02:ブギーガールズ
「あっちゃ~」
パタパタとした足音に振り返ると、そこには……実習棟の入口には、先程の女子生徒が立っていた。
窓からでは見えなかったが、制服の上には、ずいぶんと痛み古びたミリタリーコートを羽織っている。
襟元につけられた校章から、この高校の三年生であることが分かった。
「やっぱり安易な転用はだめかぁー……仮にも『序列四位』の代物だしなぁ……」
「……?」
ブツブツといいながら、巳影の隣に立った女子生徒は「あ」と気の抜けた声を発した後、
「ごめんね。ウチの防犯装置が」
「……防犯?」
と、女子生徒が粉々になった地蔵を指差す。
「稼働実験中だったんだけど、まさか人よけの結界内に誰か入ってくるとは」
「……実験? 結界?」
「というか、君すごいね。石のお地蔵さん殴って壊せるだなんて」
女子生徒は始終にこやかだ。だが、巳影は事態を把握できず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「あ、あの……あなたは、どちら様で」
一つずつ理解していこう、と自分を落ち着かせる。
聞かれた女子生徒はあっけらかんとした様子で、
「あ、私は柊切子。『オカルト研』の部長なんだ」
『オカルト研』……確かもらったプリントの一覧に名前があったのを覚えている。
「で」
微笑が形を変えぬまま、猛禽類を思わせる鋭い視線を放った。
「君は……何者? このあたりじゃ見ない顔だけど」
ニコリと笑う女子生徒、柊切子。
「ずいぶんと場馴れした動きだったよ。きちんとした訓練を受けたであろう体捌きだったし、私の敷いた結界もものともしない……何より、あのお地蔵さんは力任せで壊れないよう作っていたんだ」
細く白い指が、とんと巳影の心臓部を突く。
「……君の中にいるのは……何?」
美しい微笑に見えた。だが、その相貌は鋭利な刃物を思わせる光を宿している。クスクスと、大きく飛び退いた巳影をその輝きに写して笑っていた。その後頭部が、大きなハリセンによって、勢い良く叩かれる。
「痛い!?」
「痛いちゃうわこのボケ部長! せやから人がはけた夜にでもやれゆうたんや!」
背後から柊切子をバッサリと叩いたハリセンを肩に、一人の女子生徒が現れる。制服の襟につけられた校章は、三年生を表すものだった。
「ほんまごめんなぁ、きみぃ。えらいとばっちりやったやろう、ウチの阿呆がほんますまん」
申し訳なさそうに頭を下げる、関西弁の女子生徒。横に編んだ三つ編みがぶらりと垂れる。
「……ほら自分も頭下げえ!」
「いだ、いだだだ! 掴まないで、掴まないで! ギブギブ!」
柊切子の頭を掴むと引っ張るかのように頭を下へと押し込んだ。そのたびに柊切子は悲鳴を上げ、体がおかしな立ち方になっていく。
「うう……ごめんなさい。私の不注意でした……」
涙目になりながら、柊切子は改めて頭を下げた。
「はぁ、全く……。あ、ウチは三年の相澤ししろっちゅうねん。『オカルト研』の副部長や、よろしゅうな。けったいな名前やさかい、覚えやすいやろ」
あははと明るい笑顔で差し出された手を、巳影は戸惑いながら受け取る。
『この者共、只者ではない』
獣は、まだ牙を収めていない。呆けかけていた巳影は、我を取り戻す。
「あ、あの……あなた達は一体……」
しかし何をどう聞けばいいものか、巳影の探る視線に二人の少女は互いに顔を合わせ、言葉を詰まらせた。
「……ただの研究会です……じゃあ、納得できないよね……殺されかけたわけだし」
柊切子は気まずそうに、巳影へと視線をよこす。
「その色々聞きたいんですが……まず動きだす地蔵とか、あと結界とか……」
「ああー……どうゆうたらええもんか……」
腕を組んで唸り声を上げ、相澤ししろと名乗った少女も困った顔をしている。
「あの……俺も、色々教わったことがあって。いわゆる、オカルト方面の知識を」
言葉を選びながら、まずは自分のことを少しでも話す方が先かと、巳影は身振り手振りを加えながら言う。
「で、でも俺の知ってる「結界術」や「地蔵を動かす技術」なんかとは、かけ離れているような感じがして……師匠がいるんです。俺を鍛えてくれた人なんですけど」
頭の中の獣は、何も言わない。だが、まだ牙をちらつかせたままだった。
「あ、やっぱり「マスター」がいたんだね」
柊切子の言葉に巳影は頷いた。
「あんたは……「訳あり」ちゅうことか」
柊切子の隣で、相澤ししろが真剣な面持ちで言う。
「伊達や酔狂で身につける知識や技術やない。よっぽどのことがあって、その師匠に行き着いたんとちゃうか?」
「……そ、それは……」
真っ直ぐにこちらを見る相澤ししろの目から、巳影は思わず顔をそらした。
「ひとまず、場所を変えようか。人が集まってきちゃったし」
柊切子が言うまで、周囲のざわついた空気に気が付かなかった。校舎の窓から、中庭を覗き込みだす生徒たちが増え始めていた。聞こえる声の中には、「また『オカルト研』か?」「何度騒ぎ起こせば気が済むんだ、あいつら……」と、呆れた声が多数混じっている。
「そ、そうやな……自己紹介はウチの部室でもできるか」
相澤ししろは前髪を弄りながら、口早に言う。
「巻き込んだけじめとして、きっちり私達のことは話すよ。……非常識なことばかりだと思うけど、君は多分、そう驚かないと思うから」
ひとまず行こう、と柊切子が手を伸ばす。
「君のことも聞きたいけど……まずは私達が、筋を通す番だね」
笑って、柊切子に引っ張られるまま、巳影は実習棟の中へと入っていった。
□□□
中庭を望める街路樹の枝で、一羽の雀が桜の花びらをついばんでいた。
「あの小僧、何者と見る。確かに『茨の会』と口にしたぞ」
電線にとまったカラスが空を仰ぎ、口を開く。鳴き声は出さず、加えた虫を頬張って飲み込んだ。
「楽しそうだな、天宮」
「楽しみにもなる。あの動き……そうとう体に身についたものだ」
雀のくちばしが、桜の花びらを一枚咥え、ちぎり取った。
「俺の気のせいかもしれんが……桐谷。あの小僧の基礎動作は、貴様に似ていなかったか?」
カラスが甲高い鳴き声を青空に向けて打つと、羽を広げて風に乗り、上昇していく。
「からかってはいけませんよ、天宮さん」
隣の木にとまったホトトギスが、慣れ始めた喉で高く鳴く。
「それよりも……柊切子と合流されたのは、厄介かと」
「それこそ面白いではないか。偶然とはいえ……いや、惹かれ合うものがあったのかもしれん」
雀は桜の蜜をくちばしにつけると、小柄な体を空に放った。
□□□
「……」
前を歩く柊切子が、廊下の途中で立ち止まり、窓に目をやった。
「どないした、切子」
隣を歩く相澤ししろが立ち止まる。
「……ううん。鳥が飛んでるなぁって」
そんな会話につられ、巳影も窓の外を見る。もうここからではよく見えないが、確かに小鳥のような姿が空を飛び、離れていくようだった。