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159:饒舌な黙示録

『なるほど。天宮くんの計画は、もう最終段階に入っているんだね』

 切子は今までの経緯をひとまず、このモニターの中にいる男へと話した。その間、目が徐々に闇に慣れていき、周囲の状態を目視で確認できるようになっていた。

 様々なディスプレイに計算機器、コンソールパネル。奥にはかなり広く作られた空間がぽっかりと開いている。だが、天井は、床は、壁は。様々な機器とともに焼け焦げ、灰をかぶり、中にはゆがんでいる柱も見えた。まるでこの室内で爆発でも起こったかのような荒れ具合だった。

『あとは条件をそろえ……『輝夜』を呼び出すだけ、か』

「阻止したい。手はないか」

 うなるモニターの中の声に、比嘉葵は端的に問うた。

『できることは限られているだろう。残された独立執行印の死守と、何より手っ取り早いのは……天宮くんを先に殺害してしまう、という方法だ』

「……できるならやっている」

 比嘉葵は苦虫を嚙み潰したような顔で言う。モニターの中の声はそれにカラカラと笑った。そのやり取りを横で見ていた切子はしばし考えた後で「横から失礼しますが」と前置きを作って、モニターの中へ疑問を投げ込んだ。

「その天宮一式という人物……何者なのですか」

 百年以上も前の記録から、老いることなく若い姿でい続ける……それだけでも驚異的な人物である。

『天宮くんか……。何者かと問われれば、こう答えるしかないかな』

 わざとらしい口調で前置きしてから、モニターの中の声は口角をつり上げているような声で答えた。

『『星の観測者(スターゲイザー)』……というところかね』

「……真面目に聞いているのですが」

『はははは、すまんすまん。ロマンチックな話はお嫌いかい?』

 切子の声にモニターからは悪びれない声が返ってくる。だが声はさらに続けた。

『しかし事実だよ。『輝夜』に魅入られた彼は、どこまでも、どんな形になってでも、『輝夜』とともにあろうとする。それはこの地球という惑星を代償にしても、だ』

 『輝夜』の降臨……それは地球の崩壊を意味するのだが、切子はその時点で現実味を感じられていなかった。危機感はあれど、実態がつかめていない。その曖昧模糊さは、天宮という人物にも通じている。今となっては、人間であるかどうかも怪しい。つかみどころがなさすぎるのだ。

『僕の推測でよければお話しようか? 天宮一式、彼の正体を』

 モニターの言葉に切子は無言でうなずく。

『まずは状況を整理しようか。彼の目的は『輝夜』の降臨なのだが……それ以前に一度この『輝夜』なる存在と会っているという。現れれば地球が崩壊しかねない存在だけど……表にも裏にも、そんな危機的状況にあったという記録はない。これだけの存在だというのに、何一つない、というのは不自然すぎる。しかし、()()()で記録されていたとしたら』

 モニターの声は少し間をおいてつづけた。

『君は……『竹取物語』というおとぎ話をご存じかな』

 かすかに。薄暗い元研究室である室内の空気が一瞬で凝固したものへと変わる。

『竹取の翁がかぐや姫を見つけ、育て、やがて月へと帰るお話……。僕が思うに、この時なんじゃないかな。天宮くんが『輝夜』と初めて出会ったのは』

 まさか。苦笑すら添えて否定しようとした。いくら何でも、話が飛躍しすぎている。おとぎ話がSF作品の解釈を持ってしまったようなものだ。それに、『竹取物語』の劇中は奈良時代とどこかで聞いた覚えがある。年表でカウントするなら、日本の起源とされる旧石器時代から数えた方が近い時代だ。

 しかし。しかし。切子はそれを一笑に付すことはできなかった。それどころか、ねばついた嫌な汗が額から浮き出し、背中には身をこわばらせる寒気が走っていた。

 天宮一式の存在は明治時代から確認されていた。だが彼はそれよりももっと早く。千年以上も昔から、存在していた……?

『もちろん、根拠は何一つない。僕の推測だと言ったろう? 自分でも現実離れしすぎていると思う考えだ。しかし現に彼は今。軽く百年の時間をまたいで存在しているよね』

「……」

 切子は何も言い返せず、ただ不快に感じ入る汗をぬぐうことだけしかできずにいた。

『しかし身体的なスペックは、まごうことなく人間だ。健康診断と称して色々調べてみたが、彼の肉体は平均的な青年のそれだったよ。血も臓器も健康体であり、他の人間と変わらない』

 いっそすべて不明であれば、どれだけ気が楽だったか、と声は付け加えた。

『しかしそんな正体不明の彼への対抗手段ならば存在する。『星撃』……つまりは獣の存在だよ。それは星の毒素を解決する自浄作用とも言える。『輝夜』を……天宮くんの企てを撃てるのは獣の力だけだ』

 切子も、隣で聞いている比嘉葵も言葉を挟めない。口を開いたとしても、言葉だけでは真実に届く気もしなかった。

『今にして思えば、獣の研究……『荊冠計画』は単に兵器を作るという意味ではなく、敵となるであろう存在の獣をよりよく知るための過程でしかないのでは……と思ったりするよ』

 モニターの声は、少し疲れを感じさせたものになっていた。

 そこへ、比嘉葵が一歩前に踏みだして言った。

「その獣に関するデータがほしい。今から用意してもらえるか」

 比嘉葵の手には小柄なUSBスティックが握られていた。

『分かった。だがまとめるのに少し時間がかかる、しばらく待っていてくれ』

 そう言うと、モニターはレトロなデスクトップパソコンの画面へと切り替わり、ファイルの抽出作業を開始した。

「比嘉さん……」

「頭がこんがらがってるのは私も同じだ。だが今はやれることを見つけ、つぶせるものは確実につぶす。微細なものになろうが、それだけが前進になる。一つ一つやっていくしかない」

 そう言う横顔にはやはり疲れの色が伺えた。だが、目は諦観の念を宿していない。今必要なのは、ただひたすら動くための根気、ということだろう。

 切子がふと顔を上げた時、モニター画面は作業中をしめしながらも男の声を吐きだした。

『データを用意するがてら、待ってる間に獣について簡単に話そう。分かってる範囲のことだけどね』

「獣について?」

 切子の言葉にモニターの声は、画面に「残り時間:一時間以上」と表記させた。かなりの量のデータを抽出しているようだ。

『今後の何らかのヒントになるかもね。例えば……オリジンクラス。この計画の諸元となった獣のお話とかね』


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