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第五回 『坂道』『雨』『すれ違い』

 どうもこんにちわ、兄琉です。

 前回から一週間明けての更新デス。


 では第五回『坂道』『雨』『すれ違い』どうぞ

  三題小噺第五回『食人鬼の紅い雫』



 昔から僕たち兄弟は仲が良かった。

 周囲の人に認められ、皆に好かれる兄とその後ろを隠れるようについていく弟の僕。

 兄の友人と遊んでる時も兄は時々僕がちゃんと付いてきているか確認してくれて……あの時の僕はとても満ち足りていた。


 だが、最近どうも兄の様子がおかしい。一年前に両親が海外出張で出て行ってからだ。

 始めは食事を取る量が減っていき、具合が悪くなったのかと思う事もあった。

 次第に一緒に遊ぶ機会も減り……、最近ではほぼ毎晩、僕は一人で過ごしていた。


「兄さん、最近どうしたの? 顔色も悪いし……」

「……何でも、ないさ……。気にするな」


 僕は今夜も一人で過ごす事になりそうだ。



 数日後、僕は兄さんの後をつけていた。満月の一歩手前の月が大きく輝き、周囲を照らしてくれる。

 町外れへと向かっていく兄さんを追う身としては有難い事だった。

 そろそろ道が舗装されていない辺りまで差し掛かった時だ。兄さんは突然立ち止まり、周囲を見渡し始めた。まるでその姿は獣が怯えているようで、弱弱しい。

 僕は念のため、慎重に身を隠し息を潜める。

 だが兄さんはこちらへ視線を向けると慌てたように草むらの中へと駆け込んでいった。

 その先には廃工場位しかないはず……。


 兄さんを見失った僕は今夜もまた一人で夜を過ごす、と思ったのだが深夜に兄が帰ってきた。

 僕に上着の洗濯を頼むと居間のソファーに沈み込み死んだように眠りに落ちていた。


 渡された上着の端についた赤黒い液体が、僕の心をざわつかせた。



「最近はお兄さんと一緒に来ないけれど……まさか喧嘩でもしたのかい?」

「いえ、そんなことは。兄さんは最近ここに来ますか?」


 マスターの茶化すような言葉に僕は軽く笑って返すと、マスターは少し真剣な顔になった。

 たまにね、と一言だけ僕の質問に返すとマスターは再びグラスを磨く作業へと戻っていった。

 ここは両親の友人がマスターをしている喫茶店で、昔はよく兄さんと来ていた。


「何があったかは知らないけれど……随分と疲れているようだったよ」

「昨晩、廃工場の方へと行くのは見たんですが見失ってしまって」

「廃工場かい?じゃあ、アレかなぁ」「アレ?」

「いや、私もお客様から聞いた話なんだけどね…………出るらしいんだよ、あの廃工場に」

「幽霊、ですか?」


 マスターは首を軽く横に振ると、一呼吸をはさむ。


食人鬼(イーター)、さ」


 僕は何かが喉を詰まりながら通り抜けるのを感じ、押し流す様に冷えた麦茶を飲みこんだ。


「何人かがね、見たらしいんだよ。廃工場に飛び散ったおびただしい量の血を」



 そこから生まれた怪談が…


  丑三つ時の廃工場

    真紅に塗れた満月を

      背中に受けて食人鬼は(わら)う……




「マスター、今夜は」「あぁ、満月だね」


 僕はマスターにお礼を一言、気がついた時には喫茶店を飛び出していた。



 満月は僕を嘲笑うかのように、真紅に塗れていた。



 丑三つ時とまではいかないがカレンダーの日付が変わった頃、僕は昨晩兄さんを見失ったあの場所へとたどり着いた。

 全力疾走と緊張で心音が五月蝿く鳴り響き、口からは蒸気機関車の様に白い息を吐き出し続ける。


 ようやく呼吸も落ち着き、一度大きな深呼吸をすると僕は廃工場へと足を向けた。先程までとはまた違った汗が背中を伝い、ばれない様にゆっくりと足を進める。

 廃工場に近付くにつれて物音がするようになったが、僕は聞こえないふりをする。

 そして、廃工場入り口前の【坂道】で、僕は思わず動きを止めた。


 『何か』がいる。


 月を背に、何かがうずくまる様にこちらに影を落としていた。

 僕は坂道の下で茫然と立ち尽くし影を見る。

 影はゆっくりと立ち上がり何かを叫びながら、林の中から飛び出してくる何かを相手に暴れ出していた。


 僕はまるでテレビか何かを通して見ているかのような客観的な視点で見ていたが、自分の頬に生温かい何かが飛んできた事で気を取り戻した。

 ゆっくりと自分の右頬へと手を伸ばし、震える指先を眼の前へと持ってくる。


「血……?」


 僕の手には赤黒い、少し粘度のある液体が付着していた。

 その液体は何滴も何滴も僕に向かって飛んできていて……血の【雨】ってこんな事を言うんだろうなぁと他人事のように感じていた。

 そして僕の指の間から見える影、始めてみた時から本当は感じていたのだけれど……そこには認めたくない事実があった。

 影は一通りの相手が終わったのか、今度は驚く様子もなくゆっくりとこちらを向いた。


「兄さん……」

「…………」


 影……兄さんの腕は二倍ほどに膨らんでいて、その腕には緑色のウネウネした何かが巻きついて周囲を警戒するように動き回っていた。

 緑色の何かは兄さんの皮膚を持ちあげる様に顔にまで浸食していて、脈打っている。まるで兄さんがソレに浸食されているかのようで僕は吐き気がした。

 兄さんはゆっくりとこちらに歩み寄ってくるが、僕は一歩も……それこそ指の一本すらも動かす事が出来なかった。


「こんな姿、見せたくなかったんだけどな……」


 僕の耳に口を近づけると、小さな言葉で兄さんは語りかけてくれた。


 そのまま兄さんは一度も僕と目を合わせる事なく【すれ違い】ざま「サヨナラ」と一言だけ告げて去っていった。



 ―――僕はこれからずっと、一人で夜を過ごす事になるんだろうか。

 第五回『坂道』『雨』『すれ違い』でした。


 これまた今までとは少し違った感じになった気がします。

 詳しいことは後日の活動報告で。


 それでは、次回は恐らく『オーディオプレイヤー』『爆発』『森』です。

 カオスです、この上なくカオスです。

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