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127:帰らず小道の斬首人

 以前来たときは、夕暮れ色に染まる空だった記憶がある。

 だが今小道から見上げる空は、赤黒く濁り太陽の存在を確認することはできない。

 この『帰らず小道』に敷かれた砂利道を歩く一行は、自然と口を閉ざしていた。先頭を歩く神木と清十郎は前方や左右に気を配りながら歩いている。その足取りは慎重なもので、本日何回目かの「停止の合図」を後ろに続く巳影たちに手で出した。

 前方。まだ長く続く小道の端で、白く揺れる何かがうずくまっていた。

 それは髑髏にも見える白い顔と頭部を持ち、膨張していく自分の腕や指先などを抑え込んでいた。体躯はすでに成人男性の平均を超えた大きさになっており、服などは内側から膨れる筋肉により切り裂かれていた。

「また、か」

 立ち止まった清十郎は苦い顔をして言う。

「ああ……『月人』になりかけの魂だ。現実世界で変貌し、肉体と精神の乖離を起こしてる……」

 隣にいる神木はほぞをかむ思いでつぶやいた。よく見ると、その『月人』になりつつある体の輪郭はおぼろげで、奥に続く小道を透かして見せていた。

「さっきまで見てきたのと同じさ。『月人』に適応できなかった人の精神が、この小道に流れて来ている」

 『帰らず小道』を歩くこと十分以上。同じようなケースには二度遭遇している。

 『月人』と同じく、口は耳元まで裂け、前歯が大きく膨らみ肥大化していく。人間の頭のサイズを超えるほど大きくなった口に、細いままの首が耐え切れずに折れてしまった。だらりと膨張した頭部を地面に垂らし、倒れ込む。

 『月人』になれなかった人間は煙のようなものになり、赤く黒い空に登って消えていった。

「引き返すのなら、今だよ。もう普通じゃないってわかったはずだ。これ以上は……何が起こるかわからない」

 振り返り、神木はその場にいる全員に呼びかける。それに誰よりも早く異を唱えたのは、挙手して一歩前に出たししろだった。

「いや、かえって急がんといかんのとちゃいますか?」

「急ぐ……?」

「もう新山のくそ爺どもは、今まさに町の人を『月人』へ変えてるってことでしょう? それも通常空間ではない場所で。なら、それを阻止するためにも、今は可能性のある道はしらみつぶしにせんとあかんのちゃうかな」

 神木はししろの言葉に考え込む。しらみつぶしという表現は、今自分たちには何の有効打を打てるものがないということを示している。

「もう怪しげなもんは片っ端からやっていかんと。ウチらは贅沢言っとる場合やないんですから」

「そ、そうなんだけどね……」

 ししろに気圧されて、神木はわずかに下がる。そこへ畳みかけるよう、ししろがさらに一歩前に出た。

「大人やから責任もたんとあかんなんて、この非常時に言うとる場合ですか? 今は誰もが、何事にも、当事者や。町に住むもんとして、守りたい心を持つもんとして、そこに立場も何もあらへんのやないですか?」

「……そうまで言われちゃ、折れるしかないじゃないか」

 はぁ、とため息をついて神木は深くうなだれて肩を落とした。

「引率も大変っすね、センセー」

「ははは、胃が痛いよ」

 隣で笑う清十郎は、バシバシと神木の肩をたたく。それだけで今の神木は倒れてしまいそうだった。

 口角を引きつらせ、再び歩き出そうとした神木は、その顔をこわばらせた。

 それと同時に、和やかになっていた場の空気が、一瞬にして固いものへと変わる。

 音は、無音。風にそよぐ木の葉の音も聞こえない。足元に敷かれた砂利がこすり合わさる音すら、沼と化した沈黙の中に沈んでいく。

 先頭に立つ清十郎は、右手に一振りの蒼い太刀を出現させる。後ろでは切子がナイフを手にし、巳影はししろと紫雨をかばう立ち位置で、拳に炎を呼び起こした。

 薄暗い小道の中央。まるで通せんぼをする形で、一人の影が座り込んでいた。

 その影がいつからいたのか、誰もわからない。ただその影から放たれる圧力は音を殺し、その場にいる全員を臨戦態勢にした。異様な空気から伝わるものは、明らかな敵意と殺気だった。

 のっぺりとした体の表面は黒く、顔も影色で塗りつぶされている。まるでインクをかぶったかのような出で立ちは、夜の空よりも深い淵を思わせた。

 影は、片膝を立てて座っている。その肩には、一振りの刀がもたれていた。その刀に、清十郎は目つきを険しいものへと変えた。

「おめえら、下がっててくれ。どうやら、俺向けの相手らしい」

 肩越しに振り返って言う清十郎は、一歩前に出て太刀を握りなおした。いつでも動けるように膝を軽く曲げ、フットワークを作る準備をする。

 清十郎の意思……戦いの気配を察知したのか。影はおもむろに立ち上がり、握っていた刀を無造作に抜き放った。

 背筋を冷たくさせる風が吹く。

 影の身長はそれほど高いものではない。体躯も、見ての通りのものならば、平均的な体つきに見えた。

 抜いた刀を正眼に構え、影は清十郎へと切っ先を向ける。それに清十郎は太刀を下に構え、先端を地面に垂らす。

「あの影って……」

 空気が軋轢で圧迫されるほどの威圧感の中、巳影は影を凝視し声を漏らした。

 影からは、感じた覚えのある殺気を察することができた。そのインパクトは忘れようもない、古寺で来間堂助とぶつかり合った時の、清十郎が発した殺気にそっくりな波動であった。

 巳影の独り言にこたえるかのように、後ろから小さな声でししろがつぶやく。

「おそらくは、代々受け継がれてきた斬首人の……大場家の、ご先祖様の思念やろうな」

「たぶん、そうだろうね……これだけの異常事態の影響をうけては、もう何が起こっても不思議じゃないよ」

 前を清十郎に任せた神木は下がって、ししろの言葉を継いで口を開いた。

「出たのが斬られた鬼の怨念ならわかるけど……斬首人の影が出たことは、どういう意味になるんですか……?」

 にらみ合いを続けている清十郎の背中を見守りながら、巳影は眉をひそめた。

「まー、()()()()()してたらまともな精神じゃいられないっすよね」

 後ろで紫雨が気圧されつつも口を開く。

「外が狂ってるなら中も狂って、狂った中でさらに病んでる人がいたなら、その心の残滓はもう怨念みたいなもんでしょうよ」

 紫雨の言葉が終わるとほぼ同時に、清十郎と影は地面を蹴って互いの刀と太刀を深くかみ合わせ、ぶつかり合った。


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