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113/141

113:恨み辛み、転じて

 ベタニアの取引をのんだものの、どこかで不安を覚えながら、巳影は本堂へと戻った。

「頭は冷えたか」

「冷えたというか……落ち着きはしました」

 歯切れの悪い巳影の言葉に、比嘉は眉を寄せながらも「そうか」とうなずいた。

「ならば早速稽古の続きを……と行きたいところだが、ふもとの村まで下りるぞ。湿布薬が切れた」

「え……湿布ぐらいなら俺が買ってきますけど……」

「ここで使っている湿布は、特別な薬草を調合して作られている。古いつながりで、つくってもらっている薬剤師が村にいてな。効果ならお前が一番わかってるんじゃないか?」

 稽古終わりに張っていた湿布は、筋肉を落ち着け痛みを緩和し、ボロボロだった体を何とか翌日には動かせることができていた。良く効くと思えば、なるほど特別製だったわけだ。

「急ぐぞ、今すぐ出発する」

 言うなり、比嘉は袴の上から上着を羽織り、一人で本堂を出てしまう。巳影は慌ててその後を追った。

 本堂正面前、先を行っていた比嘉が足を止めていた。待ってくれている……というわけではない。巳影は足早に比嘉の横に着き、臨戦態勢に入る。

「こんにちは、比嘉葵さんと……そのかわいいお弟子さん」

 ひょろりと背の高い、白いコートを着込んだ男が一人。そして、

「挨拶にきてやったぜ、比嘉葵。それと……へへ」

 その隣には、背の低い、全身をミリタリー系の武装で包んだ男が一人、並んで立っていた。

 巳影は直感的に、彼らが何者かを察知した。こちら……比嘉に向けられている敵意と悪意……それらは濃厚なもので、近くにいるだけでも息苦しくなりそうだった。

「……この人たちが、ですか」

 比嘉は無言で小さくうなずいた。

 逆恨みで比嘉に復讐しようとする、二人の呪術師。

 比嘉は一歩前へ出て、淡々とした声を出す。

「来てくれたなら、警告はこれで最後にする。とっとと出て行け。次はあしらう程度じゃすまさないからな」

 比嘉の言葉に、二人は何も返事をしない。ただクスクスと笑い、視線は主に……巳影へと向けられているような気がする。

「そう焦らないでください。挨拶にきただけですよ……そこの、お弟子さんにね」

 背の高い男は、笛のような甲高い声で笑った。比嘉の眉間のしわが一気に深くなる。その比嘉をあおるようにして、今度は背の低い男が笑いながら言う。

「見たところ結構鍛え上げているらしいが……俺らなら軽い相手だ」

 巳影を見据え、低い声で笑っている。なるほど、と巳影は相手の魂胆に気が付いた。どうやら巳影自身が人質になっているらしい。そして自分たちならいつでも殺せると……姿を見せたのは、その表明のようなものだった。

「相変わらずのゲス思考だな。そんなに私をイラつかせたいのか」

 呪術師たちの真意がわかると、比嘉は苛立ちをあらわにする。

 もうこうなっては、激突は避けられない。そこで巳影は、ふとした違和感を覚えた。その感覚に従い、右目だけに神経を集中させる。

 右目から見える景色が、眼球に重くのしかかる。ゆらゆらと揺れる風景の中で、呪術師たちだけが妙に薄く映っていた。

「……幻術?」

 思わずつぶやいた言葉に、背の高い男が「ほう!」と声を上げて拍手を送る。

「よくわかりましたね。その通り、今の私たちの姿は投影されたホログラムのようなもの。実体は安全な場所にひそめてあるんですよ」

 高いテンションで言う男に対し、巳影は少しあきれていた。

 比嘉葵を前に挑発するなんて、わざわざやられに来てるようなものだ。そして比嘉は今度こそ逃がさないだろう。命は取らなくても、再起不能になるぐらいまで痛めつけられて、終わりだ。

 比嘉の実力を知っているなら、そんな愚行にでるわけがない。それぐらいのことは、少し考えればわかると思うのだが。

「ではでは、私たちはこれにて失礼します。またお会いしましょう」

「俺たちはてめえを許さねえ。どんな手段を使っても……ひひ」

 つむじ風のような突風が吹き抜け、風がやんだあと、目の前にあった人影は消えていた。気配の名残もみせず、静寂が戻ってくる。

 比嘉は握っていた拳を震わせていたが、肩を落とし大きなため息をついて、苛立ちを外へと追いやった。

「見ての通りの連中だ。間抜けたところはあるが、お前にとってはまだ強敵。私から離れるなよ」

 巳影は固唾をのんでうなずいた。悔しいが、相手の実力が分からないことはない。相手はまだ、今の自分より一枚も二枚も上手の存在だ。どちらかと一対一となっても、勝ち目は薄い。……今の自分()()、ならば。

「とんだ邪魔が入ったが、さっさと用事を済ませるぞ。背中には気を付けておけ」

 振り向かずに歩いていく比嘉の足は、少し遅めになっていた。

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