第092話 出発の日取り
五人ともねぐらにいる安心感からか、電源が切れたようにだらけている。テーブルでは足をフロアに投げ出したり、天板の上に乗せたりしていて、カウンターはカウンターで頬杖をついたり、突っ伏したりしている。
その気だるそうな五人が、俺たちの姿を見るなり慌てて立ち上がった。そして、ひざまずく。ラース・グレンは彼らに一瞥もくれない。
「さぁ、殿下、ここにお掛けになってください」
空いた椅子の背を持つと俺の方に向きを正す。ポケットから手袋を取り出し、それで椅子の埃をパサパサと払った。俺は遠慮なくそこに座った。ひざまずいている者たちは立ち上がる。「さっそくだが、」と俺は前置きを言って続けた。
「タイガーに会いたいのだが、どこに行けばいい。出来れば君たちの案内がほしいところだが、どうだろうか」
「差し出がましいようですが、殿下は王都でお待ちになればよろしいかと。俺たちのネットワークを以て、殿下がお待ちであることを必ずタイガーにお伝えしましょう。決闘裁判の時は代決闘士になろうとお出ましになりました。今回もきっとタイガーはお出で下さる」
カリム・サンとフィル・ロギンズは顔を見合わせた。そういえば、って顔をしている。無名の戦士デンゼル・サンダースだけが俺の代決闘士に名乗りを挙げた。それが、タイガーだと思ったのだ。二人ともあごが落ちている。
まぁ、ちょっとそれは違うのだがな。ラース・グレンの口ぶりからしても、ラース自身もラキラ・ハウルが本当のタイガーだとは知らないようだ。彼はおそらくシーカーでは末端。それも、どの支族にも属していない。
在地で、シーカー全体のために働く。ラキラのようにどの支族にも属していない存在で、俺が思うに在地のシーカーはラキラの組織の一員なのだろう。シーカーの里で家を持ち、農地を持つ者は族長の下に与する。
中でも、ドラゴンライダーや代々魔導具を伝承している者は、騎士か、貴族のような身分とみていい。
「タイガーに来て頂くのは有り難いが、今の王都は危険なような気がする。多くのスパイが入り込んでいるし、もしかしてその中には魔法が使えるやつがいるかもしれん。王太后陛下は多くの人々をローラムの竜王と契約させようとしている。それは知っているな」
万が一にもラキラに危険が及ぶことはあってはならない。俺とラキラが王都で顔を合せるなぞもっての外だ。シーカー全体にも影響が及ぶ。
「はい。契約の話ならタイガーから聞いております」
「それゆえ他国から妨害が入る可能性は高い。タイガーは目立つし、たちまち王族同士のいざこざに巻き込まれてしまう。タイガーは王都には来ず、なるべくシーカーの里にいるべきだ」
「はい。話は分かります」
ラース・グレンは腕を組んだ。
「ですが、幾ら恩がある殿下といえどもシーカー以外に里の場所はお教えできません。ましてや村に入ることなぞありえない。言い難いのですが、殿下は何をしようがとどのつまりエンドガーデンの人間です」
だろうな。俺をシーカーの里から出すってなったら、あっちこっちから慌てて族長たちが文字通り、飛んで来たもんな。
「その件については大丈夫だ。俺はもうすでにシーカーの里に入っている。十二人の族長とも全員顔見知りだ」
「族長とも、」
ラース・グレンは眉を吊り上げた。目を丸々と見開いている。
「そりゃぁ、本当か!」
殿下の俺に対する言葉使いではない。素の言葉だ。今までずっと慣れない敬語を使っていたとみえる。ハロルドはというと俺に背を向けた。誰もいない方に向けて両手のてのひらを上に向けて肩をすくめている。ハロルドも族長とは会っていないようだ。
「証拠を出せと言われれば難しい。信じてもらうしかあるまい」
ラース・グレンらシーカーは顔を見合わせると六人そろって別の部屋に行ってしまった。これから相談するのだろう。俺たちは待つしかない。
やがて半時ほど経ち、六人は揃って戻って来た。
「俺たちが案内しましょう。殿下らはここに来る途中、何人かに尾行されていました。三人を捕らえ、一人は殺しています。他は取り逃しました。魔法が使える者はいなかったようですが、捕らえた者は舌をかんだり、毒を飲んだりして自害しました。間違いなく訓練された兵です。この隠れ家も突き止められているかもしれません」
そんなこったろうと思った。いかがわしい五人がこれみよがしに街を練り歩いたんだ。否が応でもスパイを引きつけるってもんだ。
「殿下はさきほど魔法が使える者がいるかもしれないとおっしゃっていました。そのうえで、シーカーの里に行くというなら、どうでしょうか。殿下とアンダーソン様もおられることだし、タイガーに危険が及ぶというなら、いっそのこと俺たちでそいつらをまとめて駆逐したいと思いますが」
王都で魔法を用いて本気でやり合えば国同士の戦争に発展しかねない。まぁ、相手もそれは望んでいないと思うがな。逆を言えば王都を離れれば魔法は使いたい放題。
「旅の途中、確かに誰かが俺たちを追って来たとして、振り切れたかどうかは分からぬか。ならば、逆に罠を張ろうってことだな。よかろう。な、イーデン殿」
イーデンはうなずいた。
「今日の尾行もただ単に興味本位だったのかもしれん。かといって、俺が王都でタイガーに接触しても悪目立ちしよう。王都から離れたとしても敵の目を引く。まぁ、俺ごときに興味を示すとは限らんがな。俺はエンドガーデンではうつけで通っている。追っ手がないことを祈ろうではないか。いずれにしても、細心の注意を払う必要はある」
俺たちは出発の日取りを話し合った。なるべく早い方がいい。丁度俺たちに都合がいい日があった。
ブライアンは戴冠式後、大聖堂の広場で国民に向けて御言葉を発するという。メレフィス国内から多くの人々が王都に集まって来るだろう。シーカーを含めて俺たち11人はその人ごみに紛れて出発すると決めた。
一つに、追跡されないよう敵の虚をつけること。エリノアにはあくまでも戴冠式に俺が出席するとして動いて貰う。もう一つの理由はブライアンだ。
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