腕と腕を絡め合うと、一つに溶けてあっという間に元の球体へ姿を戻してしまう。

「……」

 集合体の復元、再生を視界の端で捉えていた切子は、高橋から集合体へと構え直した。

「おや、動じませんね」

 高橋はつまらなそうに口をとがらせる。

 そのやり取りを離れた位置で見るしかない巳影は、もどかしさで苛立つ拳を手のひらに打ち付ける。

「し、ししろさん……これは援護したほうが……」

「大丈夫だよん」

 返ってきたのは後ろからの、呑気な声だった。

「け、けど……!」

「さっきも言ったじゃん。……切子ちゃんの『能力』は……あのビリビリパワーは、分かったからって()()()()()()()()()()()んだよ」

 クスクスと笑う帆夏は「ねー?」とししろに水を向けた。ししろは集合体を見据えながら、ぽんと巳影の肩に手を置く。

「帆夏の言う通りや。それに、言うたやろ。切子やないと集合体は処理できん。ここは見守ったれ」

「……ッ」

 巳影は拳を握りしめ、震わせ、そっと下ろした。

「おや、いいんですか? 多勢でも構いませんよ」

 こちらのやり取りを見ていたのか、高橋がうす笑みを浮かべながら視線をよこす。

「そんな安い挑発には乗らないよん」

 頭の後ろで手を組み、帆夏が「べー」と舌を出した。

「それよりも自分の心配しなよ。……あんたのかわいい丸い物体の解体ショーが始まるよ」

 漂っていた腐臭を貫く、空気を焼いた臭いと電流のほとばしりが、高橋や後ろに控えている巳影たちの元へも届いた。

 切子の背中からは、スタンガンを思わせる電気の奔流が溢れ出し、周囲の空間を稲光で満たしていた。

「っふ!」

 電流が体内を流れ、神経の伝達速度を加速させる。振り切った右のナイフは、集合体の球体を袈裟斬りに切り裂いた。

 悲鳴、絶叫を上げる集合体の切り傷からは、瞬時に無数の腕が生え、互いに結び合うと、溶け合って傷口を塞いでいく。だが、その傷の縫合が終わる寸前、もう一度稲光がきらめいた。

 二度目の袈裟斬りはさらに深く刃を切り込ませ、斜めに集合体を分断した。その刹那、断面から伸びる腕は互いに結びつく前に、もう一度落ちた雷により、焼き払われる。

 一閃。二閃。三閃。

 切り裂いた、切り裂かれた断面から伸びる黒い腕は、次から次へと流れてくる電流によって屠られ、ちぎられ、また深い斬撃を受けて断面を作る。

 集合体の脳天を、落雷が割る。地面にまで勢いと威力を及ぼした一撃は、完全に集合体を一刀両断していた。だが、その断面にもやはり、互いを結びつけ合う腕が生え……落雷は、地から天へと昇った。

「ほう……」

 高橋が閉じた扇子を手のひらに落とし、拍手の形をつくる。

「再生速度を上回る斬撃の連打でしたか……。しかしその程度では」

 すでにズタ袋と化していた集合体の球体からは、またしても縫合の腕が伸びて生え揃う。

 再生が始まり、四方八方と切りつけられた裂傷が、元通りの黒い表面を取り戻していく。

「……」

 切子は、構えていたナイフを下げた。手にしていたナイフの刃からは、電流の放電が消えていく。

「ははは。ギブアップですか? 愁傷なことで」

 高橋が高笑いし、その笑みがピタリと固まる。

 集合体の再生しかけていた斬り跡に火花が走り、裂けた。

「……は?」

 バチン……と、電気が弾け、電流のひらめきが、再び、三度と集合体の周りを駆け巡っていく。夜闇を裂く奔流は、上下左右、斜めにと集合体の周りを走り回り、再生する集合体の切り傷をえぐっていく。

「使えるのは、斬撃にだけじゃないよ」

 切子がひらりとナイフを右手の中で閃かせ、その先端に小さな光を作った。光はバチバチと帯電し、火花を激しく散らしていた。

「電気にとって最大の絶縁体は、空気。それを「どかせる」必要があっただけ、さ」

 集合体の四方に、落雷の塊が電流の縄を作り、電流の立方体を作り上げていた。

「今までの斬撃は……まさか」

「そう。空気を予断なく切り裂くための作業でしかない。……真空の空間を作るためのね」

 目を焼くほどの電流が、四方から同時に走り、電撃の檻に囲われた集合体が断末魔の声を上げる。檻の中を走る電流の激しさは、それまでの比ではなかった。

「電流を使うなら、その不利を熟知しているも当然」

 腹の底を深く叩くような、落雷に似た音が轟く。

 焦土となった平地には、もう球体の影もなく、稲光の余韻がまだ帯電し、ビリビリと肌を指すように空気の中へと溶けていった。

「この電撃の檻……『停滞楽園』に、弱点はない」

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