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149:猛る獅子との決戦

 もぬけの殻になっていた新山邸には今、門の外にも見張りらしい黒服を着た男たちが立ち、近づくことが難しくなっていた。正門はもちろん、裏口や屋根つたいに移動することも厳しい。離れた位置で新山邸を観測する帆夏は双眼鏡を除きながら、口を横一文字に結んでいる。

『どないや、帆夏。入れそうな隙あるか?』

 イヤホンから聞こえるししろの声に、帆夏はため息で返す。

「うーん、正面突破は無理そうだねぇ」

 帆夏は力のない笑みを浮かべる。そして瞳に赤く浮かぶ文様越しに見る黒服たちは、人間の姿をしていなかった。うっすらと、異形の巨体が持つ「雰囲気」をまとっており、血走った眼からは「飢え」を感じ取ることができた。

「それに、黒服のお兄さんたちは()()みたいで……苛立ってるね。見つかればどうなるか……考えたくはないかな」

 通話は、各自別々の場所で新山邸の様子をうかがっている巳影たちにも届いていた。アプリで通話を共有し、黙り込んでしまう空気も共有してしまっている。

「それに屋敷の内部まで可視化できないんだ……結界みたいなのに覆われてる。新山のおじいさんがいるかどうか、断言はできないよ」

 忍び込むにしても、肝心の倒すべき大ボスがいなければ意味がない。

「これは一度引き返した方がいいと思う。改めて考えてから……」

 帆夏の言葉が途切れた。双眼鏡が、新山邸の立派な庭園へと向けられる。そこには、たくましい巨躯を持つ老人が一人。その老人は不敵な笑みを浮かべながらこちらに……覗く双眼鏡の奥にいる帆夏を見据えていた。

 帆夏は背筋に走った怖気で動けなくなる。体は本能が感じる恐怖でしびれ、思考も麻痺しかけていた。

「聞こえているな、こそこそと隠れている小僧ども」

 果たして、どんな仕掛けがあるのか。新山が口を開くと、それぞれのイヤホンに新山の声が流れ始めた。

「気付いていないとでも思ったか? 奇襲の隙を伺っているようだが……あまりにも粗末」

 鼻で笑うと新山は笑みを消し、すさまじい剣幕で空気を震わせる声を上げた。

「この首を取りたければ来るがいい! 『土萩村』で決着をつけようではないか……異界の地で、貴様らの企てを屠ってやるわ!」

 イヤホンからではなく、離れた新山邸から唸る轟音が体全体にぶつかり、響く衝撃は腹の底を強く震わせた。肌にはしびれるような空気の乱れが張り付き、喉の奥は一気に乾燥してしまう。

 それはとても人間が発することはできない質と規模の声だった。

『気圧されんな!』

 声を押し黙らせていたところに、ししろの力強い声が各々がつけるイヤホンに響いた。

『これは好機や! 厳重な警備からくそ爺を引っ張り出す苦労はなくなったんや、真っ向勝負で挑める! どっちにせよ激突は避けられへん……ならもう、開き直れ!』

 ししろの声まで把握されているのかはわからない。だが、双眼鏡の奥にまで視線を飛ばす新山は、不遜でありながら不敵に笑い、屋敷内へと戻っていった。双眼鏡から目を離し、帆夏は大きな息をついた。気が付けば、体は汗でびっしょりとぬれていた。

『異界には『帰らず小道』から入るで……いいな』

 もうこそこそとする必要はなくなった。あの警備をかいくぐる上での戦闘を考えるなら、直接対決となる方がストレスは減る……かもしれない。

「……けど、そうすんなりいくかなぁ……」

 帆夏は通話をいったん切り、ぼそりと一人つぶやいた。



□□□



 うす暗い赤色に染まった空の下、『異界』の空気は常に淀み、血生臭い腐臭が肌に張り付いてくる。この空気がかつて本当に実在していたという当時の『土萩村』は、どんな空間だったのだろう。口を開けばねばつく空気が入り込み、喉や鼻腔に血の味を残していく。

 こんな空間で、正気が保てるわけがない。歩きながら巳影は、暗く落ちていく気持ちに喝を入れようと深く息をついた。

 誰も言葉を発しようとしない。先頭を歩くししろと切子、そして清十郎の背中には、充実した気力がみなぎっているのが見て取れた。言い方を変えれば、すでに臨戦態勢に入っている。

 隣を歩く紫雨は、緊張からか顔をこわばらせている。その紫雨を挟んで歩く帆夏もまた、気を張ってぎこちない歩みを進めていた。

 後方には神木と蝶子が、全員を見渡せる位置取りで歩いてきている。思えば、全員で行動するのは初めてかもしれない。道中においては、神木が終始霊気の糸を蜘蛛の巣状に張り続け、不審な気配が来ないかと周囲をうかがっていた。その隣にいる蝶子もまた、手にはハンドベルを握り、すぐに動ける状態で着いてくる。

 やがて五重塔がそびえる駅前付近。いくつかの大きな影を見ることができた。近づいて確認するまでもない。筋肉の鎧を持った新山堅郷が、太い腕を組み、殺気立った目で歩いていく一行を見据えていた。

「待たせたか、くそ爺」

 距離にして十メートルほどか。立ち止まったししろは開幕とばかりに啖呵を切った。対して新山は口角をつり上げ喉の奥で低く笑う。

「相対する者の実力と、己の脆弱さを看過できん未熟者(ガキ)どもだ。待ってやるのが大人としての甲斐性だろう」

 新山がゆっくりと、組んだ腕をほどいていく。それだけで、場に張り詰めた緊張感は数段階も上に跳ね上がった。切子と清十郎は手にそれぞれの獲物を構え、ししろの前に立つ。巳影は前衛である清十郎たちをカバーするため、紫雨とアイコンタクトをかわした後、新山の横へと回り込んだ。紫雨も素早く動き、巳影と対になる形で離れた位置につき、戦闘態勢に入った。

 残った帆夏、神木と蝶子は前衛である三人の後ろに立ち、いつでも援護に入れるよう霊気の糸とハンドベルを構えた。帆夏は瞳に赤い文様を浮かばせ、注意深く新山の動向を捉える。

 巳影達のよどみのない動きを視界の端々でとらえながら、新山はさらに口元をつり上げた。

「ふん、来る前に示し合わせたか? だが所詮は烏合の衆だ。小細工ぐらい大目に見てやろう」

 節くれだった固い拳を握りしめると、新山もまた戦闘態勢に入った。足を肩幅に開いて聞き手の右拳を腰に添え、左腕を前に伸ばし、拳を突き出す。型としては空手の構えに近い。

(……強い)

 構えた新山からは、一切の隙を見出すことができなかった。それどころか、構えただけでこちらすべての人間を威圧する気迫に、誰もが固唾をのむ。

「いくぞ小童ども……新たに作られる世界に、貴様らは害悪でしかないのだ!」

 闘気の奔流。威圧感がうなりをあげて立ち昇り、肌をしびれさせる疾風となって吹き荒れた。

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