第085話 後見役
「委任?」
てっきりエリノアは全権を握って権力を振るうと思っていた。
「王太后陛下はブライアン王陛下の後見人とならないのか?」
「その件ですが、出過ぎた真似だとは思いましたが、私が陛下の後見役を承りました」
ソーンダイクが後見人? 王が持つ全権を内閣に委任しておいて、名ばかりの後見役を他国の王太子に譲った?
だからか。そういう条件で議会と執政、大臣らはアーロン王暗殺に踏み切った。
ソーンダイクにしても他国の者なのにどうりで機密事項に詳しいわけだ。いや、詳しいどころではない。それでお茶会ってわけか。律儀にも、早速お役目を果たしている。
「実はわたしの娘クロエは近く、陛下との式を挙げます」
クロエとブライアンは芝生を裸足で走っている。クロエは幼いブライアンの手を取り、おぼつかない足取りに気を遣っていた。笑い声が聞こえる。
「義理の父になるという理由から王太后陛下はブライアン王陛下の養育をわたしに託された」
この世界のしきたりでは王に相応しい者がいない場合、他国から魔法の使える男子を貰って王とし、その国の姫をあてがう。今回の処置はその逆でバージヴァル家は他国から姫の方を貰う。
ソーンダイク家がそれを納得したのはメレフィス国が王太子リーバー・ソーンダイクをブライアン王の後見人としたため。
俺は嫌な想像をしてしまっている。これはもしかして、メレフィスが他大陸との戦いに矢面に立たされるってことじゃあるまいか。リーバー・ソーンダイクは先ほど、一族の犠牲を避けたいと言っていた。
戦うのはメレフィスの国民。戦いに疲弊すれば後は何とでもなる。後見人でいるわけだし、人同士、国同士の戦いとなれば話は別だ。リーバー・ソーンダイクは戦い自体を避けようとは言っていない。あわよくばゼーテ国はメレフィスを飲み込もうとしている。
「ところが後見人と言っても、わたしはメレフィスのしきたりをよく分かっていない。ここにリーマン殿下を招いたのは他でもない、助力をお願いしたかったからだ。リーマン殿下はメレフィスの伝統やしきたりに詳しいと聞く」
何もかも知っていたな、リーマンめ。それでウキウキしていた。
「お願い出来るだろうか、リーマン殿下」
手始めに、リーマンを抱き込もうってわけか。
「わたくしめで良ければ何なりと」
そりゃぁ、二つ返事だわな。リーマンはエリノアを始めこの国の重鎮たちに兄のアーロン王を殺されている。もし、ソーンダイクにその気はなくてもリーマンはそそのかすだろう。ソーンダイクを使って王国を臣民から奪い返す。
しかし、現金なやつだ。ついこの間までアーロン・バージヴァルを皇帝にって考えていたんじゃないか。つまりそれは、ソーンダイク家をも臣下にしてしまおうってことだ。
ソーンダイクもソーンダイクで脇が甘いって言うか、無頓着にもバージヴァル家の由緒ある庭園を我が物顔で使っている。まぁ、そういうマイペースでお坊ちゃま的なところがリーマンにとって働き甲斐を感じさせるところなのだろうがな。
妙な雲行きになって来た。しかも、エリノアだ。あいつは何を考えている。話を聞けば聞くほど分からなくなる。やることといえば俺のエトイナ山行きの道筋造り。
得るものはなんにもないどころか、権力まで手放すとは。
自分の居場所も作らず責務を果たさなければ息子ブライアンが王座を追われる日もそう遠くない。
とはいえ、そんなことをあのエリノアが許すとは思えない。二手三手、先を読んでいるのだろう。そしてソーンダイクの言う通り、お茶会の後、すぐに俺はエリノアの名をもって閣議への参集が命じられた。
よくよく考えればエトイナ山行きにエリノアがこれほど入れ込んでいるのは何も国民のためとは限らない。これまでの経緯からそう思えてならない。
☆
閣議はエリノアを中心に執政デューク・デルフォードが取り仕切っていた。ソーンダイクはオブザーバーで出席している。各大臣が議論を戦わせているのを静かに見守っていた。国民議会議長も特別に席を与えられている。
幾度となく議論は本題から逸れ、互いに罵る痴話げんかに陥った。それでも、何とか魔法省新設は決まった。ブライアンはまだ正式に王となってはいない。王不在の間での超法規的措置だ。魔法省には暫定的に、法に明るい有能な人材を広く集め、その者らに必要な法案を起草させ、次の国会で提出させる。
議員立法も多く成立させる。その後、改正した国家行政組織法や新たに出来た魔法省設置法の規定に乗っ取り、魔法省の組織を本格的に造り上げる。もちろん、ここにいる面々はブライアンの戴冠式後に権力が移譲されることを知っている。
エンドガーデンの歴史始まって以来のこととなる。それは自分たちが待ち望んでいたことなのだ。カリム・サンやフィル・ロギンズには口止めはされていたが、ソーンダイクのお茶会の後に告げていた。
カリム・サンなぞは民主制に命を捧げていたと言っても過言ではない。議会のためならキース・バージヴァルを殺しかねないと噂になった男だ。感極まって声を詰まらせて泣いていた。因みにイーデンは共和制だ。国家元首としての君主はいらないって考えだ。
俺は彼らに確認しなくてはならなかった。
政治や経済は国民の手に委ねられた。彼らの望んだ社会だ。その社会において、これまで心血を注いで来た彼らには報われる権利がある。俺はエトイナ山に行く。危険な旅だ。これ以上、彼らを俺の元で引っ張るわけにはいかない。
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