第090話 天人の骨
「もしかして、殿下が着ているそれは“天人の骨”というモノかもしれません。私は勘違いしていました。最初に地上に降り立った人々は“天人の骨”を身に着けていたと言います。彼らは罪なき兵団と共にドラゴンの領域深くまで進み、集落を造りました。私はその“天人の骨”をもっと小さなものと考えていました。ネックレスか首飾りのようなものだと」
―――罪なき兵団。この世界に来てから出会った金髪の女、アンドロイドの“NR2 ヴァルキリー”。やつが現れて罪なき兵団が動き出した。ハンプティダンプティと呼ばれる軍事用ロボット、“XN-10 トルーパー”だ。
「ラグナロクは生きている。そうだな?」
ハンプティダンプティが飛び去った後、それを追えとハロルドは牢屋で叫んでいた。そこにラグナロクがあると言うのだ。
「はい」
ハロルドの目が輝いていた。自分がここに連れて来られた理由を悟ったようだ。俺が望むのは発掘ではない。冒険。
「俺も見た、飛び去ったのを。方角は東南。おまえのいうラグナロクはガリオン大陸にあるか、その向こうにあるか。あるいは、大海の真ん中か。もし、俺がそこに行くとしてガリオンの竜王は黙ってそれを見逃してくれるか? それで相談だ、ハロルド。モノには順序ってものがある」
「順序? ですか?」
「今、俺たちはローラムの竜王から使命を受けている。魔法を広く人々に開放するというものだ。ザザムとガリオンの竜王からエンドガーデン、ひいてはローラム大陸を守るためだ。ローラムの竜王は最も古いドラゴンだと言われている。が、ピークは過ぎた。ザザムとガリオンの竜王はこれからまだ力を伸ばしていく」
ハロルドは、きょとんとしている。それは仕方ないことだ。まだブライアンが王になることでさえ半信半疑だ。俺はフィル・ロギンズに目配せした。これまでの経緯を説明させるのだ。
フィル・ロギンズは文官だけあって、ハロルドに分かりやすく順序立てて話す。ハロルドは権力闘争や民主主義なぞに興味はない。だが、自分がどんな立場にいるかは理解したようだ。
「殿下は力を付けてガリオンに乗り込もうってわけですね」
んな訳はない。だが、元の世界に戻るにはこいつの協力は不可欠だ。
「そう捉えて結構」
「でしたらもう一つ、ラグナロクの他にも興味深い所があるのですが、」
おお。それだ。なかなかどうして、こっちから話すまでもないようだ。ハロルドはもうその気になっている。面白いやつだ。
「興味深い所?」
「はい。長城の向こう、ドラゴンの勢力圏の南にガレム湾という所があります。私はそこで大きな四角錐の建造物を目にしました。外装の材質は不明で、黒く、ガラスのようでもあり、金属のようでもあります。伝承では、中は迷宮になっているそうなのですが、入口らしきものはどこにも見当たりません。もしかして、殿下なら中に入れるのでは。天人の骨を扱えたのです。殿下が行けば扉が開かれるかもしれません」
ビンゴだな。
「確かに興味深い話だが、」
ここまでだな。カリム・サンがご立腹のようだ。噛みつかんばかりの顔つきをしている。
「殿下!」
やれやれ、案の定だ。
「我らにはやらねばならないことがあります。それにこやつは信用ならない。何度も逃亡を企てたのはカールの居場所を知っているため。どこかで落ち合う約束をしているのです」
罪が確定されていないカールには恩赦がなされない。捜索の方は一旦中止となったがなぁ。カールは未だ王国にとって危険分子だ。ブライアンを王として認めていないかもしれない。王都は警戒態勢を敷いていた。戴冠式での他国の妨害も危険だが、カールも危険だというわけだ。
「まぁ、落ち着けカリム・サン。その可能性はない。もしこいつがそうだったとして、アーロン王の崩御を聞いた時、カールが王となったと勘違いした。存在もしないカール王に会おうとしたのはどう説明する? こいつが逃げたのは、迎えに来たのが他でもない、悪名高いキース・バージヴァルだからだ」
「ですが、我々にガレル湾のダンジョンとか迷宮とか、寄り道する余裕はありません」
「ああ、だから順序があると言ったんだ。何をするにしろ、魔法を持たない俺たちはドラゴンに対してあまりにも無力だからな。まずはタイガーと会わねば。それからずっと俺たちは多くのシーカーと行動を共にする。アバークロンビーも役に立とう」
ハロルドは的外れなカリム・サンをあきれていた。一方でカリム・サンはというと、そのハロルドの態度にイラッとしている。
「どうでしょうか。私にはそうは思えません」
「あんた、カリム・サンと言ったかね」
ハロルドはカリム・サンの前に立った。
「ご心配なく。殿下がおっしゃりたいことは分かっているつもりだ。私はシーカーの、王都でのねぐらを知っている。そういう役目なのでしょ、今は。先走ったりはしない」
☆
やはり、竜王の門に旗なぞ立てる必要もなかった。ハロルド・アバークロンビーは俺の見立て通り、シーカーにコネを持っていた。
今まで通りなら、旗を立て、使いを待ち、使いが来たら来たで王族の誰かが取り次ぎ、やっと俺の出番が来る。誰かの介在は挟むわ、時間がかかるわで、けっこう面倒だ。
俺たちにそんな暇はない。それにシーカーのねぐらを知っとけば、今後そうとう便利となろう。
そうは言うものの、ハロルドはすぐには動かなかった。散髪したいと宮中の御用理髪師を要求した。こんなかっこだと町中に出られないと言うのだ。さんざん脱走しといてよく言ったものだ。
髪は短く刈られ、髭は剃られた。現れたのは割れた顎とニヤついた唇。始めてこいつを見た時、何が可笑しいんだと考えてしまったが、こいつは可笑しくもないのに絶えず片方の口角が上がっている。真顔がそういう面なのだ。
ハロルドの案内で、俺たちはこぞって街に出た。馬車を使わずの歩きだ。路地伝いに大通りを避けていく。
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