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114:付け入る怨敵

 村での用事をさっさと済ませ、夕方には巳影と比嘉は本堂へと戻っていた。移動している間や買い物の最中、常に神経をとがらせ、あの呪術師たちの襲撃に備えていたが、彼らの気配を感じることはなかった。

 比嘉はともかく、巳影はそれだけでクタクタになってしまった。常に命を影から狙われることへの圧力……そうとうなストレスとして体に負担をかけていた。

「慣れない疲れだからといって、へばっている場合じゃないぞ」

 巳影の顔色から調子を察した比嘉は、強い口調で言う。それに巳影は即座に背筋をただし、正座へとたたずまいを直す。

「連中……呪術師どもは夜にでも仕掛けてくるだろう。そこで簡単な座学だ。お前は呪術師というものをどこまで知っている?」

「えっと……呪いとかを使う術師のことですよね」

 そのまんまの答えに、比嘉は冷めたチベットスナギツネのような顔をしていた。

「呪術とは、呪いや恨み、妬み、怨恨、悪意、敵意……人間の負の感情を利用して攻撃する、対人特化の術だ。もちろん除霊などに呪術を使う術師もいるが、基礎は攻撃。それも生きている人間相手にはとてつもない効果を発揮する」

 対人特化という言葉に、なんとも言えない圧力を感じてしまう。

「あの背の高い男がいただろう。森田、というらしいが本名は知らん……奴はトゥングース出身の元シャーマンだ。主に占いや予言で生計を立てていたらしいが、術の精度を買われて裏社会へと身を投じたと聞いている」

「シャーマン、ですか……」

 聞き限った程度の知識だが、「シャーマニズム」という言葉があるように、文化に寄り添いスピリチュアルな世界からサポートを行う者と聞いたことがある。

「森田の厄介な部分は、シャーマンとしての経験を活かし、様々な霊魂や精霊といったものに働きかけ、呪術に転じているという点だ。つまりは、人為的に霊障を引き起こせる。ポルターガイストから邪霊や怨霊を操り、けしかけるなどしてターゲットを始末するスタイルだ」

 霊障は見る者が見なければ、ただの不幸な事故で片付いてしまう。不自然な形であっても、今現在の法律では立証も立件もできず、裁くことはできない。暗殺という家業とは、確かに相性がいいだろう。

「もう一人のチビ男……見てくれは軍人のような出で立ちをしていたが、奴も立派な呪術師だ。名は倉田……とか言ったか。やつは元海軍に所属していたアウトローだ。もともと裏社会で生きていたところで、呪術を学んだらしい」

 確かに身長は高いとは言えない姿だったが、体つきが素人とは違う、がっちりとした体躯を持っていた。一から鍛え上げられた筋肉を持つ体格である。

「そんな人が呪術を……ですか?」

「経緯は知らんが、私と対峙した折は呼び寄せた怨念を体に憑依させ、軍式格闘技を使う肉体にブーストをかけて仕掛けてきた。時間制限はあるが、真正面から戦えば厄介な手合いとなる」

 性質的には「口寄せ」を行う日本のイタコと似たものだろうか。しかし恨みつらみで体を強化させる点は、シンプル故に恐ろしい。それは、怨霊などを制御するだけの力を持っているということになる。術師としての技量もまた、高い証と言える。

「元々この二人は裏社会じゃ、それなりに名の知れたコンビでな。森田が後衛、倉田が前衛と役割を分担してターゲットを仕留める。確実を求めらえる暗殺者としては、評価は高い」

 情報が整理されていくにつれ、のしかかってくる圧力が増してきた。息をのむつもりだったが、口の中は乾ききっており、固唾さえ飲み込めない。

(そんな相手が命をつけ狙ってくるのか……)

 応戦できるだろうか。今まで戦ったことのないタイプなだけに、不安が募る。

 我知らずとうつむいていた額に、比嘉の指がパチンと跳ねた。突然の激痛に、巳影は涙目になって態勢を崩す。

「そんな難しい顔せんでも、私が一蹴する。お前には手出しはさせん」

 こちらをのぞき込む比嘉は、不敵な笑みを作って言った。巳影は比嘉へ反射的に言葉を返しそうになるが、それを飲み込んだ。自分も戦う、手伝いたいという言葉は野暮というものだろう。

 狙われているのは自分自身なのだから、降ってくる火の粉ぐらいは払いたい。それに、自分が比嘉葵の弱点となっている状態が情けなくも思える。引け目を感じてしまうのだ。

 しかし、共闘を申し立てたとしても、巳影は足を引っ張るだけに終わるだろう。相手のレベルは一回りも上なのだ。

(……みじめだな……)

 一体、何のために修練を受けているのか。握ぎりしめた拳には、どこか力が入りきらずにいた。

「座学は終わりだ。今は体を動かせ」

 巳影は無言でうなずき、夕日が落ちるまで組手へと取り組んだ。



 □□□


「準備の程は?」

「いつでもいけるぜ」


 □□□



 外はすっかりと暗くなっていた。本堂には時計がないため時間はわからないが、もう二十時を過ぎているだろうか。遠くからは虫の鳴く音が聞こえてくる。

 大の字になって倒れる巳影は、腫れあがった頬に氷袋を当てて、何度目かのため息をつく。

 組手は散々な結果に終わった。集中しきれず、動きも悪い。いいように攻撃すべてを受けて、比嘉には「真剣にやれ!」と怒鳴られた。

(……真剣ですよ……真剣に、強くなりたいですよ……)

 比嘉は今、離れにある母屋で夕食を作ってくれている最中だった。食事の世話までしてもらっているのだから、申し訳なさすぎて愚痴などこぼせるわけがない。

「情けないなぁ……」

 ぼそりとつぶやき、また息を落とす。

 その呼吸が吐ききらないうちに、巳影はとっさに立ち上がった。耳をしびれさせるような静寂が、本堂を囲んでいる。虫の鳴く音色が、完全に遮断されていた。

「勘はいいようだな、ガキ」

 声は真後ろから聞こえた。巳影は横に飛ぶと同時に身をよじり、突き出された鋭い手刀を何とか回避する。

「おいおい、ずいぶん大げさに飛んだな」

 いつの間に入り込んだのか、ミリタリージャケットを羽織る痩躯の男が一人、にやにやと笑みを浮かべて立っていた。名前を倉田と教えられた男は左右の手を両方手刀の形にする。

「さあて。てめえには直接恨みはねえが、あの女のためにぼろ雑巾になってもらうぜ」

「……くそ!」

 とっさに構えを取り、全身の神経に熱を巡らせる。

(こんなところで、やられるわけにはいかない……っ!)

 拳に火柱を宿らせる。しかし、圧力で焦げ付いた精神は、乱れるままであった。


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