第三回 『神』『宇宙』『原始』
第三回は『神』『宇宙』『原始』です。
どうぞー
第三回三題小噺『白き蓮と、黒き千日紅』
「うぁああああああああああああああ!」
一瞬の、出来事。
オレは山の中を逃走中だった。
ある有名陶芸家の家が近くにあると言うこの山道は、交通の要所として大きな役割を持つ。
後ろを確認しながら死に物狂いで逃げていた。追手は遥か後ろ、このままいけば逃げのびる事も可能だった。
逃げ伸びれば…アイツに会える…。
それなのに…。
急に足の踏み場がなくなったと思ったら、オレは崖の上から川へとダイブしたのだった。
「…イテテ、ここぁ…どこだ?」
オレは軽く痛む腰を抑えて立ち上がった。
周りに見えるものは何もな…いや、遠くに何か見える。
この白い世界を横にぶちぬく巨大な壁の様なもの。だがそれもまた白かった。
「取りあえず行ってみるか」
数十分ほど真っ直ぐ歩いて行った先にあったのは長蛇の列。人や動物、木まで歩いてやがる。
全員ボーっとしてまるで操られてるみてぇだ。
「貴方が、楢崎零次ですね。こちらへ」
「ァん?何でオレがテメェの言う事聞かないといけねぇんだよ」
「決まりですので」
そう目の前の男が言って、目があった瞬間…オレはコイツの言う事を聞かなきゃいけねぇ気になってしまった。
オレは色んなものが並ぶ列の横を連れられて、格別に大きな門のところまで来ていた。
門が重厚な音を立てて、ゆっくりと開く。そこはこれまでの真っ白な宮殿とは違って赤と金を基調にした中国風の部屋だった。
「お前が、楢崎零次か…」
声に思わず気を取り戻し声のする方を見るが、そこには巨大な垂れ幕が下がっているだけだ。
隣にいた男はいつの間にか消えてやがる。
「上だ、上を見よ」
「ハァ?…なっ!」
そこにいた、いや…あったと言いたくなる程に人間離れした巨大な顔。
ヒゲをたくわえ大きな帽子をかぶったその姿はおとぎ話に出てくるようなモノだった。
「閻魔…大王?」
「いかにも。お前がここに呼ばれた理由は儂が直々に罪を下す為だ、光栄に思え」
閻魔は重々しい息を吐くとぶっとい、それこそ一本でビルを倒せる様な指を上にクイッとあげた。
するとオレの体は妙な浮遊感に襲われ、気がつけば閻魔の近くに来ていた。
「楢崎零次、罪状…窃盗、詐欺、怠惰…読みあげるのも面倒だな、数え切れぬ程の悪行によりお前は処罰される事になる」
「ハァ…!?待てよ、じゃあ何か?オレは問答無用で地獄行きってヤツか!?」
「本来ならば地獄も地獄、最下層の無間地獄なのだが…何分お前の悪性が強すぎて地獄ですら混乱を招きかねん。よってだ、お前には楽園にいってもらう」
「ふざけ…え、楽園?」
「そうだ、楽園だ。そこにいる奴がなかなかに未熟な奴でな…修行を兼ねてお前を送る事にした」
「て事は…や、やった!ついてるぜ!」
つまりオレは罪深すぎて罪を消されるって事か!
ラッキーにも程があるってもんだ。
「フゥ…、では早速行くぞ」
「あぁ、頼んだ!」
閻魔がオレの方へ巨大な印鑑を振り降ろすと同時に、オレの意識は再び消えた。
「ブラフマ様、本当によろしかったのですか…?」
「あの娘も未熟とはいえ【神】だ、問題はなかろう。あの男が知ってしまわなければ…だがな」
零次を連れてきた男が部屋に入った時既におどろおどろしい部屋の面影はなく、いつも通りの真っ白な部屋に同じくらいの背丈の男が一人立っているだけだった。
「ったく、痛ェ…ここぁどこだ?」
「…えっ?」
不意に背後から聞こえた声に、オレは思わず振り向きざまに拳を振るっていた。
確かに感じる肉の感触にドゴォ!と爆砕音が鳴り響く。
「…は?」
一般人であればあり得ないその結果にオレは茫然として、慌てて粉砕した樹の根元へと駆け寄った。
そこにいたのは一人の少女、可愛らしい顔なんだろうが如何せん気絶しているせいで口がだらしなく開いていて台無しだ。
「おい、起きろ。おーい」
「……はっ!はひっ!」
本当に大丈夫か…?と思ったが目立った外傷はない。目を回しているようだが問題はないようだ。
次第に混濁した意識が戻ってきたのかオレと目が合う。
「ひゃぁっ…!」
ズザザー、とすごい勢いで後ずさりこちらをじぃっと上目づかいで見つめてくる少女。
長くきれいに整えられた艶やかな黒髪はどこか世間知らずな印象だ。
オレが一歩近づくと何かに気づいたように目を見開いて、こちらへと駆け寄って来る。
「貴方は…何を忘れてきたのですか?」
微笑む少女の、始めの一言は意味がわからなかった。
「おーい、薪ここに置いておくぞ!」
「あ、はーい。ありがとうございますレイジさん」
オレは背中に背負っていた薪を風呂の隣の薪置き場に丁寧に置いた。
ここでの生活ももう何年経っただろうか。
生活にも慣れ、何とか楽しくやっている。一つの不安要素を除けば、だが。
アイツの笑顔を見るとオレまで笑ってしまう。最近じゃあオレも丸くなったもんだなんて考える始末だ。
アイツの一挙手一投足を追ってしまう。言っておくが変態じゃないぞ。
「えへへ、レイジさんっ!」
「おいおい、そのタックル地味に痛いんだからな」
「これはわたしの『せんばいとっきょ』なんです!」
「妙な言葉だけ覚えやがって…」
分かった事と言えばここがどんな場所か、アイツが神だったと言う事くらい。
神とは言っても生まれてここから出た事ないと言う話だから、無知と言っていいほどだったが。
楽園、いやこの箱庭にいる人間はオレとアイツの二人だけらしい。だが生活に困ることはない。様々な実のなる樹、畑…小動物だっていくつか暮らしている。
始めは驚いた。神様なんて言う位だ、神通力でも何でも使って楽な生活をしているのかと思っていた。
だが、ここでは家や服こそ普通にあるものの、全く【原始】的な生活を送っている。
最初こそついていけなかったものの、最近やっとあの異常な体力についていけるようになった。
「なぁ、今日森の向こうまで行ってきたんだが…ありゃなんだ?」
「あ~行っちゃったんですか…レイジさん」
少女は少し悲しそうな顔になる。困ったように笑っているが、何か知られたくなかったのだろうか。
つられて俺もすまなそうな顔になる。
「ここはですね、楽園、箱庭…良い様に名前は付けられていますけど、分かりやすく言えば監獄なんですよ、わたしを置いておくための」
少女はゆっくりと近くの木の根元に腰をおろして独白を続ける。
「【宇宙】の果てに、絶対に逃げだせないように造られてるいるんです。何故ならわたしが…」
ドクン、激しく心臓が胸を叩く。その先を聞いてはいけないとでも言うように、オレの意識は吹き飛ばされた。
「レイジさん!レイジさん!」
「あ、アァ…大丈夫だ心配するな…」
気を失っていたのは一瞬の事だったらしい。膝の上に寝かされていた。
オレの懸念の一つがこの発作、魂が崩れかけているんだろう。これまでは何とか隠してきたんだが。
もっと、コイツの事知りたかったんだがな…。そいつも無理なようだ。
「大丈夫な訳ないです!レイジさんが死んじゃったかと思って…えぐっ」
「ケッ…泣いてんじゃねぇ。」
相変わらず、ガキだ。箱入りっぽさはオレが何を教えても変わっちゃいねぇ。
だが嫌という考えよりもどうしたら泣きやむだろうと考えているオレがいた。
…何も思いつかねぇや、つくづく自分が嫌になる。
「悪ぃが…先に逝かせてもらうぜ」
「魂が…溶け始めてます…。…いやだっ!嫌だ、消えないでレイジさん!わたしの力でっ!」
何とか繋ぎとめようと必死に力を注ぐが、無理な話だった。
「諦めな、自分の死期位分かってる…理由はしらねぇがな。」
オレは頭に手を置きゆっくりと撫でてやる。今のオレには軽口を叩く位しかできない。
「ま、オマエも厄介ものがいなくなってよかったじゃねぇか」
「よくないです!レイジさんがいなくなったら…わたしにもっと力があれば…未熟じゃなかったら…」
「馬鹿野郎、オマエは変わったよ。それに、オマエが最初から完璧だったら…オレはオマエに会えなかったじゃねぇか…」
「レイジさん…」
「だから、泣くな…楽しかったんだから、よ」
必死に笑顔を作るが、作れていただろうか。頬を伝うのは、アイツの涙だけなのだろうか。
守りたかった…ただ、コイツと一緒にいたかった…。
「おい……あ」
そこでオレはふと、気付いてしまった。
「ははっ、傑作だ。こりゃぁひでぇ」
「レイジさん…?」
「一緒にいたい、守りたかった…くだらねぇ…。オレはオマエの名前すら知らねぇじゃねぇか」
守りたい奴の名前すら知らない、こんな騎士がいるだろうか。
「やっと、自分の気持ちに気付いたのにヨォ…。もっと早く、気付いて…認めてりゃあ…くだらネェ意地張りやがって」
「レイジさん!わたしは、貴方に助けてもらいました…悠久の年を過ごすわたしに喜びを、過ちを…色んなものを教えてくれました。だから決して…っ!」
もう、お互いの顔も滲んで見えないだろう。
「最後に…オマエの名前、教えてくれよ。冥土の土産って奴にか?ははっ」
「わたしには…まだ名前がありません。レイジさんが、付けてくれますか?」
「へへっ、オレが名付け親になるってか…悪くネェ」
オレは少しだけ悩んで、
「『白蓮』…すまないな、こんなのしか思いつかん」
「ありがとうございます…白蓮、わたしの名前は白蓮…」
「あぁ、じゃあな、レン。ちったぁ、神らしく…頑張れよ。今回は…忘れ物せずに済みそうだ…」
口をゆっくりと大きく開いて、次に横に開いて…。
五十音の最初の二文字を形作ったところで、レイジを抱えていたレンの腕から砂の様な塊が滑り落ちた。
それはレイジ、と呼ばれていた…ものだった。
「…間に合わなかったか」
「お父様…」
レンの後ろに現れたのはレイジをここに送った張本人だった。
男は苦虫を噛み潰した様な表情でそこに立っていた。
「楢崎零次は、逝ってしまったか」
レンは答えない。だがこの状況を見れば答えは自ずと見えてきた。
恐らく知り過ぎてしまったのだろう、神について。過ぎた知識は身を焦がす。
微かに聞こえた最後のやり取り…神に名前を付けた事が大きく響いたのだ。
「お父様…わたし…、妾に今一度神としての教育をしてはくれないだろうか」
「…いいだろう、白蓮よ。最高神の我が子よ」
その昔、優しい神がいた。
その神は優しい故に、神の資格を失った。
優しすぎたのだ。
父親の最高神は娘を箱庭へと追いやった。
そしてある時一人の男が箱庭を訪れた。
男は罪人だった。その全てが貧しき者の為とはいえ、あまりに罪を重ねすぎたのだ。
男は優しき神と出会い、恋に落ちた。
だがお互いに気持ちに気づけぬまま、男は死を迎える。
男が神に送った名前は『白蓮』。
蓮の花言葉は、『神聖』『清らかな心』『離れゆく、愛』。
最高神『白蓮』は、こうして生まれた。
聖書第二節『白蓮の花』より
はい、この短い字数で感動なんて薄まり過ぎて微妙だと痛感した、兄琉です。
考えているうちに設定がポコポコ出てきてもったいなかった作品でもあります。
長編で…3話位かけてかきたかった…。
また機会があれば3~5話の連載に書きなおすかもです。
次は『黒』『形而上』『逃避』。
では評価感想お待ちしております。
【追記】4/24
今回上げた3つのキーワード『黒』『形而上』『逃避』ですが、私自身が『形而上』と言うものを結局上手く理解できず、前回と大分間も開いたと言う事もあり次回はテーマを変更してお送りします。
次回は『屋上』『涙』『垂れ幕』です。
一度掲げたモノを下げるのは大変申し訳ないです……(涙)
なので、ぜひいつか!形而上をそこはかとなく理解したその時に、『黒』『形而上』『逃避』を書きます。
待っている人がいるのかは知らないですけど、待っていてください!