18:イメージトレーニング
「そのイメージトレーニングって、具体的に俺は何をすればいいんだ?」
「君は精神を集中させるだけでOK。あとは私が作るよ」
作る? 怪訝に思いながらも、巳影はひとまず正座の形に座り直し、目を閉じた。
「そう。精神集中してね。精度は君の集中具合によって変わっちゃうから」
ひとまず、呼吸を整える。上ずった気持ちを落ち着かせ、息を吐くと同時に雑念を追い出し、吸い込むと同時に頭の中をクリアにしていく。
「よし、じゃあ今から私が君の精神を誘導するから」
澄んでいた神経に、ふわりと柔らかな香りが風のようにかぶさった。
甘い匂い。
「……ん!?」
妙な変化に片目を開けてみると、眼前には深く閉ざされた鎖が……帆夏の顔があった。帆夏は巳影の頭にそっと手を添えると、額同士をくっつける。
鼻先が触れ合うかどうかの距離に、巳影は思わず声を上げそうになった。
「……。集中してる?」
「ぐ……し、してるさ」
「……。エッチなこと考えてない?」
近くで見れば、きれいな形をした薄いピンク色の唇に、否が応でも目が行ってしまう。
(しゅ、集中しろ俺!!)
ぎゅっと強く目を閉じ、拳を握りしめる。
バクバクと心臓が鳴っている。まずはそこを静めるところから始めた。
血脈の循環に意識を向け、体内を巡る神経伝達の電流をなだめていく。体の中を、一つの流れが一巡するイメージを浮かべ、ゆっくりと息を吐き出す。
「目を閉じたまま、気を楽にして」
ぼう、とどこか遠くから帆夏の声が聞こえた。クリアになった頭の中で、自分を俯瞰するイメージが築きだされた。意識の中にいる自身の精神が、ふわりとどこかに着地した。
「え……」
ふと目を開けてしまう。そこは、地平線が見える広い草原だった。空は薄暗く、しかし雲はない。昼間とも早朝ともつかない、灰色の空だった。
「今君が見ているのは、君の心の原風景だよ」
薄暗い空から、帆夏の声が聞こえてくる。
「けど、変だな……何かもう一つ反応があるような……まあいいか」
周囲を見渡してみる。頭の中にいる獣の姿はない。
「ここは仮想空間のようなものと考えればいいよ。制御は私がやってる。君の今の身体は、集中して君の精神が作った、いわば分身だね」
自分の手を開いて、握ってみる。感触は肉体そのものと変わらなかった。
「……不思議な感じだ。何だか、気が楽というか、リラックスしているというか。心が軽い」
「じゃあ成功だね。んで、こっからが私の真骨頂」
前方の草が揺れ始めた。風は、吹いていない。
さわさわと草の葉同士がこすれ合う中、暗い影が、なにもない空間からにじみ出るように姿を見せた。
朽ちた肉体に骨だけの体。甲冑で武装したそれは、髑髏の顔を持っていた。
「これは……まさか、高橋京極が……!?」
「くふふ、違う違う。これは君の中から拝借したイメージ。仮想敵だよ」
とっさに構えを取った巳影は首を傾げる。
「君が最近脅威と感じたものを、私の力で再構築したんだ。でも強さは本物の死霊と変わらない。どう、訓練相手にはいいんじゃないかな?」
「な、なるほど……」
といいながらも、あまり理解できていなかったが、改めて構えを取る。ようは、倒せばいい相手だということがわかれば、それで構わない。
「あ、でも気をつけてね。ここでもし死んだら、君の精神も死ぬ。つまりは植物人間状態になっちゃうから」
「……さらりと怖いことを……」
仏頂面になってしまう巳影だったが、すぐに気を取り戻し、死霊と対峙する。
(いや、むしろ……それがいい)
変に気を抜いてしまうよりは、より実戦に近いかたちであればなお、効果的な訓練になる。
「じゃあターゲットを動かすよ。強さはこっちでも設定できるけど、ひとまずはデフォルト……君が感じ取ったままの強さで動かすから」
「望む所だ、やってくれ」
死霊はゆっくりと、刀を上段に構えた。
□□□
「ふうむ……」
鬱蒼と生える雑木林の中、打ち捨てられた墓石の前で、高橋京極は腕を組んで思案していた。
周囲は雑草が生え広がり、歩く場所も見当たらない。並んでいたはずであろう墓石はほとんどが倒れ、崩れ、原型をとどめているものは少なかった。
更には多くのゴミが捨てられており、墓石の中にはカラースプレーで派手に落書きされているものもあった。
「心霊スポットめぐりとは、いい趣味といえんな」
本来なら霊園であるはずの入口で、一人の少年がぼやいた。
「おやおや桐谷くん、僕は真剣ですよ」
崩れた墓石からは目を離さずに、少年……桐谷へと答える。
「僕は『死霊使い』ですから、手駒は「現地」から採用しないとだめなんですよ」
「だからといって……これで四件目だぞ」
「品定めをもっときちっと、しないといけません」
自殺の名所であった滝壺や、事故多発地帯の踏切、廃墟となった病院を巡り歩いては、高橋はその場でじっとしているだけだった。
「ふん。幽霊なんぞどこにでもいるだろう。適当に見繕えば……」
「……生前は、合戦でそれなりに活躍した武士でした」
うんざりした様子の桐谷の声を遮って言う高橋は、笑ってはいなかった。
「僕なりに選んでいた手駒でしたが……彼は。飛八巳影は、あっさりとそれを撃破した」
かすかに、高橋の唇がつり上がった。
「……少し、イラッと来ましたよ」
「……」
「次は、もっと丁寧な手駒を用意したいものでしてね」
□□□
「はぁ……ふぅ」
崩れ落ちていく髑髏の武者を前に、巳影は大きく息をついた。
「へえ、発火能力か何か? まあ深くは追求しないけど、すごい手札もってるじゃん」
「……。まあ、そんなところ。それより……強さを設定できるって言ってたけど、今以上に強い相手にできる?」
「もちろん。攻撃力、防御力、スピード、好きに設定できるよ」
空から返ってきた答えに、巳影は「よし」とつぶやいて拳を握る。
「もっと敵の強さを上げてくれ。少しでも……ものにしなきゃ」
腕には、拳にはいつもの馴染のバンテージが巻かれていた。そこに宿る熱に、手応えを感じる。
「おーけー。じゃあ一段階強いバージョン、出すよ」
再び何もない空間に現れた闇が、髑髏の武者を形どった。それに巳影は拳を固く握り、息を整える。
(少しでも長い時間……『ベタニア』の力を引き出せるようにしないと!)