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100:フロックラーニング

 長く伸びた腕が、無造作に清十郎に迫った。清十郎は太刀の間合いの外から来る攻撃に足を止め、開いた手のひらを太刀の腹で受け止める。

 ずしりと肩にのしかかる重量は、一瞬で清十郎を後ろへと下がらせた。まるで巨木の突進を真正面から受けたような、人間の体では耐え切れるものではない重量だった。

 こちらへと向かってきた異形の怪物たちは、こちらがばらけると同時に散開し、巳影と切子にそれぞれ一体の異形が迎え撃つ形となった。しかし、自分たちへと向かう三体以外の一体は、神木と蝶子に向かって歩き出していた。

 巳影は渾身の拳を、切子は閃光ほとばしる斬撃を浴びせ、立ちふさがる異形を抜いて神木たちの元へと駆けつけようとした。

 しかし。異形の腹部へ突き刺さるはずだった炎の拳は、大きく肥大した手の平で簡単に受け止められた。首元から真下へと閃いたナイフの軌道は、異形の首元に少しめり込んだだけで終わる。

 手応えが変わっていた。先ほど倒した三体とは違う何かが、異形の動きの中に見ることができた。


 □□□


「学習機能と情報共有機能は無事働いてますね。群れが受けた攻撃をそれぞれの個がすぐさま学習。個々がアップデートする速度も素晴らしい」

 渡されたノートにペンを走らせる高橋は、丘の上から見える戦闘を満足そうに見つめる。

「元々高いポテンシャルを持っているが、大場清十郎や柊切子クラスの攻撃を、一度のアップデートで解消できるとは……正直驚いている」

 隣で同じくノートに記録を書きなぐっている桐谷は、しかし……と独り言のように言葉をつづけた。

「あのチビの体たらく……本当に俺と同じ『地蓮流』の拳とは思えん。見ているだけでイライラする脆弱さだ」

「飛八巳影ですか……いろいろと不可思議な少年ですが」

 高橋は相槌を打ちながら、ノートには大きなバツマークを書き加えた。

「ま。今日ここで死んじゃうでしょうから、あまり気にしなくてもいいのでは」


 □□□


 さっきは何故、あんなにも心が乱れたのだろう。巳影は異形との間合いを慎重に図りながら、やりにくさを感じ取っていた。

 拳を打てば、異形は長い腕を上げてブロックする。衝撃を受け止め、弾き飛ばし、今度は異形が腕を振り下ろして攻撃する。大雑把で荒く、しかし隙を見せない攻防を繰り返す動きは、格闘技のフォームそのものだった。理にかなった動き……何故そのやり取りが異形に可能なのか。

(いや、今は迷うな……! 攻め続けるんだ!)

 感じ始めている動揺を、無理やり押し殺す。細かいフットワークを意識し、異形が打つ拳に集中した。それをサイドステップでやり過ごすと、地面を蹴って相手の懐へと飛び込んだ。

 クロスレンジで打つ裏突きが、もう片方の腕に受け止められる。打ち込んだ拳からは、鈍く弾力のある手応えが返ってきた。大型車のタイヤでも殴ったかのような、底に到達できそうもない分厚い感覚に、巳影は背筋に冷たいものを感じて飛びのいた。眼前を、鋭い爪を持つ異形の手が落ちていった。

 空を切った異形の手は、固いはずの土をいともたやすく切り裂き、めり込み、爆ぜさせた。舞い上がる土の弾幕に一瞬視界がふさがれる。その土の壁ごしに、やはり長く太く筋肉が膨張した足が伸びて、両手を重ねた巳影のガードごと体に強い一撃を与える。

 幸いまだ飛びのいたバックステップのモーション中であり、衝撃は後ろへと流すことができた。だが、腕に残ったしびれと強打の痛みまでは流しきれず、着地したと同時にすぐサイドステップで相手の直線上から離れた。腕の感覚が戻るまで、距離を取らないとと離れる巳影を、異形はまっすぐに追いかけてくる。

(一撃の威力はあるけど、スピードはそんなに速くない……それに動きは殴り合いの格闘技のセオリーにのっとっている。動きは人間のそれと変わらない……それなら!)

 フットワークを生かし逃げ回っていた巳影の腕から、しびれが消えてきた。痛みは消えてないものの、まだ我慢できる範囲だ。異形は長いリーチを利用して腕を突き出し、またスイングさせて殴打を狙っている。巳影は足を軽く浮かし、つま先だけで立つと、突進してくる異形の動きを真正面から見据えた。

 異形は振り絞った腕で拳を繰り出す。それを頬の横に迫るまでひきつけ、巳影はその腕を左右の腕でからめとった。同時に腰をひねり、背中を相手の腹部へ強くと打ち込むと、全体重を思い切り前へと引き下げた。

 異形の巨体が浮く。長い腕をホールドしたまま、勢いに任せて巨体を半回転させ、異形の背中を地面へと落とした。

「まだだ!」

 ずん、と鈍い音を立てた異形が起き上がるよりも早く。組んだ腕で手首を抑え、足を絡めて態勢をロックすると、強引に腕を引き抜く勢いで絞り上げる。

 異形から聞きなれない異音が吐き出された。同時に巳影の体全体に、分厚いものが砕かれたような感触が乗った。

 巳影はすぐに拘束を解くと立ち上がり、いったん離れる。荒い息を吐きだしながら身をよじり、立ち上がる異形の腕片方は、力なくぶら下がっていた。

「よし、まずは腕一つ……!」

 額の汗をぬぐい、再び細かくフットワークを刻みながら、相手との距離を詰めていく。

 柔よく剛を制す。かなり強引でいびつでありながらも、相手の勢いと重量を利用した背負い投げと、すぐさま異形の腕を刈り取った、腕ひしぎ十字固め。相手は大柄であるが、人間の人体と同じ構造が基本ならば……巳影の予想はあたりを引いた。危険を冒しながらも筋肉と関節を奪う寝技に持ち込んだ判断は正しかった。

 巳影が畳みかける拳や蹴りに、腕一本だけでは異形はさばききれなくなっていく。それに痛点があるのならば、今相手は身が引き裂かれるような痛みを抱えながら戦う状態になっているはずだ。体力、気力ともに激しく落ちた異形の攻撃は、事実雑なものへと変わっていた。

 苦悶の声なのか。異形の口からは荒い息と、絞り出したかのような鳴き声が頻繁に吐き出されていた。そこへ、もう痛点しか残さないぶら下がった片腕に、巳影が打った拳が入る。

 異形は片腕をかばうように身をよじって、巳影から飛び下がって離れた。

「痛いのはわかる。俺もいざって時のためって、打撃以外でも師匠にさんざん叩き込まれたから……」

 だが、攻勢は維持する。巳影は慎重さを意識した足さばきで、着実に異形との間合いを縮めていった。


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