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10:影法師・高橋京極

「そう、原因がなければ「困る」んや。せやから……危害を加えても「問題ない者」を鬼としてやり玉にあげ……「退治」したんや。生きる村人たちの、心の平穏のために」


 ししろが言った「退治」という言葉に、巳影はゾクリと背筋をこわばらせた。

「む、むちゃくちゃだ……そ、そんなのただのリンチ殺人じゃないですか!」

「村人には、もう隣人とは映ってなかったんやろうな……手を掛けるもんも、生き残るんで必死や。そう決めつけていかな、生きていけへん時代があったんや。食い扶持もへるしな」

 自然と、巳影は拳を震わせていた。強い力がやり場を失い、それを言葉にしようと思ったものの、口を開いただけで終わり、奥歯を強く噛みしめることになる。

「この村には、そんな理由で「退治された鬼」を祀る記念碑がいくつも立っとる。戦後を迎え現代になっても、そこに祈る人たちは罪悪感を抱えながら、毎年集まる。すまんかった、てな」

 ししろの手が、まだ震えている巳影の拳をそっと包みこんだ。

「これがこの町に根付く土地柄の背景や。信心深くなるんも、分かるやろ」

「……」

「ありがとうな。ウチらのことで、怒ってくれて」

 顔を上げると、泣き笑いのような表情をしたししろがいた。が、その柔和な表情が一変、険しいものになる。

「伏せろ巳影!」

 半ば押さえつけられるように、ししろが巳影の頭からかぶさった。夜空に甲高い金属音が鳴り響く。

「ししろ、巳影くん、もっと下がって!」

 緊迫した切子の声が飛ぶ。立て続けに三つ、固い金属がたゆみ、しなり、弾ける音が鳴った。

「離すで、当たるなや!」

 ししろの体重がなくなると、巳影はできる限りの力で後ろへと飛び下がった。

(……釘!?)

 今もすぐ横……着地した靴の側数センチというギリギリのところに、細長く黒いものが、アスファルトの地面に突き刺さった。

 周囲に視線を飛ばす。正面にはこちらに背を向け、ナイフを構える切子がいた。すぐ後ろにはししろが後方をにらみ、警戒している。

「ッ! 切子、右や!」

 ししろの声に反射するかのように、切子が手にしたナイフを右側の空間にきらめかせる。何度となく鳴り響いた金属音が空気を振動させ、巳影を思わず半歩下がらせる。その手前に、再び釘のような細長い棒状のものが落ち、転がり、震える身から甲高い音を発していた。

「大したものです、この暗さで不意打ちを全部弾き返すとは」

 周りの雑木林が一斉に風にしなり、葉と葉をこすり合わせて乾いた音が波のように広がった。

(男の声……どこから!?)

 声は風や空気を震えさせ、夜空そのものから降り注いでいるような感覚に囚われた。しかし、道路の上にも下にも人の姿は見えず、クツクツと笑う声だけが響いていた。

「けったくそ悪いわ、おんどれ!」

 ししろが地面に落ちた釘らしきものを拾い上げると、夜空へ放り投げた。その釘が、月明かりに照らされた瞬間、ビタリ、と空中で動かなくなる。

「でてこい『ホトトギス』! ええ加減決着つけようやないか!」

 ししろの叫び声に呼応し、月明かりが夜空の中、にじみ始める。

「剣呑、剣呑。いい加減、とはこちらのセリフですよ相澤ししろ嬢」

 空間が、まるで水面にできた波紋のように揺れだした。

「コツコツと人が怪異を使い、仏閣をダウンさせていったにもかかわらず」

 まるで濡れているような艶を持つ、漆黒の法衣がじわり、と夜空の中からにじみ出た。

「あげく鳩村さんまで籠絡ですか。食えませんねえ」

 扇子を広げ、ほくそ笑む口元を隠してみせる。夜空から降り立ったその影法師は、まだ若い青年にしか見えなかった。

「……『ホトトギス』。じゃあ、この人が……」

「初めまして、飛八巳影くん」

 妖艶な笑みを浮かべる黒い法師は、満面の笑みを巳影へと向けた。

「何で俺の名前を……」

「ふふ。この町は狭いですからね。どこで誰が、何を聞いているか分からないものですよ」

 動揺を隠せないでいる巳影の前に、素早く切子とししろが立ち、臨戦態勢に入った。

「自己紹介ぐらいさせてくださいよ。私の名は高橋(たかはし)京極(きょうごく)。この町で霊媒師をしています」

 扇子をひらりと揺らし、吐息を一つ吹き付けた。その瞬時、月の明かりが何かを扇子の上で光らせた。同時に、切子がもう片方の手にもナイフを握り、空気を割くように左右へと刃を流した。

 歪んだ金属音が、夜空をひっかくようにこだまする。切子の足元に、あの釘のようなものが二本転がった。

「何が霊媒師か。外法(げほう)に手を染めたあなたは、ただの悪党だ」

 ナイフを向け、切子が言う。高橋はにやにやと口元を緩めた。だが、目は笑っていない。まっすぐに、歪んだ瞳孔で巳影だけを捉えていた。

「さすがは『序列二位』の柊切子さん。ですが、今はあなたたちにかまってる時間はないんですよ。用があるのは……あなたですよ、飛八巳影くん」

 高橋の手のひらの上で、扇子が音を鳴らして閉じた。巳影は反射的に腰を低く落とし、迎撃体勢を取る。踏み込んだ靴底が、じゃり……と、まるで小石を踏んだような音を立てる。

「!?」

 不意に、冷たい風が頬をかすめ、吹き抜けた。背筋を逆撫でるような悪寒が、全身に走る。

 顔を上げると、景色は一変していた。

 空に上る月は変わらない。だが、その夜空に届きそうなほど伸びた木々と、それに挟まれた細い砂利道が、巳影の前と後ろに見えなくなるまで伸びている。

「……先輩……?」

 静かだった。砂利道のどこを見ても、切子とししろの姿は見えない。

『珍妙な結界術だ』

 頭の中で、獣が唸り声を上げた。

「結界ッ!?」

『現し世とは別の、隔離された空間に飛ばされた。警戒を怠るな』

「そう怖い顔をしないでくださいな。あなたとお話がしたかったのです」

 砂利道の奥から、高橋の声がした。

「切子さんとししろさんを、どこへやった」

「おや、術中の自分の心配より、消えた二人の心配ですか」

 奥から歩いてくる影が、やがて薄明かりの中で実像を見せる。扇子を広げ、口元を隠し笑う高橋は興味深そうに巳影を観察していた。

「ご安心を。あの二人なら無事ですよ、手は出してません。あの二人から見れば、むしろあなたが不意に消えたように見えているでしょう」

 巳影は再び戦闘態勢を取った。腰を落とし、足を肩幅程度に開き、拳を強く握る。

「さっさと元いたところに、帰してもらえませんかね」

 慇懃無礼といった態度で構える巳影を、高橋は高笑いで迎えた。

「ゆっくりお話というわけにもいかず、ですが。よろしい。では……」

 高橋は扇子を閉じ、その先端にふうと吐息を吹き付けた。扇子の先端に、鈍いく青い光が立ち上り始めた。

「あなたをいたぶり叩きのめしてから、のんびりお話するとしましょうか」

 青い光がふわりと扇子の上から浮かび、影が砂利道に伸びる。

 砂利の上を走った影から、細長いシルエットが浮かび上がった。

 この世のものではない、何かがうごめく。腕にしては白く、細すぎる。足は裸足にしては、広すぎた。口元の肉はすべて削げ落ち、目があるはずの眼窩は、深海よりも深く暗い。

 腐敗する血肉をこぼし落としながら、鎧装束に身を包む髑髏(どくろ)が、錆びついた刀を握りしめ、巳影へと飛びかかった。

「高橋京極が秘術『演目・餓者髑髏(がしゃどくろ)』。特とご覧あれ」


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