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140:幕間の愛憎劇

「……監督を選べるとしたら、もちろんジョージ・ルーカスかなぁ……」

 あはは、とから笑いをする巳影だったが、病室にいる清十郎と神木は三人同時に重たいため息をついた。

「現実味がわかないってのはわかる。そりゃいきなり星だの地球だのいいだされちゃな……」

 その日の夜。月が高く上がるころに、それぞれが見聞きした情報を共有するため巳影の病室を訪れた。旧街道からの情報は神木が代表して、あかね団地からの情報は清十郎が代表して持ってきた。

 他のメンバーも行くとのことだったが、正直疲労の色が強く見て取れた。明日も平常通り学校があるので、時間に融通の利く二人が報告役となり、今に至る。

「しかし……危機感は持った方がいいだろうね」

 重たい頭を持ち上げ、神木が言う。

「彼らの言うことの真偽はともかく、そうなるというスイッチがあるのなら、彼らは間違いなく躊躇なく、そのスイッチを押すだろうという危機感をね」

 神木の言葉に、巳影と清十郎は固唾をのんだ。危機感に関する説得力だけは持っている……『茨の会』とは今やその危険を持つ組織だと言えた。考え込んでいた巳影だが、ふと疑問が脳裏に沸いた。

「これらのこと、新山の人たちは知ってるんでしょうか」

 それには神木が難しい顔で答える。

「……どうかな。聞いたところで、話したところで、あの人たちが方向転換するとは思えないけど」

 新山たちの後ろについている『茨の会』だが、その目的は新山の描く目的とは別方向にある。『富国強兵』の影だけが、新山たちの後ろにあるものである。

「全貌が見えてくると……くそ爺どもも巻き込まれたってのがわかるな。体よく利用されてやがる」

 かといって許す気はねえが、と腕を組んで清十郎が荒い鼻息をはきだした。神木はため息をつきつつ、清十郎の言葉にうなずいて言う。

「そうだね。それだけに新山一派の動きにも注意が必要だ。現に町の空気は確実に変わってきている……まるで戦前だよ」

 神木の言葉には力がなかった。疲れている……その空気は、巳影も清十郎にもとりついて気を重くさせていた。



□□□



「……で、テンションが上がったままバイクを走らせていたら、ヘルメットを置いてきたことに気づかないまま、ネズミ捕りにあったというわけですか」

「も、申し訳ない……ついうっかりと」

 町中でのファミリーレストラン。高橋の向かいに座っている来間はしょぼくれた様子で頭を下げた。

「ああ、ずっと安全運転に気を付けていたゴールド免許だったのに……」

「見栄のための免許なんか持つもんじゃありません。いっそのこと免停にされればよかったのに」

 ドリンクバーから持ってきたアイスコーヒーをすすり、落ち込んでいる来間へと高橋はとどめを刺した。来間はぐうの音もでない様子だった。

「で、肝心の収穫は」

 高橋に聞かれて、来間はため息とともに両肩をすくめた。

「でも状況からして、飛八巳影の中にいるのは『プロメテウスの火』だと思う。じゃなければ飛八巳影の高い戦闘力に説明がつかない」

「それに関しては、僕も同意見です。確証が欲しかったところでしたが……もうこの問題はクリア済みとして進めることにしましょう」

「それで、新山のご老体の方はどうする」

 すっかりと冷めてしなびたポテトを口にくわえ、来間が言う。

「なんの変更もありませんよ。戦力としての『月人』は提供します。その『場』もね。ご老体たちには、政府のお相手をしてもらわないと。残念ながら僕らには、(まつりごと)に向いてる人材がいませんからね。天宮さんを含めて」

 すました顔で言う高橋に、来間は苦笑する。

「そういえば高橋さん、あんたの方の収穫は」

「僕の方の準備は整っています。あとは時が満ちるのを待つだけ」

「それは優秀なことで……」

 来間はちらりと横目で窓の外に見える月を見た。高く上り、常夜の黒の中で光るそれを見て、微笑を浮かべた。

「こうして平和にお月様を見上げることなんて、もうこの先ないなろうなぁ……」

 高橋が視線だけを来間の横顔に向ける。その顔には、言葉のような懐かしむような気配はない。目には刃が持つ光を宿している。その視線を向けられれば、切り裂かれてしまうのではないかと思うほどの鋭利さを持っていた。

「うずきますか?」

「もちろん。早く斬ってみたいさ……『土萩村』が生んだ血なまぐさいものをね」



□□□



 高くそびえる不動明王の木像は、天井に届く前に見通しのきかない濃い闇の中に消えていた。板張りの床に座り込み、文庫本のページをめくる天宮は背後に現れた気配へ「よう」と声をかける。

「もう体は大丈夫なのか、桐谷」

「十分休んだ。問題はない」

 木張りの部屋の四隅は、やはり見通せない闇で視界からは消えていた。薄暗い部屋にある光源は、床にポツンとおかれた置灯籠のみであった。

「それで桐谷よ。お前の中にいる獣はなんと言っている」

「……。お見通しか」

 天宮は小さく笑うと文庫本を閉じ、立ち上がった。

「俺はもう一度『輝夜』と逢う。そのために今まで行動してきた」

 穏やかな笑みを携えて言う天宮は、向かいに立つ桐谷に……桐谷の瞳の奥底にいる存在へと語りかけた。

「そこで今一度、獣としての意見を聞きたい」

 桐谷の表情は変わらない。だが、周囲を包む闇が、突如発生した冷気によって押さえつけられ、空気はきしむような音を立て始めた。

 口を開ければ、白い息へと変わる室内で、天宮は微笑を浮かべて言う。

「良い気迫だ。だが棘がないな。それは、答えは変わらないということでいいのか?」

 桐谷が口を開く。

「あなたの邪魔をするつもりはありません。私は星の罪を裁くこともないでしょう」

 それは少年の声とは程遠い、しわがれ、掠れ、そして男とも女とも取れない合成音のような声であった。

「ですが……アレは違う動きを見せるはずです」

「『プロメテウスの火』か」

 桐谷の姿をしたものが、静かにうなずく。

「だから、アレを抹殺する権利を、私に預けてもらいたい」

「同じ獣同士だというのに、物騒なことを言うな」

 空気が、空気中に含まれる水分が凝結し、ひび割れていく音が天宮を包み込んだ。

「私はアレを許さない。アレも私を許さないでしょう。我々は互いに、仇なのです」

 それは、凍てつく谷底から響くような声だった。

「愛すべき彼女を失った我々は、憎しみあうしかないのです」

 温度が奪われた獣の声には、それに見合わない憎悪の念が渦巻いていた。

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