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14:竜宮真鏡

「何、かな……?」

「朝練です」

「お、オカルト研で?」

 まだ朝もや残る早朝。陽の光は弱く、曇り空が広がる空の下は、ひんやりとした空気だった。巳影はあくびを噛み殺し、先輩二人……白いセダンを挟むよう立っている切子とししろを見やり、眠たい目を擦る。

 職員専用の駐車場にて、一番はじめに入ってきた白いセダンの主は、顔をひきつらせてそろりと車から降りた。両サイドを切子とししろに固められて降りる様は、ゲリラ組織に連行される人質のようにも見えた。

「おはようございます、神木先生」

「お、おはよう飛八くん……あの、何事?」

「いえ……自分も何故かついさっき「朝練やる」と呼ばれたばかりで、何のことだか……」

 怯えて腰が引けている担任教師、神木は、まだウトウトしている巳影の声を聞いて、一つため息を着いた。

「そ、そうか……君もオカルト研に入った、ということは……」

 ちらりと視線だけを隣にいる切子に向けた。

「事情を知ってます。体験もしています。なので、ご説明していただきたく、参りました」

「……朝の六時前だよ」

「冗談はともかく」

 ぱんと両手をあわせ、グダグダな流れを切ったししろは、神木の前に回り込んで言った。

「人が集まってからやと、何かと都合悪いですから。話、聞くには」

「あの……その話も何もかもが見えないんですが……。何故、神木先生を捕まえたんです?」

 朝の冷たさでようやく目が冷めてきた巳影は、あくびを噛み殺しながら言った。

 それに答えたのは、当の神木自身であった。

「それはね……。僕が『帰らず小道』の封印管理者だから、だよ」

 あくびで開いた口が、そのままで固まった。



「僕の方からも連絡は受けている。昨日確かに……封印の『不正使用』があった」

 場所をオカルト研の部室に変え、淹れてもらった茶を前に、神木は苦々しい顔で話した。

「今朝はそのことなんだろう?」

「そうなんですけど……何だか、信じられないというか、実感がわかないというか」

 神木の向かい側に座っていた巳影は、すっかり目の覚めた顔つきでお茶をすすっていた。本日は緑茶だった。

「昨日の夜。巳影くんが高橋京極に襲撃を受けた」

 切子の言葉に、神木の眉が片方だけ跳ね上がった。

「その際……『帰らず小道』に巳影くんが閉じ込められた。時刻はおよそ二十時半すぎ。心当たりはないですか、先生」

「その時刻なら……なるほど」

 頷くと、湯呑みを置いて、視線もお茶の中に残したままつぶやくように言った。

「封印を守る結界に一瞬、エラーが起きたんだ。ほんの些細な……誤差の範囲といえる時間。でも、時刻は柊くんの言った頃と同じであり……間違いない。高橋京極は、何らかの手段でハッキングを仕掛けてきたんだろうね」

「封印を守る結界に、ハッキング……?」

 巳影は小首をかしげる。分かるような、分からないような例えであった。

「それができるんだ、高橋京極なら。一瞬だけとはいえ、機能を乗っ取り限定的に使用することも可能だろう」

 声は確信を持ったもので、揺るぎない。巳影は言い切った神木を、まじまじと見つめていた。端正で整った顔つき。細身の長身で、女子生徒には人気があると誰かに聞いたような記憶がある。

 だがそんな情報よりも、神木の顔を見ていると、何かがチラついてくる……デジャヴのような感覚にとらわれていた。

「先生は……あの高橋って人のことを知っているんですか」

 巳影がそう言うと、神木は苦笑する。

「まあ、知ってるよ。……従兄弟、だからね」

「……い、従兄弟!?」

「小さい頃はよく一緒に遊んださ」

 驚いた巳影のリアクションが面白かったのか、神木は笑顔で言う。

「僕の家は古く続く神社をやっててね。子供の頃から、高橋京極は優れた霊感や感性を持っていた。よく一緒に座禅を組んで、僕が決まって先に音を上げていたよ」

「じゃ、じゃあ先生も、すごい力を……」

 巳影の言葉に、神木はまた苦笑……いや、自嘲の笑みを浮かべて首を横に振る。

「僕はてんで駄目だった。一緒に神主修行をしてた仲だけど、彼は群を抜いていた」

 神木は、湯呑みの中に映った自分を見つめていた。

「僕らが中学生になる頃……彼は突然姿をくらませた。町は騒然となったよ。百年に一度の天才がいなくなったってね。そして最近……霊媒師だなんて名乗って帰ってくる始末だ。町は歓迎ムード一色になった」

「それで……あの人を疑う方はいなかったわけですか」

 コントのような詐欺まがい行為があっさりとまかり通り、好き勝手しているという高橋京極の足の軽さの理由がわかった気がした。

「でも、封印に……『独立執行印』に手を出すのは、やりすぎだ。悪戯なんてもので済むレベルじゃない」

 神木から笑みが消え、厳しい顔つきになった。

「一体、何が目的で『独立執行印』に手を出したのか……」

「それなんですけど、センセに聞きたいことがあったんです」

 聞き役に回っていたししろが顔を上げ、手にしていた湯呑みをちゃぶ台に置いた。

「その『独立執行印』……悪用したとしたら、どんなことが可能になると思います?」

「……寒気のする質問だね……しかし、質問がちょっとざっくりしすぎているかな。それだと答えきれない」

「例えば……「化け物」を作ること、とか」

 ししろのつぶやきに、神木は眉をひそめた。

「……「化け物」……か」

 一瞬だけ、神木の視線が巳影を射抜いた。それに巳影は固い呼吸をなんとか飲み干す。

「その「化け物」の解釈次第だけど、不可能じゃないと思う。どの『独立執行印』をひっくり返しても。作るというより、呼び出す……かな」

 鬼。その単語が巳影の脳裏に走った。『独立執行印』は、「危険な鬼」を封印したものだと。

「僕から見れば……「鬼」も十分「化け物」だけどね」

 何かの符号が、見えないところで結びついていく。

「呼び出す、というのなら……取り立ててわかりやすい『独立執行印』でいうと『竜宮(りゅうぐう)真鏡(しんきょう)』がそれにあたるだろうか」

 『竜宮真鏡』という具体的な名前が出たことで、ししろはハッと息を呑んだ。それを妙に思いつつも、巳影は疑問を神木に投げかけた。

「先生……それはどういうものなんですか」

「名前通り、鏡さ。「隠れた悪性」を映し出す真実の鏡だ。邪が鏡に映れば、どんなに精密に化けていても、本来の姿を見抜き、暴き出す鏡なんだ。ただ……聞いていると思うが、使われたのは……()()()()()()()で、だ。その意味……分かるね」

 神木の問に、巳影は奥歯を噛み締めた。

「暴かれた鬼は、鏡の中に吸い込まれ、閉じ込められるとされている。もし高橋京極が『独立執行印』をどうにかしようというのなら……化け物を出そうというのなら、一番狙い目なのはこの『竜宮真鏡』だろう」

 神木の説明が終わると同時に、ししろがすくりと立ち上がった。

「センセ……今日は自主早退ってことで」

「ししろさん……?」

 巳影がつぶやくも、ししろはそれに答えることなく、そそくさと靴を履き部室を出て行った。

「……先生、巳影くんも連れて行きます」

 すぐに立ち上がったのは切子だった。すでに鞄を肩にかけ、靴を履きだしている。

「……君たちの担任の先生には、うまく言っておくよ」

 切子は一礼すると、巳影の手を引いて走り出した。

「き、切子さん!?」

「幼馴染なんだ、ししろの」

 小走りに廊下を移動しながら、すでに校門を出たししろを追う。

「封印序列第七位『竜宮真鏡』の封印管理者は、ししろの幼馴染。もし高橋に狙われたなら……とてもその子に自衛はできない」

 校舎を出た二人は、走る速度を上げた。

「その子……目が見えないから」

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