13:インターミッション
「ただの胡散臭い霊媒師……だけやないな。何があった」
巳影は二人に簡単に事の経緯を話した。『死霊使い』であること。不思議な空間に閉じ込められたこと。高橋と名乗った男が呼び出した死霊を、なんとかしのいだこと。力の……『ベタニア』の事ははぐらかす。
(今話しても、混乱させるだけだ……)
頭の中の獣も、そこには何も言わなかった。
「不可思議な空間に死霊……か。蓋を開けてみたら、お互いにとってとんでもないものが出てきたね」
一通りの説明を聞いた後に、切子が腕を組んでつぶやいた。
「君が閉じ込められた空間は、おそらく『帰らず小道』だよ。この町……いや、土萩村に伝わる因習の名残だ」
村、と言い直した後の「因習」という言葉に、巳影は嫌な予感を覚えた。
「それって……「鬼」とされた人たちと、関係が?」
「まあね。でも問題なのはそれ自体じゃないんだ。それを利用できたという事実が……」
そこまで言った切子は一端言葉を区切り、
「……まだ話の途中だったから、この際全部話しておくね。ししろが話していた土萩村でのこと。まだ続きがあるんだ」
巳影に向き直ると、切子は冷たさを感じるほどの尖った瞳で語りだした。
「村人たちが葬った「鬼」を祀る記念碑……その中でも「危険な鬼」を祀る『独立執行印』と呼ばれる、言葉どおりの『封印』が七つ、この町には存在する」
(危険な……鬼?)
訝しげに思ったが、ひとまず言葉の続きを無言で促した。
「さっき言った『帰らず小道』は七つの封印の一つなんだ。その小道は……「鬼の殺処分」に使われたとされている」
殺処分、という言葉に巳影は思わず息を呑んだ。
「現代ではもう封印され、通常の空間からは結界に包まれて隔離されている。基本的に封印の管理者以外、そこに出入りすることはできない」
「じゃ、じゃああの高橋という男は、その封印の管理者、というやつですか」
混乱しかけている巳影に、切子は黙って首を横に振った。
「その『帰らず小道』の封印管理者なら、ちゃんと別にいるの。なのに何故その封印を限定的とはいえ解除して使えたのか……でも、これで明らかになったことはある。あの男は、明らかに私やししろにとって、敵だということ」
覚えてる?と、地面に落ちていた投擲用のナイフを拾いながら切子が巳影に視線をよこした。
「私はあるものを守るために雇われたって。そのあるものっていうのは……七つの封印の一つなんだ」
「き、切子さんも……では、管理者というものですか……?」
「うん。外部からの雇われなんだけどね。私は完全に土萩村の関係者ってわけじゃないんだ。けど……」
切子は押し黙っていたししろに目をやった。自然と、巳影もししろへと向き直る。
「ししろさんも、封印を管理する人、ですか……」
「……ちょい、違うな。その封印を成したんが……ウチのご先祖さまや」
苦笑、というよりも、何故か自嘲めいた笑みを浮かべてししろが言う。
「ウチは代々、『独立執行印』を維持する巫女として続く家系の人間や」
「封印の維持……」
「細かいことはあとで話したる。けど、ウチにとっても『ホトトギス』は放っておけん奴になった。それが自分の探しとる『茨の会』の名を口にしたときた……どうやら見えてきたな」
手のひらに拳を打ち付け、ししろが唸る。
「その『茨の会』……ウチらの封印を悪用しようとしとる、かもしれん。例えば、『あかね団地事件』を引き起こした、とかな」
「……!」
まさか、という驚きに、巳影は言葉をなくす。
「正体不明の化け物なんてもん、どう見繕うたかわからんが、封印の力なんやったら……何が起こっても不思議やない」
「……それを行うのが……『茨の会』……!」
抜けかけていた力が、ふつふつと湧き上がってきた。拳を震わせ、手のひらが痛くなるほど強く力がこもった。
「問題は、そんなことをする目的だね。土萩村を使って、何をするつもりなのか」
切子が夜空を見上げながらつぶやいた。
風が凪ぐ。カサカサと雑木林が葉をこすり合わせて音を立て、熱の残り香を冷やしていった。