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11:地獄門

「落ち武者の……幽霊!?」

 髑髏(どくろ)が刀を振りかぶり、大股で飛ぶように接近してきた。

「……しゅ……」

 集中しろ考えろ推察しろ。

 右に掲げるよう挙げられた刀。あと数歩でその刃の間合いに入る。だが、足運びは大雑把だ。

「それなら……懐に飛び込む!」

 怯みかけていた自分に喝を入れ、息を鋭く吐き、前へと出た。大きく足を踏み出していた落ち武者は、身を低く落とし突進する巳影を、あっさりと刀の間合いの内側へと招いてしまう。

 首の骨を掴み、腰を落下させるよう地面に投げ出した。同時に右足を真上へと突き上げる。

「っしゅ!」

 落ち武者はがくりとバランスを崩し、突き上げられた足に突き飛ばされて、顎から地面へと投げ出された。

「ほう、斬りかかった相手に巴投げですか」

 少し離れた位置にいる高橋は、扇子で顔を扇ぎながら感心の声を出した。

「思い切りがいいですね、とっさの判断力……思考の瞬発力は見事なものです。これでダメージになっていれば、大したものだと言えたんですがね」

 巳影はすぐさま置き上がり、自分が投げ飛ばした落ち武者を見やる。落ち武者は顔面から地面に落ちたものの、頬骨一つ欠けることなく、ムクリと起き上がった。

(脳や筋組織がないと、頭から落ちたって意味ないか……脳震盪も期待できない)

 成果といえば、兜が投げた衝撃で脱げた程度で、武者姿の髑髏からはかえって不気味さが増していた。頭部にはまだ腐りかけの肉や頭髪などの名残があり、グロテスクでさえある。

『この男……『死霊使い(ネクロマンサー)』か』

 獣は警戒の念を飛ばしている。牙を大きく剥いているのがひしひしと伝わってきた。

『飛八巳影。今はこの鎧武者に集中しろ』

 視野に高橋の姿をどう収めておくか、と考えていた思考がわかったのだろう。獣の意識は再び刀を構える髑髏にだけ向けられた。

「とはいえ、刃物相手に素手のままは、分が悪いな……」

 握る拳と、先程全体重で持ち上げた敵の重量を思い出す。

(あの鎧……甲冑か。かなり重たかった。強度もきっと……)

 もう肋だけの腹とはいえ、胴体をすっぽり包み守る形の甲冑は、どのくらいの硬さを持つのか。

「何か武器があるのでしたら、遠慮なく。装備する時間ぐらいつくりますよ」

 巳影のぼやきが聞こえたのか、高橋は余裕のある笑みを浮かべたまま言った。それを背中で聞いていた巳影は舌打ちを打つと、「じゃあ遠慮なく」と言って、制服の内ポケットから包帯の塊のようなものを取り出した。

「バンテージ、ですか。あくまで徒手空拳なのですね」

 高橋の言う通り、バンテージを両手に巻くと、きつく縛り拳を固める。手首が安定し、握る力も万全になった。

「ですが、それだけで甲冑を撃ち抜けるとは思えませんがね」

「……」

 薄笑みを浮かべる高橋に、睨みの一つでも飛ばしたいところであった。固く拳を握ってみるものの、あの胴を撃ち抜けるイメージがどうしても思い浮かばない。

 一方鎧武者は刀を大きく上に構えているものの、今度は慎重になったのか、すり足で徐々に間合いを詰めようとしていた。警戒した動きの前から、どんな動作も見逃さない気配を感じる。

(懐にはもう飛び込めないな……くそ)

 なら、打で撃つのみ。しかし固い鎧の前で、自分の拳は通用しない。たとえ撃てても、拳が届いても、その上からばっさりと刀で斬られて、終わる。

『飛八巳影。出し惜しみして通れる相手ではない』

 獣の声が頭痛を伴って響いた。それに、奥歯を噛み締めていた顎の力を抜き、顔を上げる。

「ああ、すべてを出し切る……だから!」

 伸ばした腕の先で、握りこぶしを重ねた。

「力を貸してくれ、『ベタニア』……!」

 名を呼ばれた獣が、笑った。高く高く、その遠吠えが脳から飛びだし月夜へと立ち上る。

 高橋の仰いでいた扇子がピタリ、と止まった。

「この気配……」

 高橋の顔から笑みが消える。同時に、刀を持つ鎧武者は、その刀の柄を両腕で握り、地面を滑るようにして巳影へと斬りかかった。

 握った巳影の拳に、熱が宿る。剥き出しになった牙が、獲物を噛み砕き、貫く殺意に染まり、咆哮を放った。

「……『地獄(じごく)(もん)』、開放!」

 獣の叫びを口にして、巳影は赤く染まる手を握りしめる。

 鎧武者の刀は、巳影の脳天めがけて振り下ろされるも、鈍い音を立てて刀身は弾き返された。巳影は無造作に払った左腕を腰の横まで引き絞り、

「これで!」

 腰を返し、左拳を撃ち出した。その拳は濡れたように染まる赤色を揺らめかせ、炎の花が膨れ上がるように開花した。

 火の渦となった左拳は鎧武者の胴を貫通し、剥き出しとなっていた背骨を握りしめ、二度目の花が咲いた。

 体内から吹き出す炎の火柱に、鎧武者は耐えきれず四散する。朽ちかけていた肉も、固い鎧も、何もかもが花の咲く勢いに吹き飛ばされ、爆音は遅れてやってきた。

 空気を振動させる轟音は、高橋の耳にも届いていた。しばしの間、聴覚が麻痺するほどの圧力に立ち尽くす。

「なんと……」

 燃え盛る炎の柱を腕に宿した巳影は、ゆっくりと高橋へと振り返った。

 その目は、巳影の身長を軽く超えるほど高く立ち上った炎の色を反射してか、赤く染まっていた。


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