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24:レギオン

 脳天を狙って振り下ろされた刀の一撃を、交差させたナイフで受け止める。黒い鎧武者と切子はわずかな膠着時間の後、同時に後ろへと下がる。

 黒い鎧武者が再び切子に向けて突進するのと、鋭いアンダースローのフォームで左のナイフを低空で放った切子の動きは同時だった。地面ギリギリを滑空するナイフは、具足を踏み出しかけた黒い鎧武者の脛を砕いた。

 大きくバランスを崩し、膝をついた黒い鎧武者は、転倒をなんとかこらえるものの、顔を上げた時、すでに眼前にまで迫っていたナイフの二投目までは避けられなかった。

 兜の、額を守る部分に、ナイフが根本まで突き刺さる。

「……只者ではないと常々思っていましたが」

 黒い鎧武者は、膝をついた姿勢のまま動かなくなる。離れた位置にいた高橋は、すでにもう二本のナイフを構えていた切子を見やり、手にした扇子をゆっくりと広げた。

「人の身単体でここまでできるわけがありません。何らかの補助があるはず」

「さぁ、どうかな」

 笑みを消した高橋の言葉に、取り付く様子もない切子は、ジリジリと高橋との距離を詰めていた。

 後ろで見ているだけになってしまった巳影は、目にも止まらぬ動きを見せる切子に、言葉を失っていた。

「速いだけじゃなく、攻撃力も高い……こんなに強い人だったんだ……」

 数日前、部室で向かい合った時などとは比べ物にならない、質の高い殺気を感じていた。

「そりゃ強いよ切子ちゃんは」

 なぜか自慢げに胸を張る帆夏は、巳影に聞こえるかどうかという小声でつぶやく。

「切子ちゃんの『能力』は、分かったからって対処できるものじゃないしね」

 振り向いた巳影に向かって、帆夏は唇の前に指を立てて「内緒ね」と口だけを動かす。

(能力……? 何か、使っているのか?)

 確かに尋常ではない、常識離れした動きだった。高橋が言った「補助」とは、あながち間違いではないのだろうか。

「……よろしい。「死霊」では話にならないようですね」

 高橋は再び袖口から、札を一枚取り出した。それは先程の二枚よりも、呪文のような文字が多く刻まれている。

「とはいえ、並の「怨霊」であってもあなたには通用しないでしょう……そこで」

 高橋の口元に、笑みが戻った。開いた扇子を、動けなくなった二つの鎧武者に向けて一つ、ゆっくりと扇いだ。

 扇子からの微風を受けた鎧姿は、一瞬で黒い灰になり、風に溶け、ぬるま湯のような温度の空気に渦巻かれて、一つの塊に混じり合っていく。

「ちょっと趣向を凝らしてみましょうか。名付ければ『演目・二人羽織』といった所ですかね」

 空中で混じり合いつつある、黒い灰に向けて高橋は手にした札を放った。

 人の握りこぶしほどの大きさになった灰の塊を、一枚の札が包み込む。

 突然、その灰の周囲から鼻が曲がるような腐臭が漂い始めた。その様子を用心深く見ていた切子も眉をしかめている。

 灰を包んだ札の表面から、墨汁のような影が滴り落ち始めた。まるで涙のように流れ行く黒い影は、ぼたぼたと地面に染みを作っていく。その染みからは更に強い腐臭が立ち込めだし、ガスのような気体が発生した。

 こぼれ落ちる影の雫と、立ち上るガスが混ざり合い、結合されていく。

「……怨霊の集合体(レギオン)を作ってるみたいだね」

 帆夏が巻き付く鎖を指でつつきながらつぶやいた。

集合体(レギオン)?」

 声だけを後ろによこし、巳影は変貌を続ける影から目を逸らせずにいた。

「聞いたことない? 悪い霊は更に悪い霊を呼び、周りに与える負荷を強めるんだ」

 それが長い時間同じ場所にとどまると、心霊スポットなどができる、と帆夏は続けた。

「もっとも。それを人為的に作ろうだなんて……並大抵の呪術じゃないよ。性根が腐ってなきゃやらない外法さ」

 吐き捨てた帆夏の言葉に、高橋は無言で口の端をつりあげた。

「そんなに危ないものなら、早く攻撃したほうが……」

「あかん」

 構えを取って走り出そうとした巳影を、ししろが手で制した。

「今刺激を与えたら、高橋すら制御できんバケモンが出来上がる。相手が集合体なら、落ち着いてから叩いたほうが安全なんや」

 立ち上るガスはやがて黒い影に染まっていき、黒い霧になっていた。その霧には、人の顔と見える影が、いくつも浮かびあがり始める。どれも苦悶の表情で、阿鼻叫喚の声を上げているように見えた。

 その顔の群れが、雫を落とし続ける灰の塊に伸び始めた。滴る影の雫が、霧の濃度を高めていく。霧はやがて地面から離れ、灰を包み込み、何倍もの大きな塊となる。

 球状の影から伸びる腕の数は、無数。表面に浮かんだ人の顔はどれも苦痛、苦悩で歪んでいるように見えた。多くの口が一斉に開き、悲鳴や怒声が重なり合わさる。

「ん~、いい「鳴き声」ですねえ」

 怨嗟の複合音声を浴びる高橋は、うっとりと目を細めていた。集合体と呼ばれる塊は今や、直径二メートルはあるものにまで膨れ上がっていた。

 ぼたぼたと表面から落ちるものは、地面に黒い染みを作り、強い腐臭を吐きだした。いくつもの伸びた腕はどれも太く、何かをつかもうと蠢いている。

「おまたせしましたね、こちらの準備は整いました。その中で、仕掛けなかったのは賢い判断です」

「……」

 ナイフを構える切子の目は、高橋ではなく集合体を捉えていた。

「第二幕といきましょうか。後ろのみなさんも、ぜひご参加のほどを」

「いや」

 高橋の言葉に走り出しそうになっていた巳影を止めるかのように。集合体へと構えをとった切子が背中で言った。

「これは私だけで片付ける。みんなは手を出さないで」

 吹き付けてくる腐臭は、更に強くなっている。巳影は胸のざわつきを抑えられずにいた。

「そんな、無茶ですよ!」

「巳影」

 巳影の肩を、強い力で掴んだししろが、強い口調で言う。

「迂闊に援護に着いたって、ウチらの動きじゃ切子の足を引っ張る。あいつなら、大丈夫や」

 ししろの険しい相貌に、巳影は喉を固唾で鈍く鳴らす。

「それにアレは切子なら……いや、切子しか対処できん。切子の『能力』でしかな」

「切子さんの……?」

 小声でのやり取りは、高橋には届かなかったらしい。こちらを不満そうに見ているが、やがて「よろしい」と扇子を閉じて微笑んだ。

「では、参加者はあなただけでよろしいですね?」

「ああ。こんな茶番なら、私だけで十分だ」

 広がっていく腐臭の中を、ビリ……と、空気を焼く閃光が走った。切子の手に握られたナイフが、鈍い輝きに包まれていく。

「……『羅刹天(ラクシャス)』の雷で、その淀みを斬り払う」


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