第086話 閣議
俺といる必要はもうなかろう。これからは大手振って議会のために働ける。むせび泣く彼らをしばらくはそっとしておき、落ち着いたのを見計らって俺は自分の気持ちを告げた。
「カリム・サン、フィル・ロギンズ、潮時だな。色々助かった、ありがとう」
ところが、彼らの反応は思いもよらないものだった。
「我々は殿下のために命を捧げようと思います」
彼らが言うには、民主制がなったのなら、もう自分の役目は終わったに等しい。むしろスッキリしたくらいだ。
これまでずっと議会とキース・バージヴァルの両方に仕えて来た。以前のキースならともかく、彼らにとって俺は特別な存在だったらしい。葛藤やわだかまりに苦しむ日々が続いたのだという。
まぁ、実際俺は本来ここにいるべき人間じゃないんだからな。色々と誤解を招いてしまっているのは申し訳なく思っている。
ともかく、俺のために命を捧げると言ってくれているのだ。俺はそれに応えなくばならない。二人に刀礼を施し、俺の騎士に二人を任じた。
―――話を閣議に戻そう。話し合いは予想以上に難航していた。王国の権限全てを移譲されようとするその初仕事で、民主制そのものの真価が問われるのは致し方ないことだ。しかも、いま決議しなければならない事項は国民にとっては象徴的な案件。王族が独占していた魔法を臣民に広く開放する。
初仕事としてはこれ以上のものはない。閣議の面々は失敗するわけにはいかなかった。やはり国王が権力を持つべきだと世論の風向きが変われば未来永劫、民主制は望めない。責任は面々それぞれの肩に重く圧し掛かっていた。
他国もただ手をこまねいて見ているわけもなかろう。妨害工作は十分考えられる。ダラダラと問題を引き延ばすのも、閣議のメンバー間での対立も、自分で自分の首を絞めるようなものだ。
閣議で最もごたついたのは人事であった。魔法省の細かい部局は法制化した後にそれぞれ設置されるも、それまでは法案造りのため魔法省は暫定的にスタートを切る。正副大臣、正副政務官、事務次官、審議官などの要職に相応しい人物を政治家や官僚から決めなければならない。
人事に関して、これまでの慣例では執政デューク・デルフォードに一任されていた。といっても、アーロン王の指示なのは明らかである。
閣議は今まで抑えられた自己主張が一気に噴出し、出席した面々は権力欲を満たすため躍起になった。押さえつける者がいない。タガが外れたと言っていい。
誰もが始めて民主制の難しさに直面したのだ。だが、デューク・デルフォードは上手くやっていたと言える。そもそもが調整型の政治家だったのだろう。閣議が紛糾するたびに休憩を取り、廊下やロビーで個別に話し合いの場を持った。
やがて人事の問題が解決をみると今度はエトイナ山に行く者の人選となった。言うまでもなく俺とソーンダイク以外、閣議の面々は魔法にも、長城の西にも疎かった。今までずっと黙っていたエリノアがここで初めて口を開く。
「人選はわたしとキース殿下、そして、ソーンダイク王太子殿下にお任せ願いたい」
誰も口出しできなかった。この時点、王国の実権はまだ内閣に委任されていない。確定事項ではあったが、戴冠式でブライアンの言葉を聞くまでは楽観できない。権力はまだ王族の手の内にある。
閣議の面々はエリノア・バージヴァルに対して恐れを抱いている。夫のアーロン王を排除した非情さやその手腕は当然のこととして、人の心を見抜くようなグリーンアイ、そしてプラチナブロンドと端正な造りの顔立ち。それが怖れに一層拍車をかけていた。
誰もが下級貴族の出だということを忘れてしまっている。神か悪魔か、その生まれ変わりか、信仰じみた畏敬の念に支配されていた。
エリノアを怒らせてはいけないと思っている。だが、俺は違う。エリノアは俺に言わせれば人が造り出したモンスターだ。神か悪魔がいるというならそれはローラムの竜王である。あの爺さんはこの世界と一体になっていた。
「お言葉ながら王太后陛下。人選も大事だろうが、エトイナ山に全員無事に届けるならすぐにでもやらなければならないことがある。皆は知らないだろうが、王族が長城の西を旅する時、必ずと言っていい、介添人の他に護衛が付く」
「護衛?」
デルフォードが俺の言葉を繰り返した。彼らには寝耳に水だろう。帰還式での口上に護衛なんて言葉は一切出て来ない。誰もが王族二人でドラゴンの領域を旅していると思い込んでいる。そしてそれが、王族を尊敬し、畏怖する理由の一つでもあった。
俺はソーンダイクに視線を送った。ソーンダイクはうなずいた。
「ああ、シーカーだ」
閣議の面々は戸惑っているようだった。口をつぐんで、互いに互いを見合っている。シーカーが狂ったドラゴンからゼーテ国を救ったのは記憶に新しい。鬼や悪霊のような妖しげな者たちだと噂されていた。
そんな得体のしれない者が代々王家と繋がっていた。しかも、それが王族の契約の旅の手助けをしていて、そのこと自体ずっと秘密にされていた。
閣議が重苦しい空気に覆われる。帰還式の口上を子供の頃から聞いて来たんだ。皆、色々と問い質したいことが山ほどあろう。しかし、空気を読めないリーバー・ソーンダイクは持ち前の鈍感力を発揮し、面々の切っ先を制するように言葉を発した。
「キース殿下の言う通り、シーカー無しでは長城の西をエトイナ山に向かうのは難しいかとわたしも思う。ロード・オブ・ザ・ロードも荒れ果てようとしているとキース殿下から聞いている。しかも、今回は少数ではない、大人数で竜王の元に押し掛ける。もしシーカーが手伝ってくれたとしてその数もしれよう。どれだけの人間がエトイナ山を登れるか想像に難くない」
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