第087話 要請
鬼食う鬼。ゼーテ国でのシーカーの働きは常人では考えられないものだったという。おそらくは魔導具を使っていたに違いない。いずれにしても、エンドガーデンに住まう人々はドラゴンに対してあまりにも無力だ。
エリノアも含め、閣議の面々にとっては衝撃的な王族のカミングアウトだった。しかも、リーバー・ソーンダイクがシーカーについて言及したのだ。バージヴァル家だけがそうしていたわけではないって分かろうってもんだ。
と、まぁ、俺はなにも彼らを脅かそうってつもりでシーカーについてソーンダイクに話させたわけではない。
シーカーを旅に同行させるための、誰もが納得する口実だ。ローラムの竜王は多くの人に魔法を使えるようにしようと考えている。だから、俺とラキラ・ハウルが呼ばれた。そこにシーカーと王国の人々との隔たりはない。
「そういうことだ。だが、俺に考えがある。エトイナ山に派遣する隊を編成する前に、まずは別動隊として俺を派遣してほしい。目的はタイガーに会うこと」
「タイガー!」
ソーンダイクは驚きの声を上げた。
「シーカー十二支族、その王の中の王」
どよめきが起こった。王? と誰もが眉をひそめる。ソーンダイクは続けた。
「わたしは二年前にタイガーに会った。剛腕の大男だが俊敏に動き、指揮する手腕も素晴らしかった。確かにタイガーならわたしたちの派遣する兵に見合った多くのシーカーを集められよう。だが、タイガーは神出鬼没。そのうえ正直、タイガーどころかシーカーがどこに住んでいるのか、我々すら分からない。ローラムの竜王との契約に際しても各王家が己の城に旗を掲げることでシーカーの方から王国に使いをよこす。ずっと昔からそういう決まりなんだ。シーカーの住処に誰も行ったことがない。だから、こっちからタイガーを見つけるのは至難の業」
「でしたら、」
声の主は執政のデルフォードだ。
「旗を掲げてみては。シーカーが使いを寄こすのでしょ。その使いにタイガーのお出ましを願う文を手渡す」
「デルフォード君、君はタイガーがどんな男か知らない。寵愛する少年を絶えずはべらし、その少年には常時マスクを強いる。万が一、誰かがその少年の素顔でも見もしようものならそいつは脳天から股まで真っ二つ。それはどこの誰かは全く関係ない。女子供でも容赦ないと聞く」
デンゼル・サンダースのことだ。実はマスクを被るラキラ・ハウルの方がタイガーで、デンゼルがラキラから片時も離れないのは身代わりと護衛を兼ねているため。
「そんなやつを呼びつけて誰が話す。こちらの言うことを聞かせるどころか、要らぬ勘気を被るぞ。デルフォード君、君たちは多くの人員をエトイナ山に登らせたいのであろう。ならば、まず礼儀としてやはりキース殿下が言う様にタイガーに会わなければ。会う方法が他にないというなら旗を掲げてもいい。だが、文なぞは決してダメだ。少なくとも王都にやって来た使いと共にこちらの誰かがタイガーの下に出向かなければならない」
当然、ここにいる面々は誰も行きたがらない。関わりたくないと面々は互いの視線を避けるようにして目を伏した。
「その役目を、俺がやろうと思う」
俺はエリノアに視線をやった。
「よろしいでしょ、王太后陛下」
エリノアは周りを見渡した。閣議の面々はエリノアの方に目を向けたが、視線は合わさないようにしている。
「危険でしょうが、致し方ありません」
面々は、ほっと息をついた。
「その役目、キース殿下が適任でしょう」
王族とシーカーは古くより繋がりがある。他が介在する余地はない。タイガーに会おうというなら尚更だ。
「そこで一つ、王太后陛下に頼み事がある。牢獄にハロルド・アバークロンビーという男がいるはずだ。カール・バージヴァルと共に王都の遺跡を発掘していた。そいつは聞くところによると、未開の地の探検と遺跡の探索が目的で長城の西に単独で入っていたというではないか。魔法も使えない男に長城の西で何ができる。おそらくはシーカーと繋がりがある。そいつを使って俺はタイガーに会おうと思う。城の旗は無用だ」
もちろん、ラキラ・ハウルに会うことも大事だ。が、俺はこの世界の秘密を知らなくてはならない。目的地はただ一つ、ガレム湾のダンジョン。
ドラゴンの領域の中の異質な存在。ヤドリギが必要なドラゴンを考えるとダンジョンという場所はピンとこない。魔導具や秘宝があるというからには人間が造ったものと言えなくもない。もしそうだとして、ドラゴンたちに排除されて良さそうなものなのにずっとある。
遺跡好きで冒険家のハロルド・アバークロンビーがほっとくわけがなかろう。事実、ハロルドは長城を越えたという。まさかドラゴンの生体観察ってわけでもあるまい。おそらく目的地はガレム湾。いずれにしても、世界の秘密の糸口はそこにあるように思える。
「殿下に全てがかかっています。ご武運を」
エリノアはそう言って、閣議の場から退席した。話題は切り替わり、国会について議論は移って行った。議会にもう一つ議院を加えるという案件である。貴族・聖職者のみの議院とその他の議院。前者は審議と内閣の人選。後者は請願とし、二院で役割を分けようと言うのである。
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