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23:切子、斬る

「宣言通り参りましたよ。……道中こんなに罠と結界が張り巡らされているとは思いませんでしたが」

 高橋京極は言葉とは裏腹に、愉快そうに笑っている。

「そうケロッとしてられると……仕掛けたかいはないな」

 ナイフを構えている切子に高橋は指を振って苦笑した。

「僕一人なら、今頃蜂の巣になっていましたね」

 高橋の側に、もう一つ影が現れる。暗闇に慣れた目には、山道出口の側、一人の少年が腕を組んで立っているのが見えた。

 手にはグローブを装備した、年の頃ならば同じぐらいの年代の少年であった。彼はつまらないものを見る目でこちらと……高橋を見やっていた。

「一体あなたは……あなた達は、何が目的で封印を狙う、なんてことをしてるんです」

 新たに現れた少年を視界の端に止めつつ、巳影はいつでも飛びかかれるよう、腰を落として言う。

 高橋は唇に手を当て喉の奥で笑うと「そうですね」と、愉悦でぬめり気を帯びた目を、巳影へと向けた。

「僕自身に強い目的はありません。指示に従っているだけですよ」

「指示……? まだ誰かいるんですか」

「察しはついてるでしょう? 我々が……何なのか。飛八巳影くん、君なら」

 高橋の言葉ひとつひとつが肌を総毛立てていく。神経が逆撫でされるような不快感を覚え、それを振り切るように巳影は叫んだ。

「あなた達は一体何者なんですか!」

「君がお探しの『茨の会』ですよ、飛八巳影くん」

 場の空気が一瞬で固く、重たいものに変わる。びり……と皮膚を切るような鋭い乾きが吹付け、切子とししろは小さく喉を鳴らした。

「おや、それほど驚きませんか? 特にそこのお二人は」

 切子、ししろに目を向けて笑う高橋に、後ろで控えていた少年がため息をつく。

「おい、やるならさっさとしろ。おしゃべりに来たわけじゃないだろう」

「水をさしますねえ、いいところで」

 肩をすくめ、高橋は法衣の裾から二枚の札のようなものを出した。

「気を付けて。禍々しいのが入ってるよ、あの札」

 一番奥に陣取る帆夏は、目を覆う鎖をコツンと指で叩きながら言う。

「ご挨拶が遅れましたね、樹坂嬢。今宵、あなたの封印をいただきますよ」

「っは。一昨日来やがれってんだ、ゴキブリ」

「ご……。ごほん。失礼な、人を害虫呼ばわりですか」

 帆夏の苛立った声に、思わず絶句してしまう高橋は、わずかに動揺していた。

「私、あんた嫌いだもん」

「好かれようとは思いませんよ。まして、これから死んでしまうかもしれない人にね」

 高橋はいつの間にか手にしていた扇子で、空に放った札を仰いだ。札は風を受けてひらりと舞うと、青白い炎が端々に宿り、弾ける。

 札を割るようにして影が大きく膨らんだ。影は瞬時に硬質な光を放つ鎧となる。

「参りますよ。『演目・餓者(がしゃ)髑髏(どくろ)第二幕』、ご歓談あれ」

 黒と赤、二つの鎧武者が高橋の前に降り立った。だが前回同様、甲冑を着込む中身は人間ではない。完全に白骨化した「しゃれこうべ」であった。

「装備が……!」

 構える巳影の言葉通り、二つの武者が着込む鎧は、前回現れた鎧武者のような、朽ちかけたボロボロの甲冑ではなかった。黒い漆喰の兜はツヤがあり、赤い甲冑には丁寧に作られた装飾が施されている。

「ちょっと趣向を凝らしてみました。マイナーチェンジ程度ですが」

「……なるほど。鎧自体に呪いの類いがかけられてるね」

 鎖を指でなぞる帆夏は、露骨な舌打ちを鳴らして言う。

「下手に触るとそれだけでダメージになるかも。殴る蹴るの巳影っちは不利かなぁ……」

「なら、ここは私が出るよ」

 ナイフを無造作にぶら下げ、切子が巳影の前に出た。

「切子さん……!」

「まあ見てて。私が頼りになるお姉さんだってわかるからさ」

 ミリタリーコートの内側から、もう一本のナイフを取り出し、両手に構えた。

「おや、二対一になりますが……よろしいので?」

 嘲け笑う高橋への言葉の代わりか、切子は膝を折って身を低く沈め……、地面に水平になるまで上半身を下げた。ナイフを持つ両手は後ろへと下げられる構えは、まるで陸上選手が見せる、クラウチングスタートの形に近かった。

 音は、後から来た。耳をつんざくような金属音が空気を切って風となり、見守っていた巳影たちに吹き付ける。

 弾丸のように地面から「発射」した切子は、ナイフを交差させて左右から挟むように斬撃を繰り出していた。

 赤い甲冑の鎧武者が、それを刀で受け止める。しかし、ナイフの刀身は防御に徹した刀へとめり込み、威力は、その武者を大きく後ろへと弾き飛ばすほどであった。

 吹っ飛んだ赤い鎧武者は、転がる勢いをそのままに立ち上がると、瞬時に体勢を立て直して刀を構え、切子へと斬りかかる。

 刀は正眼の構えから小手先を肩口まで上げ、突きの体勢を取った。

 切子は両手のナイフを逆手に持ちかえると、心臓を狙った突きの一撃を半身横にずれることで回避し、逆手に持ったナイフを真上へと突き上げた。

 刀は、切子のナイフによって真っ二つに切り裂かれた。金属のきしむ悲鳴が振動を生み、衝撃が耳に突き刺さる。

 折れた刀が上へと弾かれ、夜空に舞う。その真下で、腰を返し左のナイフをきらめかせた切子の斬撃が、大きく空いた赤い鎧武者の腰へと激突した。

 甲冑がきしむ音を、その場にいた誰もが聞いた。

 折れた刀の半身が地面に落ちるのと、切子が飛び下がったタイミングはほぼ同時だった。赤い鎧武者は、がくりと傾き、膝をついた。

「二対一……じゃあなかったっけ」

 切子は左右の手でナイフを回転させ、黒い鎧武者に向けて構えを取る。

 後ろで見ていた巳影は、この一連の動きに開いた口を閉じられないでいた。

(は……速い、なんてもんじゃない。何だったんだ、今の動き……!)

 黒い鎧武者が鈍いのではない。まるで流れるような攻防を繰り広げ、制した切子が速すぎたのだ。

 その証拠に、高橋からは笑みが消えている。忌々しいものを睨む目で、切子を見据えていた。

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