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181:不在通知

 薄い暗がりの中、ずっと同じ場所を走っているような気がする。巳影は徐々に募る焦りと不安で顔をこわばらせていた。

 何度かこの闇を訪れた気がする。そのたびに追い返されたような気もする。何があったのか、具体的には何も思い出せない。しかし、ここまで何もない空間が続いていただろうか。

 少し息を整えるため、立ち止まる。乱れていた呼吸をただし、浮ついている気分を落ち着かせる。おかげで、混乱しがちだった頭はリラックスしてきている。

「落ち着いたところで……さて」

 四方八方は数メートル先も見通せない暗闇に満ちている。肌に当たる空気はひんやりとして、天然の洞窟を思わせるものだった。

 未だ、自分の中にはベタニアの存在を感じることはできない。不意にできた空白は、それまでどっしりと居座っていた存在があっただけに、とても広く感じる。

 本当に出て行ったのか……。だとしたらいつ、何故。

「途方に暮れているようだな、飛八巳影」

 聞きなれた、地響きのような声に巳影ははっと顔を上げた。

 ここより奥にあると思われる空間……そこには、火が灯す明かりが見えた。巳影はそこへめがけてまっすぐに走った。

「ベタニア!」

 戸惑い半分、再会のなつかしさ半分。呼びかけると、目の前の闇がゆっくりと輪郭を持ち始め、暗がりから大きな体がにじみ出るように現れてくる。

 一言で表すのなら、その姿は翼竜とも言えた。頭部は鋭い牙を収め、背中には折りたたまれた翼がある。それが広げられれば、大きさは三メートルを超えるだろう。

 そして、こちらを見る目は彩度の高いガーネットのような眼球であり、そこには退屈そうな感情の色が見て取れた。

「急にどこ行ってたんだよ! 今大変なことになって……」

 体を横たえていたベタニアが、ゆっくりと身を起こす。それだけで周囲に熱風と肌をひりつかせる火の粉が舞った。

「ベタニア……?」

 ただ起き上がった。だけだというのに、その所作からは苛立ちのようなものが含まれていた。

「飛八巳影。問う。お前は、何のために戦う」

 唐突に突きつけられた問題に、巳影はきょとんとしてしまう。だが言葉の意味をくみ取ったのか、巳影はよどみなく言い返す。

「友人の……()()のかたき討ちうのため。それは変わらない」

「……」

「でもそれだけで済む話じゃなくなってきた。下手をすれば町一つどころが犠牲になるっていう程度じゃないことになる。星がどうのっていう実感はまだ湧かないけど……連中なら……『茨の会』なら何をしてもおかしくない。戦えるんなら、できることをやりたい」

 自分の気持ちを打ち明けた。だが、それを聞くベタニアはどこか冷めた様子であり、こぼした息もため息のように……落胆されたかのように思えた。

 ベタニアの赤い目が開く。

「ここしばらく……お前からは()()のにおいがしない」

「……エゴ?」

「目的を共にする仲間に感化され、どこかお前の心は穏やかなものになりつつある。今のお前の戦いは「自分のための戦い」ではなく「誰かのための戦い」になっている」

 つらつらと言葉を述べるベタニアに、巳影は眉を寄せて返す。

「い、いいことじゃないか。確かに最初の頃は無鉄砲だったし、周囲を顧みない行動もあった。でも、たくさんの人に会って、仲良くなって……」

 無意識に手が胸のあたりを強く握っていた。いつの間にか俯きかけていた顔を上げる。

「あいつ以外に……陸郎以外にも、俺が居ていい居場所になったんだ。守りたいとも思う」

 巳影の言葉にベタニアはしばしの間無言を通した。目を閉じ、口を閉じ、やがてその巨体で巳影と正面から向かい合った。

「……いいだろう。もうしばし、お前の中に居る」

 やはり嘆息めいた息をつきながら、であった。

「な、なんだよ……言いたいことがあるなら言ってくれよ」

 ベタニアの巨躯が、無数の火の粉へと変わっていく。赤い粒子とも見えるそれは渦を巻いて巳影の胸の中へと吸い込まれていった。

 頭の中の定位置に戻ったベタニアは、あくびを一つ噛み殺しながら言う。

『ついでだ。力の解放として『地獄門』の第四門までの制御をゆだねる。自滅するなよ』

「え……いいのか?」

 獣は何も返さない。ついで、という割には破格のサプライズだった。故に、素直に喜ぶことはできない。ベタニアの態度には疑問が残る。協力してくれるのはありがたいが、それが本位ではないことは明らかだ。

 しかし、贅沢は言えない。今まで力の出力は第二門までしか解放できなかった。きちんと師匠の下で訓練を積んでいれば、我流になることもなく各門をクリアできたであろう。だから今以上のパワーアップは半ばあきらめていたところだ。

「使えるのなら……なんだって使うさ」

 呼吸をもう一度整え、体をめぐるささやかな波に火を灯す。気流は呼吸とともに全身をめぐり、体中に力を充実させていく。それを固く握った拳に収束させ、火の波が火炎流となって腕全身に巻き付いた。

 握りこぶしを高く上げ、渦を巻く火炎の一振りを地面へと打ち出した。

 同時に、暗闇の空間が激しく揺れた。まるで強く揺れるエレベーターの中のようだ。意外と広さそのものは大きくないのかもしれない。

 続いて第二撃。第三撃と拳を地面へとたたきつける。

 四撃目……クレーターになっている地面に確かな手ごたえを感じ、もう一度打撃を地面へと打った。地面だけでなく天井、周囲の空気もしびれたかのような揺らぎを持ち始めた。

「やっぱり結界術の一種か……それなら、壊すこともできる!」

 火力が上がった今、巳影の力は『地獄門』の第三門を開き、今までではかなわなかった高出力の技を使用している。

(無茶苦茶頑丈な結界だ……高度な、普通の結界じゃないんだろうな。だからこそ、試し打ちには丁度いい)

 ずん、と空気を揺らがす音。同時にすぐ目の前の暗闇の中から、差し込んでくる日差しのような光を発見した。それは扉の隙間から漏れ出た光のようであり、その扉には無骨で大きな錠前がつけられている。

「あの外がゴール、か」

 巳影は腕に宿る火力をそのままに、がっしりとロックされた錠前を握りしめた。錠前は巳影の手のひらから放たれる高熱によりあっさりと溶けてしまう。溶け落ちたそれを払い、扉を開く。

「……そういえば、あのカエルの人が言ってた番人って……どうなったんだ?」

 まさか、ベタニアが番人? いまいちすっきりしないまま、日差しの中へと巳影は足を進めていった。


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