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16:アテンション

(何だ、あの鎖は……)

 目の前の少女の目を覆うように巻き付けられた、重々しい鎖を見て、巳影は妙な不快感を覚えていた。

「くふふ。いいリアクション。その青ざめた顔……くふふ」

 見えている、のだろうか。少女は……樹坂帆夏は不気味な笑みを浮かべていた。しかし、頭ごと巻き付いた鎖には隙間はなく、覗くようなことができるとは思えない。

「帆夏、無事か!……って、なんで先回りしとんねん巳影」

 バタンと音を立ててドアを開け、ししろと切子がなだれ込んできた。困惑する様子のししろだったが、説明がほしいのは巳影本人の方だった。

「やっほー、しぃ。彼は私が招いたんよ」

 ししろに向けて、帆夏はひらひらと手を降ってみせた。

「招いたって……」

「使い捨ての結界の試作品をね。防犯ブザー代わりにはなるかなって。以前切子ちゃんからもらったやつだよ」

 帆夏はししろの隣にいた切子にも、軽いノリで手を振る。切子は「そういえば……」と顔を少し赤くして、ナイフをミリタリージャケットの内側へとしまい込んだ。

「そ、それはともかく、なんで返事もせんかったんや! 心配したんやで!」

「今ゲームの配信中だったんだよぉ~。ヘッドホン着けてたから、チャイムは聞こえなかったし」

 詰め寄るししろに、帆夏は口をとがらせ抗議する。その様子を見ていた巳影は、そっと切子の側により、

「……あの、彼女は一体どういう人なんです……?」

 確か体が弱く、目も不自由で家を出られず。だが巳影が話だけで抱いていた印象とは、180度も違う様子であった。

「ああ、ごめんね説明不足で……まあ、帆夏ちゃんは一言でいうと」

 まだししろとやいのやいのと言い合っている帆夏を見て、苦笑した。

「変人、かな?」

「……変……」



「へえ、あの高橋京極が」

 事情を一通り説明した後、帆夏は気のない返事を返しただけだった。

「にしても、しぃは相変わらず心配性だなぁ」

「……ま、まあウチも冷静さを欠いてたしな……今回は言い訳できへんわ……」

「でも。これからホトトギス……高橋京極の襲撃の可能性が出てきたんだ。対策を立てないとね」

 出してもらった座布団の上に座り、ししろと切子は話を進めていく。

 一方。

「……あ」

 コミカルな電子音が、大きなテレビから鳴った。

「えー、また死んだのー? 一体第一ステージでどれだけ手こずる気なのさぁ」

「そ、そんなこと言ったって……」

 巳影はというと、帆夏がネット配信で行うはずだったアクションゲームに取り組んでいた。しかし、ほぼ毎回最初の簡単なギミックに引っかかり、何度もゲームオーバーになっていた。

「下手くそ。そこはジャンプして……違う走っちゃだめ! って、あーあまた死んじゃった」

「うう、なぜこんなことに……」

 涙目になってチラリと切子やししろにヘルプの視線を送るが、二人は肩をすくめて苦い顔をするだけだった。

「大体こんなゲーム、誰でもやってるでしょ。なんでそんなにできないの?」

「そう言うけど、テレビゲームはほとんどやったことがないんだ……」

 何度目ものゲームオーバー画面になり、巳影はうなだれた。

「へえ、珍しい。今どきゲームのビギナーか。子供なら誰でも一度はプレイして……ん?」

 言葉を途切れさせ、鎖で閉じた顔を、巳影に近づけた。

「……え、何……」

「……。ごめん、今の発言は取り消すわ。私のデリカシーが足りなかった」

「……は、はあ……」

 素直に謝られ、巳影はきょとんとする。しかし、なぜ謝られたのかがよく分からなかった。

「じゃ、ゲームはいいからさ。台所に行ってお茶取ってきて」

「え、俺?」

「君以外いないでしょ」

「い、いや、なぜ……」

「配信を邪魔されたんだよぉ。私の動画配信、どれぐらい「客」がいると思ってんの」

 なぜかデコピンまで受けて、巳影は腑に落ちないまま勝手のわからない家で、お茶を汲むこととなった。

「ひとまずは高橋京極対策だけど……私の結界だけじゃ手薄すぎる。もともと専門家ってわけでもないし」

「んー、どうしようかなぁー」

 切子の言葉に、さして気にもとめない素振りの帆夏は、巳影が持ってきたお茶を一口含み、

「よし。えっと……そこの飛八巳影くん」

「え、まだ何か」

 うんざりしながらも、ふと巳影は眉を寄せた。

(……俺、名乗ったかな……)

 自己紹介もままならない流れだったが。それとも、ししろや切子から名前で呼ばれたのを覚えていたのだろうか。

「今日から飛八くん、私の護衛ね。しっかしぬるいお茶だなー。氷くらい入れなよ」

「いや、人の家の冷蔵庫を勝手にいじるのも……はぁ!? 護衛!?」

「そ。用心棒。か弱い私を、守ってね。くふふ」

 妙に体をくねらせ、わざとらしい声で帆夏は笑った。

「用心棒って……勝手にそんな!」

「だって私は格闘もできない有り様ですから。この通り」

「いや理屈じゃなくて! 守るのはもちろん協力するけど、い、いつどこで高橋京極の襲撃があるかなんて、わからないし……」

「じゃあこの家に住み込みして守ってよ」

 後ろでししろがお茶を吹いた。

「ちょ、ちょい待ちぃ帆夏! この家あんたしかおらんやんけ!」

「だから護衛を頼んだんだけど」

「そうやない! と、年頃の男と女が一つ屋根の下ってことやややろ!」

「……。わぁお、しぃってば発想がピンクねえ」

「はたくぞしばくぞどつくぞ!」

 本当にはたきかねないししろを、切子が羽交い締めして抑えている。

「でも、私は賛成かな」

「切子!?」

「巳影くんはそんな間違い犯す子じゃないよ」

 ニコリと巳影に微笑みかける切子。

「あの。俺の拒否権とかは」

「あ、ひどーい。私が襲われてもいいのぉ? それともプロゲーマーの配信がどれだけの収益を生むか知ってのいけずぅ?」

 具体的には。と帆夏はスマートフォンで電卓アプリを出し、計算した数字を見せる。

「嫌ならせめて広告料ぐらいは払ってよね」

「う、うおおお……」

 見たこともない金額に、巳影は涙ながらに崩れ落ちた。

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