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156:冷えた一手に熱は惑う

 毒素、という言葉を切子は何度でも頭の中で考える。

 『茨の会』が語った、彼らの最終目的……『輝夜』と呼ばれる存在を呼び出すこと。そのために必要なのが、毒素である。

 かつての『土萩村』に蔓延した狂気は毒素となって土地に沁み込み、『輝夜』なる存在の復活を促す作用を引き起こす。その際生まれる星の自浄作用が……獣と呼称された、人知を超える力を持つ存在。

 すさまじい戦闘力を誇り、戦い方はまさに猛り荒ぶる獣そのものだった。

 そして、そんなものを人間に融合させ、生まれたものが鬼と呼んでいた者の正体だった。

 事の仕切りは、新山堅郷率いる土萩町と……『茨の会』。旧日本軍に所属していた『月輝ル夜ノ部隊』が前身の、天宮一式が率いる『土萩村』の土壌を利用しようとする組織。

 これらの情報の中で怪訝になるものは……やはり獣という存在だった。

 来間の言葉を信じるのなら、三体の獣を保有していたことになる。だがそのうち一つは飛八巳影の中に宿り、もう一つは凍結。

 そして人体へと宿ったもの……。憶測になるが、それは鬼と呼ばれる存在へと変わったのではないだろうか。それがどこへ行ったのかはわからない。だが、話の流れで考えるに、獣と人間を適合させ鬼を生むというのであれば、飛八巳影も鬼になる条件を満たしていることとなる。

 これまで遭遇してきた、厄災の象徴として鬼とされ封じられてきた者たちを改めて振り返る。どれもが異形であり人ならざる形をしていた。そしてそれは概念のような存在であり、一つの鬼が復活するたびに、かつて土萩村が纏っていたという狂気がこの町に舞い降り、積み重なっていく。

 復活した鬼は、誰もが獣と融合されていたことになる。おぞましい姿だけでなく、超常的な力を持ち、猛威を振るった。その力の源は、獣から来ているのだろう。

 そこで生まれる疑問は、当時の土萩村……『月輝ル夜ノ部隊』は、どのようにして獣を管轄していたのだろう、というものだ。

 あれだけの力を持つものを、実験材料のように扱う。こればかりは、想像がつかなかった。

 獣が自ら進んで実験材料となったのか、それとも力ずくで取り押さえでもしたのか。だが、確実な安全な基盤が完成してない限り、研究も実験もままならないだろう。

 さらに具体的なことを考えるなら。獣とはどのようにしてこの世へと現れるのか。少なくとも、『月輝ル夜ノ部隊』はそれらを把握していたはずだ。

 まだわからないことが多い。切子は自分の考えをまとめたレポートを閉じ、パソコンの電源を落とした。小さく息をついて、後ろへと体を向けた。

 1Kの室内にはあまり物はない、殺風景な部屋だった。シングルベッドと最低限のことしかこなせないパソコン。冷蔵庫も一人暮らし用で小さなサイズのものである。

 同じ年ごろの少女ならば、もう少しにぎやかでもいいかもしれないが、切子はいまいち食指が動かなかった。それに必要のないものだろう。でなければ、天井と床に描かれた魔法陣のような結界装置には似合わない。部屋の壁へ均等に張られている札もまた、異様さを出してしまうだけである。

 室内の中央にして、魔法陣が書かれた中央に横たわる巳影は、くぐもった声を口にした。意識が戻ったようだ。

「……う……っと、あれ……?」

「ここは私の部屋だよ、巳影くん」

 体を起こし、寝ぼけ眼のまま周りを見て小首をかしげる巳影は、パソコンを背に椅子に座った切子へと向き直ろうとし、また倒れてしまう。

「いたたっ……え、ええ?」

 後ろ手で巳影の両手は拘束されている。足は縛っていないものの、腕が後ろで固定されていれば動きにくくもなるだろう。芋虫のようになった巳影は、まだ混乱の中にいた。どういうことか、戸惑いをあらわにし、説明と助けを求めるように切子へ目を向ける。

「簡単に言うと、私が君を病院から拉致してきた。目的は私たちの安全のためと君の力……獣の力を封じて『茨の会』に悪用されないために、ここで軟禁することにしたの。私の独断でね」

 さらりと言った切子の目には、冷たく固い壁のようなものが見て取れた。それは体感温度さえ冷え込ませるような、感情が一切見えない冷徹な相貌だった。

 言われた巳影はただ唖然としていた。口を開くのにも、長い沈黙を挟んでからになった。

「……どう、して……ですか」

 巳影の声はかすれていた。動揺し、狼狽し、もがこうともしない。

「どうもこうも。話した通りだよ。君の力が危険だから、閉じ込めておくの」

 それに切子は、端的な言葉だけで返した。

「俺が……危険?」

「自覚はない? 獣としての力を使っているときの君は、私たちの知る君じゃなかった。その牙が私たちに向けられる可能性がある限り、その手枷をつけてもらう」

「……っ!?」

 巳影の手を縛っているものは、棘が多くついた蔦のようなものだった。それが薄い光を放ち、天井と床に描かれた魔法陣が同調して光り始める。その淡い光に包まれた巳影は、起こしていた上体を力なく床へ落とした。

「あらゆる「力」をカットする結界だよ。本来私なんかが使えるものじゃないけど、条件次第で作って維持することもできるの」

 椅子から立ち上がり、床に伏す巳影の前でしゃがみ込む。巳影は体を起こそうとしていたが声も出せない状態となり、視線だけを切子に向ける。

 その目はやはり、戸惑いと困惑、そして何故……という、切子への信頼が崩れかけている目であり、それを見つ返す切子の瞳には、何の感情も浮かべられていなかった。

「ごめんね。私は第二の独立執行印の封印管理者でもあり、この町を守るための傭兵でもあるんだ」

 切子の手が、そっと巳影の瞼を撫でた。目を閉じた巳影からは、静かな寝息が聞こえてくる。

「君は戦士に向いていない。未熟で無垢で、誰かの痛みのために戦えるから」

 眠りについた巳影に、そっと毛布をかけた。

「ことが終わるまでここにいて。この結界の中なら、飲まず食わずでも生きられる」

 巳影につぶやいた後、切子はミリタリージャケットを羽織り部屋を出た。薄暗い室内には、結界が放つ淡い光だけが残されていた。


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