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19:格上

「敵意を持って襲ってくる幽霊って、三つに分けられるよ。まずは「死霊」。次に強い「怨霊」。最後は「悪霊」という具合だね」

 曇り空から聞こえる帆夏の声に、巳影は腕を組み、しばし思案する。

「俺がさっき戦った……高橋京極が出した幽霊ってのは「死霊」か」

「そうだね、一番弱いタイプかな」

「なら、順当に行こう。「怨霊」の力を頼む」

 少し離れた位置の空間が黒く滲んでいく。登場したのは髑髏の武者である。が。

「……!」

 距離は数メートル以上あるというのに、姿を見ただけで巳影は反射的に飛び下がってしまった。

「見かけにバリエーションはないけど、間違いなく力の質は変わってるよ。死なないようにね。くふふ」

 髑髏の武者は刀を正眼に持ち、すり足でこちらとの間合いを図っている。

(構えが変わってる……それに、受ける圧力も別物になった……!)

 伽藍の眼窩から視線を感じる。それだけで、皮膚がジリジリとあぶられるかのような熱を感じる。そのくせ、背筋は冷たく凍てついていた。自分の額から流れる汗は、冷や汗なのか脂汗なのかも判断がつかない。

(……怖気。死を連想させる、ネガティブなエネルギーだ)

 腰を落とし、拳を握り、こちらも靴底を草むらにこすりつけながら、じっくりと間合いを詰めていく。髑髏の武者の一挙一動を、すべて眼球で捉え、記録し、次を予想する。

 髑髏の武者が、バチンと地面を蹴って突進した。刀は右に払い、軽い体を加速させていく。

(速い!)

 迎撃は……間に合わない。髑髏の武者はスムーズに地面を滑るように流れると、踏み込んだ右足の勢いを半回転させる腰に乗せ、左からの薙ぎ払いを撃つ。

 巳影は両腕に、火柱を展開させた。髑髏の武者の狙いは、首。

 両腕を閉じて顔の前に掲げ、ブロックする。腕を包む火柱は、髑髏の武者の薙ぎ払いを受け止め、弾き返した。だが勢いまでは防ぎきれず、巳影と髑髏の武者は互いに大きくのけぞった。

「っぐ!」

 相手より早く体勢を立て直したのは、髑髏の武者の方だった。腕ごと弾かれた刀を高い上段構えで握り直し、巳影の脳天をめがけて振り下ろした。

 火柱の宿った腕を交差させ、寸前のところで刀を受け止める。火花を散らしながら、髑髏の武者の刀は二撃目、三撃目と火柱の腕に上段斬りを叩き込んだ。

(隙がない……「死霊」の時はなんとかなったのに!)

 髑髏の武者は、四度目の斬撃を加えようと刀を大きく振りかぶる。だが、ずしんと強い衝撃と痛みは腹部に走った。髑髏の武者の足が、巳影のみぞおちへと叩き込まれたのだ。

(上は、フェイク……!?)

 戦略レベルが飛躍的に上がっている。本当に武芸の達人と戦っているようだ。

 大きく後ろへとよろけた巳影に向けて、髑髏の武者は刀を突きの姿勢に変えた。蹴り足を前に強く踏み込むと、刀は真っ直ぐ巳影の心臓めがけて突き出された。

 巳影は息を呑んで、よろけた体を立て直そうとはせず、地面へと投げ出した。のけぞる巳影の胸すれすれの位置を、刀が走っていく。

「……勝負はここからだ!」

 勢いをつけて地面へと背中で着地した巳影は、その反動を利用して後ろへと後転した。しゃがみこんだ姿勢のままから足にたまった反発力で勢いをつけ、握った拳に宿る火柱の火力を上げた。

 突きの姿勢から戻る途中の髑髏の武者へと、飛び上がりざまに打ち出した右の拳が豪と唸る。

「地蓮流追い突き、『日本號』!」

 髑髏の武者は構え直そうとするも、その篭手ごと拳を受け、火柱は甲冑を貫通した。

 左腕と腹部に大きな穴が開けられた髑髏の武者は、拳の勢いに押されて大きく地面に打ち付けられ、跳ね、滑り、着火したかのように燃え始める。髑髏の武者は、起き上がる前に燃え尽き、灰へと姿を変えていた。

「おおー、蛙跳びアッパーだ」

「かえる……? っぷはぁ」

 わずかに関心の色を見せた帆夏の声に答える前、巳影は深い息を吐いた。呼吸は後から粗く、大きくなっていく。

(「死霊」の段階とは全く別物だった……ここで苦戦するようでは……!)

 


□□□


「おや?」

 墓石の前にしゃがみこんでいた高橋はふと顔を上げた。くすんだ夜空が、まるで墨汁を染み込ませたかのように濃度を増していく。

「高橋、何だあれは」

 桐谷は憮然としたまま、ポケットに入れていた手を抜いて上を見上げる。

「長居しすぎたみたいですね。幽霊ですが……浮遊霊とも地縛霊とも違う」

 黒い染みは、次第に人の顔の形を作り上げていく。その大きさは、有に三メートルはあろうかというものだった。

「どうする。あれを手駒にするのか」

「そうしたい所ですが……あれはもう「怨霊」レベルに膨らんでいますね。それも、いくつもの霊魂が集まった集合体(レギオン)のようです。更に危険と見るべきでしょう」

 高橋は閉じた扇子を取り出した。

「ここは払ってしまいましょう。手駒にするにも、飼いならすのが少し面倒です」

「なら、やらせろ。暇なんだ」

 すでに拳に皮のグローブを装備した桐谷が、ズカズカと荒れた墓地へと入っていく。

 その足音と無造作な足取りが、上空に広がる『顔』の注意を引いた。ギラついた目を桐谷に向ける。

 桐谷は左手を広げ、空に掲げると小さくつぶやいた。

「……『羅生門』・限定開放」

 空気が尖っていく。大気に含まれた水分という水分が、一気に凍てつきはじめた。

「地蓮流打ち突き……『人間無骨』」

 まさに、握った拳を乱暴に、無造作に振り上げただけだった。

「おお、なんと」

 感嘆の声を漏らす高橋の口からは、白い息が漏れていた。

「フラストレーションが溜まってたからか、ついやりすぎたな」

 氷柱(つらら)。地面から隆起し、尖った氷の分厚い層が、墓地の中心部を薄氷の世界へと変えた。

 円錐形の氷の牙が、上空に広がる黒い染みを真下から貫いている。断末魔の悲鳴なのか、耳障りな金属音にも似た音を上げ、染みは夜空の中から砕け散ってしまった。

「さてどうする。駒探しはまだかかるか」

 白く煙る手を握りしめ、グローブに張り付いていた氷を砕いた。

 墓地に夜風が吹き込んできた。四月とは思えないほどに冷え切った風は、肌を切るような鋭さを持っていた。


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