21:宣戦布告
「最初の狙い目は、やはり『竜宮真鏡』でしょうね」
パチ……と、焚き火にくべた細い枝が音を立てて、はぜた。
「封印管理者がひ弱で攻略しやすいこともありますが、のちの手順を考えると一番効率がいい」
高橋は串に刺した蛙の焼き具合を確認し、鼻で匂いを味わった。固く焼かれた皮膚ごと肉に歯を立て、ゆっくりと咀嚼する。
「守りも固めていると思うが」
同じく焚き火の側に並ぶ焼き蛙に手を伸ばし、桐谷は無造作に頭部を噛み砕いた。
「それは承知です。故、手駒にこだわりました。お陰で充実した『デッキ』になりましたよ」
「丸一日もつきあわされたんだ、そうでなければ困る」
「特に。彼にはお礼をしたいものでして」
水筒から一口、酒を口に含むと、高橋は唇の端を釣り上げる。
「飛八、と言ったか」
「ええ。僕が侮っていたとはいえ、お気に入りの手駒を見事に四散させられては……多少、苛つきます」
桐谷は何も答えず、二匹目の焼き蛙を口に運ぶ。
「その際、桐谷さん。あなたにも着いてきていただきたいのです」
視線だけを桐谷に向け、高橋が笑う。桐谷は強引に蛙の皮を食いちぎり、まだ赤身の残る肉を構わず噛み砕いていく。
「俺には弱者をいたぶる趣味はない」
「失礼な。僕だってそんな趣味ありませんよ。ただ根に持っているだけです。ふふ」
もう一口、酒を喉で味わうと、高橋は深夜の空を仰ぐ。
「深い空ですね。星の瞬きさえ飲まれてしまっている」
「……」
「さみしい空、ですね」
□□□
プロゲーマーの朝は早い。
「うー、アプデアプデ。あれチェックしてー、これ読み比べてー」
カタカタというキーボードを叩く音で、巳影はいつの間にか遠のいていた意識を取り戻す。
(あれ、俺は……)
帆夏と話していた中、眠気を感じ仮眠を取るつもりで、部屋の隅を借りたところまで覚えている。
ムクリと起き上がる。分厚いカーテンから漏れる朝日の光が目に染みた。
「あ、おはよー。眠れた?」
「……。ごめん、仮眠のつもりが、ガッツリと……」
「慣れないイメトレで疲れないほうがおかしいよ」
こちらに背を向けたまま、TVモニターの前でキーボードやコントローラーを操作する帆夏がいた。
「帆夏は眠れたのか?」
「ゲーマーは夜に寝る生物じゃないぜ」
「タフなんだな……くわぁ」
思わずあくびが飛び出た。
「あ、そうそう。しぃからメールがあって、朝迎えに行くって」
「ししろさんが? 迎えって……」
まだ寝ぼけ眼でいる巳影は、腕時計を見る。時刻は午前六時ごろであった。
「学校はいかなきゃね」
「……うーん、行ってる場合なのかな……」
腕を組んで唸る巳影に返事をするかのようなタイミングで、チャイムが鳴った。
「あ、しぃだ。悪いけど出てくれる?」
「ついでにお茶でももってこようか」
「しのびないね」
背中ですべて返事をする帆夏に手を振って立ち上がり、部屋を出た。
玄関先にはすでにししろが立っており、その顔はやや不安そうなものであった。
「あ、巳影……おはようさん。帆夏は?」
「ゲームの作業中です。ひとまず上がりますか?」
「お、おう……なんか、あんたが家主みたいやで」
浮かない顔のまま、ししろはドアをくぐり、巳影は台所でお茶を用意しともに部屋に向かった。
「おはーしぃ」
「妙な挨拶せんでええ」
巳影はお盆に乗せたコップをししろと、作業中で背中を向けたままの帆夏へと渡す。
「それより帆夏……その」
「何? 心配そうな顔して。まだ私は処女だよ」
ししろは傾けかけたグラスを取り落としそうになる。
「お、女の子がそなこと言うもんやない!」
「もー、一晩ぐらい大丈夫だっておかんー」
「誰がおかんや!」
顔を赤くし、ししろは後ろにいた巳影へと振り返る。
「……ほんま、何もないな。何もしてないな」
鬼の形相であった。
「あ、ありませんよ……」
少し怖くなり、巳影は視線をそらしてしまう。
「そうだよねー。まあ昨晩はあんなに汗を絡ませあったあっつぅーいくんずほぐれつがあったけど」
ししろは盛大に、巳影の顔面へとお茶を噴射した。
「み、みぃかぁげぇ!」
「誤解ですっていうか帆夏! なんでそんな紛らわしい言い方を!」
「な……なんやあったんか! ほんまに何してたんやおんどれ!」
「くふふ」
「も、もし帆夏になんやあったら……巳影、あんたを殺ってウチも腹を切る!」
「落ち着いてください!!」
涙目になっていたししろを落ち着かせるのに、丸々二十分はかかってしまった。
帆夏の確認作業も一段落し、お茶の二杯目を各自が飲み終わった頃には、落ち着きを取り戻していた。
「それで、せっかく朝早くに迎えに来てもらったところを、申し訳ないんですけど……」
「護衛、なあ」
巳影は今日一日はこの家に張り付いていたほうがいいのでは、と提案した。
「せやけど、キリなくなるで。騒動が収まるまで護衛するわけにもいかんやろ……」
気持ちはわかるけどな……と、ししろはまだ煮えきらない状態だった。
「うーん、私としてはどっちでもいいけど」
一方帆夏はのんびりとした様子でお茶をすすっていた。
「せめて高橋の動向が読めたらいいんやけど……」
『それなら、僕から提案してもよろしいですか?』
聞き慣れない電子音が、TVモニターから不意に鳴り響いた。巳影とししろは反射的に床を蹴り、帆夏の前へと……ノイズが走り、画面が乱れたTVモニター前に立つ。
「この声……ッ!」
『やあ飛八巳影くん。僕は高橋京極。ちょっと樹坂さんのパソコンにお邪魔したよ』
声は電子音で折り重ねられた合成音であったが、浮かべているであろう笑みすら想像できるほど、高橋京極の声を完全に再現していたものだった。
「あー、ハッキングかー? 私のパソちゃんに入るとは、いい度胸じゃん」
どこか憤慨した様子の帆夏は、素早いタッチでキーボードを叩き始める。
『おっと、長居は無理かな。用件だけ伝えましょう。今夜、お伺いしますね……『竜宮真鏡』を奪いに』
まだ言葉の途中だったであろうが、ブツリと声は途絶えてしまった。同時に、TVモニターも元のものに戻る。
「ふん、害虫め」
ふくれっ面の帆夏は吐き捨てるように言う。
「話の途中やったけど……まあええか」
パチン、と手のひらに拳を打ち付け、ししろは鼻息を荒くした。
「どうやら、ケリ着けられそうですね。今夜にでも」
巳影は強く拳を握りしめた。
「今度こそ、あいつから『茨の会』のことを引きずり出してやる……!」




