133:力の行方
「驚いたな。腕に足に穴が開いてたんだぞ、お前」
県境の山の麓にある、古い木造の病院『萩ノ院診療所』。玄関口前に設置された自販機の前で飲み物を何にしようか悩んでいた巳影へ、訪れた清十郎は呆れ半分で言った。
「もう動いていいんか。っていうか歩けんのか」
「歩くぐらいなら大丈夫です。走り回るのはまだ駄目ですが……」
清十郎も自販機でジュースを一つ買い、二人は巳影があてがわれた個室の病室へと移った。病室までの間、巳影は少し足を引きずりながらの移動だったが、日常生活に支障はないように見えた。
「ほれ、見舞いの品」
ベッドに腰かけた巳影へ、持ってきた手提げの紙袋を手渡す。
「おお、カステラだ! ありがとうございます!」
「金出したの俺だけじゃねえから、ほかの連中にも礼言っとけよ」
窓から入り込んでくる風が、午前中に残る冷えた空気を運んできた。時刻は午前十一時手前。
「んで。あれは何だったんだ」
音を鳴らすパイプ椅子を取り出し座った清十郎は、口を開くなりそう言った。清十郎の目は真剣なもので、言いよどんでいる巳影をまっすに映していた。
「ま、まあ……尋常じゃないって、思うのが普通ですよね……」
「俺らもなんつーか、変わり種の集まりになっちまったから感覚がマヒしてたんだけどよ……お前はただの発火能力者ってわけじゃねえな。本来ならそれだけで異常なんだが」
「……」
「あの力の出所……聞かせてもらえるか」
しばし黙った後で、巳影は視線を自分の手に落としたまま小さくうなずいた。
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「彼の中にいる、もう一つの魂……私はあえて触れなかった。怖かったから」
樹坂帆夏は自宅の自室、ゲーミングチェアに腰かけて、冷えたジュースを一口だけ飲む。巳影とは入れ違いで退院し、今は自宅療養の身だった。
向かいで座布団の上に座るししろは、腕を組んだまま神妙な面持ちでいた。
「しぃはどう見たの。尋常じゃないことは、判断ついたと思ってるけど」
「……正直、鬼の気配を感じ取ったのは昨日のことや。それまでの共闘で頼れる奴ぐらいには思っとった。でも……立ち入ることはせんかった。今思えば、ウチも聞いて返ってくる答えが怖かったんかもしれん」
自分の町の面倒ごとに巻き込んでおいて、ひどい話や、とししろは自嘲ぎみに笑う。
「でもあいつはあの「あかね団地事件」の生き残り……生き残っただけの理由があるはずやと、勝手に納得しとった。その真意を深く考えもせず」
うつむいたししろは、その後無言のままでいた。その間、帆夏は片手でキーボードをたたき、ししろからの言葉を待っていた。が、先に嘆息めいたため息で沈黙を破ったのは帆夏だった。
「私は、しぃの頼みでも調べないからね」
ぴくり、とうつむくししろの肩が揺れる。
「巳影っちから直接聞きなよ。自分で。それが筋だし……じゃないと、今腹の中に抱えてる妙な罪悪感は消えないよ」
「……かなわんな」
力ない笑みを浮かべ、ししろは顔を上げて息を一つついた。
「あえて真意に触れずに腫れもの扱いしてた自分がすっきりしないんでしょ? 臭い物には蓋の考え方じゃん」
「……今日ほど帆夏の言葉は刺さってまうわ……でも、せやからこそ相談しに来たんやし」
よっしゃ、と掛け声とともにししろは立ち上がる。
「あんたも来るか?」
「そりゃ行くでしょ。私も筋を通したいもん。……見て見ぬふりしてて、ごめんって言いたいもん」
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『いや、気にならないわけはないですよ……ですけど』
校舎裏の広場で、戸惑いを含んだ紫雨の声を聞く。切子はスマートフォンから聞こえる紫雨の言葉の続きを待った。
『都合よすぎません? 今まで戦力にしといて、鬼と同じ気配がしたから疑うって……僕は陰口が嫌いなんです。不満があったら直に言いますから』
「……紫雨ちゃんのそういうまっすぐなところ、素敵だと思う」
通話口の向こうで、紫雨は盛大にむせていた。
『と、ともかく……気になるなら、本人の口から直接聞くべきだと思います。不安と不満があるなら、それも本人に伝えた方が手っ取り早い』
「自分に正直なんだね……私は、少し怖いよ」
『なら、なおさらです。曖昧にしてうやむやにして、なにか解決しますか?』
「……」
『僕は学校が終わったら直接お見舞いがてら飛八さんに聞きに行きます。あの力は何なのか……何故鬼と同じ気配がしたのか。はっきりさせないと気が済みません』
授業があるんで、と紫雨は通話を切り上げた。切子はしばし空を眺めた後、「そうだね……」とつぶやき、校舎へと戻った。自分も学校が終わり次第、巳影のいる病院へと向かうことを心に決めて。
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「旧道トンネルの岩盤崩落事故……?」
「きっかけは、それかと。時期的に一致するんですよ」
お昼手前のカフェテラスで、ジャケット姿の天宮は小首をかしげた。向かいの席に座る高橋は続ける。
「一号の暴走事故が起こった後、近くにあったこのトンネルでの事故。一号が逃げ回った形跡は、その崩れ落ちたトンネルの内部で消えています」
「あの時のか……それで、一号がその少年……飛八巳影と融合した?」
「でしょうね。崩落事故で生き残ったのは、飛八巳影ただ一人。その後比嘉葵に引き取られています」
それで納得がいく、と高橋はカプチーノに口をつけつつ言う。
「彼から『星撃』の力を感じ取ったことも当然。彼の中には一号がいるのです。そしてなぜか協力関係にあり、一号の力を使いこなしている……四号のロスト、やっと説明がつきましたね」
高橋の言葉を聞いて、天宮は息を一つつくと、通りの歩道に目をやる。空は晴れていて、風も心地いい午前の空気だった。
そんな光景を眺めながら、ウインナーコーヒーのクリームを唇に乗せて、舌でなめた。
「一号というと……『諸元の火』か」
「ええ。通りで発火能力を使えるはずです。四号が一号を模しているとはいえ、破壊することは難しい……。戦闘力が高くなければ。おそらく一号の助力があったのでしょうね……そこで提案があるのですが」
にこりと笑って、高橋は声高らかに言った。
「あの飛八巳影くん……拉致して我々の研究材料になってもらうというのはどうです?」
天宮はふむ、とうなずく。
「新たな発見があるはずです。すべての鬼の始まりであるオリジンクラスを宿した人間の魂……どうなってるか興味はないですか?」