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154:熱暴走、さらに加速

 空は薄暗く、さえない天気が続いていた。六月に入ろうという、蒸し暑さを少し肌に感じ始める季節は陽の光を遠ざけているように思えた。

 神木は駅前の書店から出た後、横断幕を掲げて並ぶ人の列を目にする。

『土萩の地に自由を! 鬼の魔の手を打ち破ろう!』

『今こそ結束を! 力を合わせて鬼退治!』

 それらを横目にしつつ、声高らかに演説を行う青年の声に耳だけを傾けた。

「古くから伝えられていた鬼の脅威に、今こそ町の人間が全員で立ち向かわなければなりません! これは、真の平和を勝ち取るための、我々だけの革命なのです!」

 夕方。演説に聞き入る人間は様々だった。学生、仕事帰りの社会人、商店街の店主たち。それらはまるで勝どきを上げるかの如く、演説者の呼びかけに強いコールで応えていた。

 ポケットに入れていたスマートフォンが鳴る。

「もしもし。……そうですか、ありがとうございます。今すぐ向かいます」

 電話は『萩ノ院診療所』からだった。飛八巳影が、目を覚ましたという。神木は離れたコインパーキングに停めてある愛車へと急いだ。



 病室には相澤ししろ、柊切子。神木の弟である神木紫雨と椅子に座る樹坂帆夏がそろっていた。

「あ、先生」

 ベッドの上で身を起こしている巳影はぺこりと頭を下げた。声は元気そうに聞こえるが、まだ顔色が優れない。無理もないだろう、新山堅郷との戦いから彼は三日三晩眠り続けていたのだから。

 細い腕には点滴がつながれている。傷を覆う包帯など、見ていて痛々しい。

「まだ寝ていた方がいいんじゃないのか?」

「大丈夫ですよ。それにいつまでも休んでいられません」

 笑顔から表情を引き締めて言う。どうやら、今の町の様子は知っているらしい。

「爺がおらんようになっても、町の人間の意識に変化はない……どうやら、もうこの土地というか、町自体が()()()()()……勢いは衰えるどころか、ボルテージはさらに上がっとる」

 ししろが疲れを見せる顔で言う。それに帆夏も力なくうなずいた。

「うん……この雰囲気と、何より町全体からあの異界……『土萩村』の色にだんだんと近づいているように見える」

 いつも朗らかな帆夏も、笑みを浮かべる余裕はない様子だった。

「このまま熱だけが膨れ上がったら、何をきっかけに人々が暴徒と化しておかしない。……いや、それどころか人間でいられるかどうかも……怪しい」

 うつむくししろの声は力がない。しかし、かけるべき言葉もない。気休めすら憚られるほどの重たい空気が、病室には満ちている。

「……ここまで町の人たちの意思が盛り上がってるのって……やっぱあの五重塔もどきがあるから、かな」

 紫雨が探るように言う。

「あれは人間を大口お化け……『月人』に変える工場で、結局それはまだ放置したままですよね」

 紫雨はドアに背を預け立っていた切子へと視線を向けた。その切子はどこか張り詰めた空気をまとっている。窓の外の空をにらむように眺め、小さくうなずいた。

「下手に破壊工作を施しても、どう爆発するかわからない……これ以上『月人』の母数が増えることはないだろうけど、早いうちに何とかしなければならないね」

 それと、とドアから背を離し、全員を見渡せる位置に立った切子はそれぞれの目を見ながら言う。

「先生が来てから報告するつもりだったことがあるの。できれば全員がそろってた方がよかったんだけど」

 誰もが怪訝に思った。前に立つ切子からは、変わることなく緊迫した気配をまとっている。

「な、何かな……あまりいいニュースではなさそうだけど」

 神木は思わず及び腰になりつつ言う。切子は一つうなずいて口を開いた。

「……残った二つの独立執行印……その封印の強度が弱まってるんです」

 全員の体に冷たい悪寒が走った。誰もがすぐに言葉を返すことはできずにいる。

「理由はおそらく……新山堅郷の死。あの人も裏表どちらの意味でも独立執行印を維持していなければならなかった……封印を結び、管理してきたうちの一人ですから。その魂までもが消えてしまえば、その分だけ封印は薄くなってしまいます」

 切子が口惜し気に奥歯を食いしばる。不甲斐なさと無力感が切子を包んでいるのだろう。だが、この結果は関係者ならだれでも想定すべき状況である。神木は切子の前に立ち、小さく首を横に振る。

「君だけのせいじゃない……僕たち全員の失態だ。正直……僕は言われるまで頭が回らなかったよ。でも、得心いった。今町がおかしくなり始めているのは、この独立執行印が緩んだことも強く影響してるんだ」

「だったら、さっさと強化しにいかないと……!」

 慌てだす紫雨だったが、切子は目を伏せて言う。

「できないんだ……第二の独立執行印には、水呪が張り付いてる。あれは独立執行印とは別の意思で動く一種の集合霊。完全な除霊は難しい上に、この町を包む空気でさらに凶暴性が増してるの」

「……マジっすか……じゃあ、手の出しようがない?」

 紫雨の顔色が青いものになっていく。強化を施す術はなく、しかし封印は緩んでいく……状況としては最悪の形であった。

 紫雨がしおれる様子を見て、巳影も自分が想像するよりもはるかに危機的な状態だということは理解できた。なら、そこからさらに事態は悪化しうる。

「じゃあ、そのうち鬼も出てくるってことですか……?」

「完全な形じゃないにしろ、出てくると思った方がいい」

 切子にまっすぐ視線を向けられ、巳影はさらに焦りを見せた。

「だったら……それを見逃す『茨の会』じゃない。連中は封印を解いて、町をめちゃくちゃにしようってんでしょ!? 獣だか星がどうとか、何かが降臨だとかよくわかりませんが……!」

「落ち着いて巳影くん。それは私も考えてる。だから、私たちにできることはこれ以上の事態悪化を防ぐこと」

 切子は巳影の瞳を見据えながら、ゆっくりとベッドの側まで歩いてきた。まっすぐ視線を向ける切子、巳影は思わず戸惑いの表情を浮かべた。

「『茨の会』の先手を阻止する意味で……巳影くん」

 切子の右手がそっと巳影の首元に伸び、その指に隠し持っていた小さな針を巳影の首筋へと打ち込んだ。

「……っ!?」

「……ごめんなさい。でも、あなたの存在も……十分な脅威を呼ぶの」

 耳元でつぶやかれる切子の声が、急速に遠のいていった。唖然とする仲間たちには何も言えず、巳影の意識は深い眠りへと落ちて言った。


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