12:因縁の浮上
遠くから、鐘が鳴る音が聞こえる。
(……)
人ならざる者が、自分の名前を呼んでいる気がする。
(……うるさい)
誰かが話しかけてくる。
(……うるさい。うるさい)
手が熱い。腕が熱い。燃えているようだ。
(……ああ、苛々する)
視界には赤い色しか見えない。眩い。
(……ああ、ああ、ああ)
このまま、何もかも。
(壊れてしまえばいい)
壊れて、壊して、朽ち果ててしまえば。影すら残さないぐらいに、焼き尽くして。
(壊してやる……!)
そんな顔するなよ 親友
「……ッ!?」
ぐらり、と視界が揺れた。
(……俺は、何を……)
まるで頭が鉄塊になったかのように、重い。それを首だけでは支えきれず、思わず膝をついた。
『力を解除する』
霧煙る脳内で響いた獣の声に、飛八巳影は弾かれたように顔を上げた。
「そうだ、敵……!」
駆け出そうとしたが、落ちた膝が上がらない。バランスを崩し、砂利道の地面に倒れ込んだ。
「くそ……ッ!」
両手を地面につき、小石ごと手を握りしめた。だが、全く力が入らない上に、立ち上る炎の揺らめきは破裂し、輪郭すら失った。火の粉と散った火柱を視界の端に捉えつつ、巳影はなんとか顔だけを上にあげた。
「まさか、僕の死霊を爆散させるとは……素晴らしい火力ですよ」
砂利を踏む音が近づいてくる。高橋京極は薄笑みを消し、閉じた扇子を下げながら足を止めた。
「ですが、完全に『星撃』の力をコントロールできていないようですね。何故君にその力があるのかはわかりませんが……」
閉じた扇子の先端がゆっくりと持ち上がり、地面に這いつくばっている巳影へと向けられた。
(ほ、星……何を言っている?)
同時に、ひときわ大きな鐘の音が鳴る。高橋は月夜を見上げ、忌々しげに顔をしかめた。
「制限時間切れ、ですか。まあいいでしょう……」
つぶやくと、高橋は踵を返して砂利道の奥へと歩いていった。
「ま、待て……」
砂利に着いた膝が、固い地面の感触を覚えた。わずかな浮遊感が体を包んだかと思うと、視界が暗転する。
「巳影くん!」
耳に届いた声は、混濁しかけていた意識を一瞬でクリアにした。
「はっ……」
気がつけば、アスファルトの地面にうつ伏せで倒れていた。膝や手に、もう砂利の感触はない。
「巳影、どないしたんや! 急に倒れて!」
切子とししろが側にしゃがみ込み、焦りの表情を見せていた。
(な、何だ一体……俺はさっきまで……)
「無駄ですよ、飛八くん。言ったでしょう、彼女らには知覚できない場所にいたのですから」
かろうじて残った力で顎を上げる。少し離れた位置に、あの黒い法衣を着た青年が立っていた。
「いささか特殊な空間だったので、経過した時間も少しずれています。ですが」
高橋は法衣から一枚の札のようなものを取り出した。その札は焼け焦げ、ボロボロになっている。
「僕の駒を一つ砕いた戦いは、現実のものです」
夜風が吹いて、高橋の手の中にある札は灰へと姿を変え、流れていった。
「君の奮闘に免じ、今は退きましょう」
「ま、待て! あんたは一体……目的は何なんだ!」
高橋が扇子を広げると、口元にあててほくそ笑んだ。
「今は伏せておきます。ですが近いうちに分かるでしょう。君の探している『茨の会』もまた……ふふふ」
「……『茨の会』だって……!?」
高橋の法衣に、きらめく光が差し込んだ。切子がナイフを投げ、もう一本放つ。
「ざーんねん」
カツン、と乾いた音が鳴り響き、投擲用のナイフが地面に落ちた。そこにはもう、黒い法衣の影すら残っていなかった。
「ししろ」
「消えた。知らん移動術か目眩ましか……この場にはもうおらん」
まだ指の間にナイフを構えていた切子は、首を横に振るししろの言葉に舌打ちを残した。
「何なんです、あの人……」
震える膝を押さえながら、巳影はなんとか上体を起こした。ひどく疲れ、虚脱感が強いものの、なんとか息を整えて立ち上がる。
「こっちも聞きたいことばかりだよ。君はいきなり倒れるし、『ホトトギス』は君の探す『茨の会』だなんて口にするし」
「ただの胡散臭い霊媒師……だけやないな。何があった」