第097話 矢
イーデンの地雷には何もかかっていない。それはつまり、魔法陣の外から攻撃を仕掛けているってことになる。俺は万が一のために、それぞれに散開するよう手振りで指示を出した。
敵の的を潰したとはいえ手の内が分からない以上、安心はできない。もしかして、この静寂は誘いかもしれない。気を緩めて一っ所に集まってしまったら全滅の憂き目にあってしまう。
「殿下。シュガールを放ちましょうか」
イーデンの抑えた声である。敵がまだ攻撃のチャンスをうかがってその辺にいたとしたら効果的だ。俺はゴーサインを送った。
馬はというと、収まりつかなかった。そりゃぁそうだろう。休んでいる所をいきなり矢で撃たれたんだ。現時点、矢の雨は止まっているが、また襲って来るかもしれない恐怖に逃げたくて必至だ。
というわけで、散開すると言っても馬がつながれている木の方には誰も近づかない。炎の明りを消しても、馬が暴れる音がする。今度はその音に目標を定めてくるかもしれない。
皆、盾や荷物を高々と頭の上に掲げていた。もちろん、俺もそうだ。だだっ広い草原に男女が九人。他は一人がハリネズミで、一人が横たわったまま。俺たちはその姿勢で夜明けを迎えることになってしまった。
☆
やはり、敵は失せてしまったようだ。イーデンは、シュガールに何の反応もないと言っていた。日が昇れば俺たちに反撃の機会が与えられるのは言うまでもない。少なくとも矢の出所が分かるのだ。
逃げ足の速いやつらだ。よっぽど姿を見られたくないらしい。この調子では、日中は襲ってこないのだろう。
馬が一頭死んでいた。矢の正確さからいえば完全に流れ矢だろう。他に一頭は傷を負い、長旅には耐えられそうにない。シーカーは二人死に、一人は重傷。それは皆、男だった。
俺たちはシーカー二人を埋葬した。三本ある木の真ん中ほどである。あっちこっちに散らばった食糧やら盾やらを拾い集め、荷物をまとめた。重症のシーカーは連れて行くわけにはいかない。元気な一頭馬を与え、傷を負った馬も面倒を見させた。
四頭にそれぞれ荷物を乗せ、俺たち八人は馬にまたがった。敵は弓矢という珍しくもない武器を使用している。一見、何でもない攻撃のようだったが、思った以上にそれは厄介だった。
イーデンの地雷から考えるに、矢の射程は五百メートル以上ある。それも正確無比。九割がた囲炉裏から半径五メートルの範囲内に命中していた。地面に刺さった矢から確認できる。
そんなことが、普通の人間に出来るだろうか。飛ばせるとしてもせいぜい百五十から二百メートル。達人ならもしかして五百メートルいけるのかもしれない。が、実際目にしたのは雨あられだった。達人が五十人も六十人もそろっていたことになる。
機械仕掛けの道具でも使ったのか。もしそんな道具があるとしてこれだけ正確に狙いを定められるものか。道具を使おうとも結局、人のなせる技からは出ることは叶わない。
考えうるはやはり、魔法か。
俺たちを襲った矢は魔法の形跡がうかがえなかった。俺には魔法を無効化するスキルがある。飛んできた矢を触ってみても何の感触もなかった。全くの普通の矢だ。
フィル・ロギンズは今や魔法博士だ。魔法書から学び、数々の魔法を熟知している。物体を操作する魔法はあるにはあると言う。
それなら地面に刺さって終わりなんて考えられない。動き出して、また襲って来てもいいはずだ。しかも、正確無比といっても百パーセントではない。流れ矢らしき矢もちらほらあった。まるで魔法が使えない人の所業ではないか。
それにあの数である。雨のように矢は降り注いでいた。魔法を使ったならあれほどの量の矢は必要としない。どういうトリックを使ったのか。
いずれにしても、敵はどこぞの王族。淡い願望を抱いていたが、やはり狙いは俺だった。矢の攻撃も俺への対策とも取れる。俺には魔法が通じない。
しかし、よくよく考えればそれはそれでよかったのかもしれない。この攻撃がブライアンの演説中に行われたらどうなっていたか。魔法の形跡がうかがえないのなら他王族の仕業とは断定できない。
国内の反逆者と判断されれば、メレフィスは混乱状態に陥る。そういった意味で言うなら、この訳のわからん敵をここは是が非とも討ち取りたいところだ。
俺は、疾走するラース・グレンの馬に並んだ。今後どう動くか、俺はこいつの頭の中を知る必要がある。グレンに出来るだけ近付き、地面を叩くヒヅメの音に負けないよう声を張った。
「目的地は教えなくていいとして、通過する地点ぐらいは相談してもらいたい」
ラース・グレンは、俺とフィル・ロギンズが矢を調べているのを知っていた。結局、敵の不可解な攻撃が何なのか特定できていない。俺が苛立っているのは理解している。
「野営にあの場所を選んだのがご不満なのですね」
「まぁな、」
隠すこともあるまい。この局面で遠慮なぞ無用。
「そういうことだ」
「アンダーソン様の魔法は二つほど知っております。アンダーソン邸の戦いは有名ですし、雷の蛇も街の者に聞きました。追っ手が居るかどうかの確認のために、俺はわざと無防備なあの場所を選んだのです。追っ手がいたなら必ず仕掛けて来る」
「もっともだ」
こいつなりに考えてのことだった。
「わるかった。忘れてくれ」
敵の攻撃方法は分かったんだ。なら、先のことも考えていよう。
「次はどんな手を打つ」
「当然、追っ手をぶら下げてタイガーの下には行けません。是が非でもこの道中でやつらを駆逐したいところです。問題はあの矢。対処するにはうってつけの、いい場所がクレシオンにあります。クレシオンはもう目と鼻の先。昼過ぎには見えて来るでしょう。今度もまた、アンダーソン様のお力をお借りしようと存じます」
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